駅前で『〇〇を許さない』と主張するデモを見かけたが、許さない対象がどう考えてもおかしい件
少し早く、着き過ぎたかも知れない。
土曜日の午前9時。スマホを開き時間を確認した僕はぼんやりとそう思った。
僕は駅近の有料駐車場に車を停め、大学の友人から聞いた乗るべき電車の時間をスマホで確認する。
電車の時間は9:30。まだまだ余裕だ。
車から降りた僕はしばらく歩き、そうして駅前のロータリーへと差し掛かった瞬間、僕は駅前で、普段は見かけることのない人だかりがあることに気付いた。
最初は大道芸や路上ミュージシャンかと思ったが、風に乗り聞こえて来た『〜を許さない!』という大声により、これがデモ隊であることが分かる。
「......」
遠くからすこし注視してみると、どうやら何人かが横断幕を掲げ、なんらかを主張しているらしい。
休日の朝からいったい何を熱心に主張しているのだろう。
許さないのは企業だろうか? 政党だろうか? 政治家個人だろうか? 政治に興味のない僕だが、それだけは少し気になった。
僕は団体の横を通り過ぎるとき、目が合わないよう伏し目がちに歩きながら、しかし横目でしっかりと、その横断幕の文字へと視線を向けた。それと同時、デモ集団から綺麗に揃った大声が響いた。
「......政治的な主張じゃないの?」
驚きのあまり、僕は思わず歩を止める。
「「嘘つくな! ただの値上げだろー!!」」
デモ隊の声が続く。
「確かにそうだけど......」
その言葉に、僕は心の中で同意した。『食べきりサイズになって新登場!』とか『持ちやすいサイズ』『リニューアル』とか言いつつ中身が減って値段が同じという商品には僕も少なからず不快感を感じていた。
「......」
しかし、けれど。これは果たして、休日の朝っぱらから声を大にして発信するほどの事だろうか????
『日常生活のふとした気づき』みたいなお話を声高々と叫び散らす集団は、ある意味政治的なデモよりよっぽど恐ろしく見える。
「......」
僕はそんな疑問を頭に思い浮かべながらも、デモ隊を通り過ぎて駅構内へと歩を進めようとする。
と、突然。デモ隊が掲げる横断幕がめくれ、なんとその後ろから先ほどとは内容の違う横断幕が現れた。
「別の横断幕???」
内容の違う横断幕が現れるという異常さに、僕は思わず足を止める。そして横断幕へと視線を向けた。
「「財布が重くなるだろー!」」
「機械に怒っても仕方ないだろ......」
自販機にだって、その時その時の都合があるだろ。僕は頭の中だけでツッコミを入れた。
「......???」
というか、デモってこういう、全く無関係な主張を何個も叫ぶモノなのだろうか???
僕は政治に無関心なのでよく分からないが、最近はこうなのだろうか。
そんな疑問が頭の中で纏まらないうち、なんとデモ隊が掲げる横断幕が再びめくれ、またも新たな内容の横断幕が現れた。『ピン芸人のフリップ芸みたいだな。』僕は思った。
そうして僕は新しい横断幕へと目を向ける。
「「映画のエンドロールで席を立つ人が嫌い」とか「茶碗に米が残った状態でごちそうさまする人が嫌い」とか......。そんなモン、炎上するワケないだろうがー!!」」
「気持ちは分かるけど......」
確かにSNSには、賛同者が沢山いるような主張をする前にいちいち叩かれる覚悟が出来ているアピールをしてる人いるよな......。
「......」
僕がそうしてデモ隊に共感し、SNS事情に思いを馳せている間にも、早くも横断幕が捲られていたらしい。僕の耳に新たな主張が届く。
「「潰れろー!!!!」」
「潰れろってなんだよ」
確かに、ネットで少しウケたのを良いことに調子に乗って目も当てられないしょうもなくて痛いノリの投稿を繰り返す、アカウントを運用している人のセンスの無さと承認欲求がありありと見て取れる、いっそ潰れた方が良い企業アカウントは時々見かけるけど......。
「......」
もちろん、僕はそれを悪いこととは思わない。そう、全く悪いと思わないのだ。皆さんもきっと、全く悪いと思っていないことだろう。そう、自由に発信する権利は誰にでもあるのだから。
