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第3話―矜恃・憧れ

――世界旅行記4日目

最初に訪れた交流の街でセイラさんに出会った翌日、俺達は晴の提案で思い切って遠くに、具体的には隣国『ビリズ』に足を伸ばしてみることにした。交流の街を出てからすでに三日経っているが、晴はずっと空を飛んでいて疲れないのだろうか。

ふと、足元を見てみる。そこに広がる景色はカラフルだった交流の街とは対象的に木の緑一色だ。実際、ビリズは広大な森林に囲まれて、そこに暮らす人たちもその恩恵を受けているという。そのせいかビリズは『自然を愛する国』とも呼ばれているそうだ。ちなみに、俺が住んでいた孤児院や最初に訪れた交流の街がある国は『アルブム』といい、他国と比べて貿易などが盛んなため人が多いらしい。他にもこの世の中には全部で四つの国がありそれぞれの国によって特色があるらしいが、その国に訪れるときのお楽しみだと答えてくれなかった。

そんな話をしながら空を飛び続けていると、森が拓けたところに小さな村が見えてきた。

「あんなところに村があるなんて。」

「少し降りてみようか。」

そう言って俺達は村の入口に降り立った。そこは静かで人一人もいないように見えた。

「誰もいない・・・。村の人達はみんな留守にしてるのかな。」

気になって晴は村に足を踏み入れようとした。その時だ。

「止まれ!」

後ろから大きな声が聞こえた。

「誰だ、あんた達。見ない顔だが。」

振り返ると、一人の青年がいた。俺よりも年上だが、晴よりかは若く見える。青年は動きやすそうな作業着を着ており、熱射病予防のためかつばが広めの帽子を被っていた。その表情には警戒が見えた。俺はとっさに声と両手を上げた。

「ち、違います!怪しいものじゃありません!」

慌てる俺とは正反対な晴は丁寧に自己紹介をした。

「はじめまして。この子の言う通り、オレ達は怪しいものではなく旅の者です。オレは晴といいます。この子は蒼。」

「蒼です。どうも。」

続けて俺も自分の名前を言う。そこまですると、目の前の人はやっと警戒を解いてくれたようで、人好きのしそうな笑顔で謝ってきた。

「ごめんごめん!この村に客人が来ることなんてめったにないんだ。だから、つい警戒しちゃってさ。あ、自己紹介がまだだったよな。俺はクロキ。会えて嬉しいよ、旅の人!」

そう言ってクロキはこちらに手を差し出した。晴はその手を握り返す。

「誤解を解いてもらえたようで嬉しいよ。よろしくね、クロキ。そうだ。クロキさえよかったら、この村を案内してくれないかな?」

「そうだな。またさっきの俺みたいに誰かに誤解されるのも嫌だもんな。分かった。俺で良ければ、もちろん案内するよ!ついてきて!」

村を歩きながらクロキさんはいろいろなことを教えてくれた。クロキさんはこの村で木こりをしているらしい。木を切って売って生計を立てたり、薪にしたり、家を作るときに使ったりするそうだ。そんな話をしているうちに人も徐々に増えていき、村の中心部であろう場所に来た。

「ここがこの村の中心。村で宴や祭りをするときはみんなでここに集まるんだ。もう少し北の方に行けば畑とかがある。そこでは村のみんなで食べる野菜とかを育ててるんだ。」

そうやって村を案内されながら歩いていると、声が聞こえてきた。

「あぁ、これは困ったのぅ。」

 そこには老いた男性がいた。

「村長!どうしたんですか?」

「クロキか。ちょうど良いところに・・・。おや、そちらの方々は?」

ふと、老人がこちらに視線を向ける。俺達はまた自己紹介をした。

「はじめまして。オレは晴といいます。旅をしているしがない画家で魔法使いです。」

「は、はじめまして。晴と一緒に旅をしている蒼です。」

俺達の自己紹介を聞いた後、老人の顔がパッと柔らかい笑顔になる。

「おぉこれはこれは。遠路はるばるようこそおいでなさった。儂はこの村の村長をしておる。困ったことがあったらなんでも言ってくだされ。」

そう言って村長さんは手を差し出してきた。晴はそれを握り返す。

「よろしくお願いします。それで村長さん、なにか困ってるみたいでしたけど。」

「あぁ、それがのう。この荷物が運べんもんで困ってたんじゃ。普段なら魔法を使えば、こんな荷物も一瞬で運べるんじゃが、最近は魔法を使っても体力が持たんくてのぅ。儂ももう年じゃろうな・・・。」

