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人生の退職代行会社と遺書代筆(1)

 上司のZ世代への恨みは、絶大らしい。酒を飲み干しながら、ずっと彼らの文句を言っていた。


「あいつらは恵まれ過ぎているんだよ。なにがZ世代だよ、売り手市場か何だか知らないが、調子に乗りやがって」


 まだ酒は一杯目の上司だったが、顔は赤く、声も苦い。


「そうですね」


 隣にいる夏目光輝は頷く事しかできない。光輝はZ世代でもない。かといって上司と同じ氷河期世代でもない三十代前半。正直、どちらにも共感できず、頷くしかないが、仕方ない。


 こんな個人経営の居酒屋で、何か揉め事を起こすのも面倒だし、ただ静かに聞く他ない。上司に飲みに誘われると、毎回仕事以上に疲れるものだが、仕方がない。これも仕事だと思って割り切るしかない。居酒屋はさほど綺麗ではなく、光輝は酒も好きではないが、ここで逃げても、良くない気はする。


 光輝は健康食品会社で営業をそていた。営業成績はそこそこ。上司からの評価もそこそこ。そこの立場で上手くやり過ごしていたかったが、この春入った新卒が、一カ月もたたずに退職。しかも退職代行も使って辞めたらしく、上司の顔はさらに赤い。


「そんな退職代行なんて舐めてるだろ。筋通せよ。辞めたいってすら言えない奴が、どこで通用するんだ?」

「そうですね」

「俺は昭和生まれだし、そんなサービスは認めない。氷河期世代の就活も体験してみろよ。本当にろくでもない会社しか内定が出なかった」

「そうなんですね」


 相槌を打つのも疲れてきた。


「それに経理部でも同じように退職代行使われたらしい。高瀬川優香って社員がそれで辞めたって。経理部も人がいなくて大変らしい。全く今時の若いZ世代は舐めてやがる」

「そうなんですね」


 上司の怒りに染まった目を見ながら、光輝は思う。この先、この会社にいても報われる事は無さそうだし、早めに脚を洗ったのは、賢い選択ではないかとも思う。


 こんな事は決して言えないが、特に事務職の方は上層部がAIに置き換えたいと話しているのを知っていたし、営業もこの先残るかわからない。


 そんな光輝はとある副業をやっていた。サラリーマン以上に理不尽で、AIの台頭が懸念されている職。市場規模も大きくなく、中小企業の現職と大差ないぐらいで、退職代行を使って辞めた新卒や高瀬川優香を決して笑えない。むしろ、羨ましいぐらいだが、こんな事は口が裂けても言えないだろう。


「しかもふざけた退職代行会社を使ったんだ。最後の最後まで嫌がせか?」

「へえ、課長。どんな退職代行会社なんですか?」

「出エジプト社っていう会社らしい。あとで、スマホで調べてみろよ。広報担当が変な歌を歌って、本当にふざけているから」

「へえ」


 その後、上司は奥さんから呼びだされ、早歩きで帰っていった。顔を真っ赤にして愚痴をこぼしていた上司だったが、家庭では尻に敷かれているらしい。


 一人、居酒屋のカウンターに残された光輝は、おでんを注文し、退職代行会社を調べてみた。


 現段階では退職するつもりは全くないが、少し興味はある。「出エジプト社 退職代行」で検索すると、すぐに出て来た。


 想像以上に変な会社だったらしい。元々一般的な退職代行サービスをやっていたが、近年ではなぜか終活サービスにも手を出し、遺品整理、孤独死防止の見守り、各種終活相談も請け負っているという。別名人生の退職代行会社とも言い、ネットでは炎上も多数。


 特に自殺したい人向けに遺書の代筆や遺族への連絡代行サービスをしようとした時は大炎上。自殺幇助に当たるとし、各方面からお叱りを受け、今は真っ当な終活サービスがメインという。


「そんな会社あるのか……」


 正直引く。光輝の口元も引き攣るぐらいだ。広報の百瀬亜論という男も目立ちたがり屋で、変な歌やダンス動画を配信し、ここでも炎上。


 そもそも出エジプト社という会社名は旧約聖書の「出エジプト記」から取られたらしい。エジプトで奴隷になっていたイスラエル人を、モーセという預言者が海を割り、彼らを連れ出した話ぐらいは、光輝も一般教養として知っている。おそらくブラック企業からの退職代行と、奴隷化したイスラエル人を連れ出す事とかけているのだろうが、悪趣味だ。案の定、宗教家からも叩かれ、炎上しているらしいが、一方では熱心なファンも多いらしい。


 特に自殺志願や安楽死を望んでいるSNSの界隈では、出エジプト社のサービスが魅力的に見えたらしい。遺書代筆や遺族への連絡サービスのついて「復活して欲しい」と署名運動まで起きているのは、もっと引く。世の中は綺麗ごとでは片付けられないらしく、光輝が酒を飲み干した。今、飲んだ酒は不味くない。美味しい。


 頭がふわぁとし、普段なら滅多に会話しないはずのカウンターの大将や女将に話しかけてしまう。出エジプト社の退職代行サービスについて話題にし、どう思うか聞いてしまった。


「いやだ、悪趣味な会社ね」


 予想通り女将は引いていた。五十代ぐらいの品のいい女将だったが露骨に表情を歪ませていた。一方、大将はそうでもない。くすりと笑い、今の時代に合っているビジネスモデルじゃないかという。


「人の死は絶対になくならない。会社自体は俺らみたいな個人事業主が増えて消える可能性だってあるが、終活サービスなんて絶対需要があるだろ。AIにも取られない仕事じゃないか」


 大将は深く頷き「この会社、時代読んでるな」と一定の経緯を示しているぐらいだった。女将も同意らしい。今後、AIや無人店舗が増えると予想し、カウンターで人生相談サービスなんかも始めるんだそうだ。一時間三千円で酒を飲みながら色々聞いてくれるという。


「何事も先手を打たないとね。時代に取り残されちゃうわ」


 苦笑する女将の口元を見ながら、光輝の頭が冷えてきた。


 今は氷河期世代の上司の愚痴を聞きつつ、そこそこの努力でサラリーマンをしているが、未来はあるだろうか?


 副業もしていたが、こっちの方はまさにAIに駆逐されそうな分野だ。副業で光輝はライトノベル作家をしていたが、もう既にAIに書かさせているレーベルもあるらしい。潰れるレーベルの噂も知っていた。


「俺も先手を打った方がいいと思いますか?」


 大将も女将も頷くが、光輝は苦笑する他ない。明るい未来より、AI失業の方がリアルにイメージ出来る。本業も副業も頭打ちになる未来が見えてしまう。


「お客さん、五月病なんじゃない? ゆっくり寝て、食べて、少しだけお酒の力を借りるといいんじゃない?」


 女将の声が遠い。もう酔いは覚めてしまったが、未来の事を考えると、見を塞ぎたくなる。


 ふっと頭にあの退職代行を使う選択肢も浮かぶ。速攻で辞めた新卒や高瀬川優香の判断は、間違ってもない気がするから、困る。

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