僕は極めて平静な心持ちで、新たに捲られる横断幕へと目を向けた。
「「食べ方が汚くても、別に良い人はいくらでもいるだろうが!」」
「まあ、分かるけど......」
僕も魚の食べ方は不器用なので、あんまりにも食べ方の汚さを強く怒られると反発したくなる気持ちは理解できる。僕は骨の多い魚は食べ物とは認めてない。他人の喉を突き刺すための生物兵器だと思っている。
「......」
が、魚の食べ方な綺麗な人の方が汚い人よりも好ましいという現実からは決して逃げてはいけない。
僕は自分を戒めつつ、新たに捲られた横断幕へと視線を向けた。
「「チクショー!!」」
「それはもう、個人の恨みじゃねーか!」
ここで大声で言うことではない。あと多分、魚の食べ方で人間性を測って来たのもソイツだろ。
「「苦いものをマズイと感じる本能まで否定するなー!!! お前だよ! 聞いてるか佐々木!!」
「佐々木にだけ言えよ!」
多分聞いてないだろうし。そんなことを思っていると、早くも既に横断幕が捲られている。僕はそれに視線を向けた。忙しいな。
「「勘違いするなー!!!」」
「ストレス溜まりすぎだろ」
確かに、許さないより許す方が楽だから、怒りは残っていても許してあげる時はあるけどさ......。
「......」
というか、もはや『会』じゃなくなってない???
趣旨すらブレてきたデモであったが、ここまで来たらもう少し見ていこう。僕は捲られた横断幕へと目を向けた。
「「わかってほしい、この気持ちー!!!」」
「めんどくさいなコイツら!!」
そんなんだから、誘われないんだよ。僕は思った。自分から誘えない人は、せめて誘われたら気が乗らなくても参加しなきゃダメなんだよ......。
そんな説教じみた感想を抱いている間にも、次の横断幕が掲げられる。
「「オラー!!!!」」
「いや、間違えたお前が一番悪いだろ」
あと『オラー!』ってなんだよ。もはや主張でもなんでもなくて『叫び』だろ。これこそ炎上覚悟で言う必要がある内容だ。
「......」
なんか、段々と主張が自分勝手になって来たな。僕は思った。そんな僕の内心などもちろん伝わるわけもなく、横断幕が捲られ新しい文字が現れる。
「......」
今回に限って、デモ集団は何も叫ばずすぐに横断幕をめくる。
「「死ねーー!!!」」
「2枚に分けなくて良いだろ!!」
と、思わず心の中だけで叫んだ。もちろん、僕の心の声など聞こえる筈もないデモ隊は、声を揃えて叫ぶ。
「「それじゃあお前は! ステーキに肉そぼろをかけずに食べるって事で良いんですね!?!? はい論破!!」」
「いや、それはかけないだろ」
豆腐に醤油とかの例えなら聞いたことあるけど。自分勝手でかつ、舌が壊れた集団の全く賛同できない主張はとどまることを知らない。僕は既に捲られた、新たな横断幕へと視線を向ける。
今度も、何も言わず横断幕が捲れた。
「「殺!!!!!!!」」
「怒りが強過ぎて見切れてるじゃねーか!」
ついつい、とうとう、僕は声を出して叫んだ。休日の駅前はうるさく、その声は雑音にかき消される。
そこで初めて、僕がこのデモに対して我を忘れるほど夢中になっていたことに気がついた。
僕は一人顔を赤くし、誤魔化すように横断幕へと視線を移す。そろそろ次の横断幕が現れているだろう。
「......?」
しかし、新たな横断幕が現れるかと思ったが、デモ隊は横断幕を全て地面に落とし、全員でお辞儀をしていた。そうして床に散らばった横断幕たちを回収し始めた。
「......終わり?」
どうやらこれで、終わりらしい。いやいや。最後が見切れた「死ね」で終わるデモなんてあって良いのかよ。僕は思った。
「......はあ」
白昼夢でも見ていたみたいにフワフワとした、しかしなぜか、汚いものを出し切ったかのような新鮮な気分の中、そこでふと僕はスマホの時計を見やる。
時刻はすでに、乗るべき電車が到着する直前となっている。
「うわ! やべぇ!」
僕はスマホをポケットに突っ込み、急ぎ足で駅構内へと向かった。