村長さんの横を見てみると大量の荷物(農作物だろうか)が置いてあった。確かに、この量の荷物を運ぶのは人一人の力じゃ難しそうだが、魔法なら簡単に運べるのだろうか。

「それなら、オレが手伝いましょう。」

隣りにいた晴がさも当然のように手を挙げる。村長さんは慌てるように晴を止めようとした。

「いいや、客人にそんなことをさせるわけにはいくまい。」

「いえ、オレ達もただで泊まらせてもらうわけにはいきません。お手伝いさせてください。ですがその時に、よければ貴方のことを教えてくれませんか。貴方のこれまでのこと、好きなこと、生きる理由。もちろん、答えられる範囲で構いませんので。」

晴はここでも聞いてみることにしたらしい。なんだか抜け目がないなと思った。

「儂はそれでも構わんが、そのようなことを聞いてどうするのじゃ?」

それは俺も聞いたことがない気がする。そもそもどうして疑問に思わなかったのだろうかと、今更気がつく。

「オレは画家です。旅をしながらその過程で見たもの、感じたことを絵に描いたりしています。それは人の生きざまも同じ。人生において出会いとはかけがえのないものだと思うんです。オレはそれを絵として記録したい。なのでオレは、出会った人たちに失礼がないように、彼らのことを知って絵を描くための大切な資料にしたいと思うのです。」

晴の言うことは正直よくわからなかったが、それが晴にとって大事なことだということはわかった。村長さんにもそれは伝わったらしい。

「・・・難しいことはわからんが、晴さんにとって大事なことだということはわかった。儂で良ければ喜んで力を貸そう。」

「ありがとうございます。そうと決まれば、早速作業をはじめましょう。」

そう言って晴は荷物と向き合う。

「俺も手伝うよ、晴さん。魔法は使えないけど力には自信があるんだ。」

「お、俺もやります!」

俺も晴のように魔法は使えないけど、少しでも役に立ちたいと思った。晴の旅については・・・また今度、時間があるときに聞いてみようと思った。


そうして俺達は作業を始めた。大抵は晴の魔法で運べたが、俺とクロキさんもたくさん運んだ。全部運び終える頃には三人ともへとへとになっていた。ちょうどその頃を見計らってか、村長さんが俺達のところに戻ってきた。

「村の仕事を手伝ってくださってありがとうございました。量も多くてお疲れでしょう。良ければこれを。」

そう言って村長さんが差し出してくれたのは、キンキンに冷えたザクロのジュースだった。一口飲んでみると、爽やかな味と控えめな甘さが広がった。疲れた体によく染みる。

「美味しい!」

「そうじゃろう。それに使っておるザクロはこの村で採ったんじゃ。この村は良い土を持っておるからのぅ。木も野菜も果物も、良いものが穫れるんじゃよ。」

さっきクロキさんもこの村の土は良いものだと言っていた。その意味がわかったような気がした。ザクロを食べるのは初めてだけど、なぜだかこれより美味しいザクロのジュースはないと思わせられるようだった。

「それで、晴さん。さっき言っていたことなんじゃが。」

ふと村長さんが話を切り替える。その言葉を合図にしたように、晴はジュースを置いて村長さんに向き合った。

「そうですね。仕事も一段落しましたし、ぜひ聞かせてください。」

真剣な空気が辺り一帯を包む。しばらくの沈黙の後、村長さんは話し始めた。

「儂が生きる理由はこの村を守るという使命を死ぬまで全うするためじゃ。それが先祖代々受け継いできた儂ら一族の矜持じゃからの。」

そのように言う村長さんはとても力強く見えて、でも少しだけ寂しそうだった。村長さんはどこか遠くを見るような目で空を見上げた。

「この村は都市部から離れておる。それ故に、流通も少ないし情報も遅れとる。大人になってこの村を出ていくという者も少なくない。それに儂ももう長くは生きられんかもしれん。じゃが儂は、今のこの村を守っていきたいんじゃ。命尽きるその時までも、その後も、この志は後世まで繋いでいきたいものじゃ。」

真剣な空気がどこか重みを増したような気がした。そんな空気を切り替えるように村長さんは明るい口調で言った。

「さぁさぁ、せっかくいらっしゃった客人じゃ。精一杯もてなさんとのぅ。そして、この村を好きになってくれたら嬉しい。」


その日の夜、俺達は久しぶりの客人だと村の人達からこちらが恐縮してしまいそうなほどのおもてなしを受けた。みんなで大きな焚き火を囲んでご飯を食べたり、踊ったりしている。焚き火を囲むのは晴との野宿で何度か経験はあるけれど、こんなに賑やかなのは初めてだ。そんなことをぼんやり考えながら焚き火から少し離れた場所で出された料理を食べていると、クロキさんが話しかけてきた。

「こんばんは、蒼。楽しんでるかい?」

「クロキさん。こんばんは。こういう空気は初めてで、なんだか慣れなくて。でも楽しいです。」

「そうか。」

少しだけ沈黙が続く。遠くから喧騒が聞こえてきた。その方向を見てみると、村人たちが焚き火を囲んでいた。みんな笑っていた。 ふと思ったことを口に出してみる。

「ここ、いい場所ですね。村の人達も気さくだし、御飯も美味しいし。」

「そう言ってくれて嬉しいよ。みんな優しくて明るくて、俺の大好きな人達なんだ。環境が良いから農作物も元気に育ちやすい。大きな村じゃないけど、その分人々の結束が強いし自然の恩恵も大きいんだ。大きい街みたいな便利さはないかもしれないけど、この村の絆と自然は俺達の誇りなんだ。」

クロキさんの表情はとても幸せそうだった。クロキさんの言う通り、交流の街のようにお店や人が溢れかえるくらいの賑やかさや流通の豊かさはなさそうだけど、それでもここに住む人達はみんなで協力し合って日々の生活をこなしつつ、その日々を笑顔で過ごしている。今だって焚き火に照らされている表情はみんなキラキラして見えた。この村の人たちはみんなで楽しむことが得意そうだと思った。それはなんだかとても魅力的なことだと感じた。

「蒼、こんなところにいたんだね。」

声がした方向を見ると、晴が肉や野菜が刺さった串を持ってこちらにやってきた。

「これとても美味しいから蒼にも食べてほしくて探してたんだ。クロキも一緒だったんだね。二人でなんの話をしてたの?」

「蒼がこの村はいい場所だって言ってくれたんだ!」

クロキさんがそう言うと晴は納得したように頷いた。

「確かにそうだね。空気も美味しいし村の人たちもみんな気さくだ。オレが質問しても嫌な顔をせずにいろんな話をしてくれたよ。」

ふと、晴は何か名案を思いついたように笑顔になってクロキさんに質問した。

「せっかくだし、クロキにも聞いていいかい?」

「何を?」

「君のことだよ。これまでのこと、好きなこと、生きる理由。もちろん、嫌なら答えなくてもいいし答えられる範囲で構わない。」

クロキさんは暫くの間、考え込むようにうつむいた。そして少しの沈黙の後再び口を開いた。

「いや、せっかくなら聞いてもらいたいかも。」

そう言ってクロキさんは遠くを見るような目で話し始めた。

「俺が木こりを始めたのは、親父の影響だった。俺の親父はぶっきらぼうだけど優しい人だった。木こりの仕事も親父に教えてもらってたし、親父は木こり以外にもいろんなことができたんだ。幼い頃から、そんな親父の背中を見て育った。俺もいつか、親父みたいになりたいって思った。この仕事と親父は、俺の誇りなんだ。」

クロキさんの熱量から、彼が本当にお父さんを慕っていることがわかった。だがそこまで話してふと、クロキさんの目が揺らいだような気がした。

「親父にも、俺が一人前になった姿を見せてやりたかった。でも、その前に死んじまった。大した親孝行もしてやれなかった。だから、俺がいつかあっちに行ったときに、親父にとって恥ずかしくないように生きる。これが俺の生きる理由だ。」

その目には強い決意とそれに混ざった寂しさが炎のように揺れていた。

「これでちゃんと答えになったかな。」

晴はクロキさんの手を包み込むように握った。寂しさに寄り添うように。

「話してくれてありがとう。辛いことを聞いてしまったかな。」

「俺は大丈夫だよ。むしろ話してよかったかも。聞いてくれてありがとう。」

しんみりした空気が辺り一帯を包む。その空気を切り替えるようにクロキさんは自分の膝を叩き立ち上がった。

「さぁ、みんなのところに戻ろうぜ。今日はあなた達のための宴だ。楽しんでくれよ!」

俺達は焚き火の方に戻った。 クロキさんが大好きだと言った村の人達ともたくさん話した。そうしているうちに夜もふけ、その日はお開きとなった。


その日の夜はクロキさんの家に泊まらせてもらった。客人用にと案内された部屋には木材でできた家具がたくさん置いてあった。家具の角は丸みを帯びていて使う人のことを考えて作られているのだとわかった。これもクロキさんのお父さんが作ったのだそうだ。その家具の形から、クロキさんのお父さんが優しくて気遣いができる人なのだとわかった。そして今に至る。

部屋にある時計を見てみると日付が変わる直前だった。日記はこのくらいにしてもう寝よう。今日はよく眠れそうだ。


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