第二話―初めての連続
――世界旅行記1日目
今日から日記をつけようと思う。
「日記をつけておくことは何かと便利なことだから、綺麗な文章じゃなくてもいいから、その日の出来事とか感じたこととかをなるべく細かく書き留めておくといいよ」
出発する時に晴にそう言われてたからだ。ということで、早速旅の1日目の記録をつけようと思う。
故郷の街から去って、ゆったりと晴の箒に乗せてもらって1時間。俺達の足元には大きな街が広がっていた。街中にたくさんの店が並び、活気もある。そばには大きな川も流れていた。ここは交流の街と言うらしい。
「ここはその名のとおり、文化の交流が世界で一番盛んな街なんだ。あそこに大きな川が見えるだろう?あそこから船がやってきて貿易を行う。いろんな国や街の文化がこの街に入ってくると同時に、流行の発信も行われているんだ。」
晴はそう言って緩やかに着陸した。
確かに街中に敷き詰められたようなたくさんの店にはいろんなものが置いてある。ある店からは「隣国で流行してるおしゃれなブーツはどうだい。」という声が聞こえ、またある店には、見たことのないカラフルな食材みたいなものが置いてあった。見たことのない物がたくさんあって、あちこち目移りしてしまう。気を抜いたら晴とはぐれてしまいそうだ。そう思いながらふと晴の方を見ると何やら考えているような仕草を見せた。
「そうだ!ついてきて、蒼。」
晴は名案を思いついたようにパッと顔を上げると、俺の手を引いて歩いた。そうして連れてこられた先は、一つの仕立て屋さんだった。店に入ると、焦げ茶色のワンピースを着ている女性が立っていた。
「いらっしゃいませ!」
明るい声が聞こえた。
「ここは?」
「仕立て屋、服を買うところだよ。君が勇気を持って一歩踏み出した記念に、贈り物をしたいと思っていたんだ。でも、何がいいのか思いつかなくてね。 旅をするうえで、服を何着か持っておくことは大事だよ。」
確かに俺は今着ている服以外に服を持っていなかった。孤児院で着ていた物はそこで管理されているもので、前に着ていた子が着られなくなったら下の子に受け継がれる。いわゆる、お下がりというやつだ。だから、自分の服を持つのは初めてになる。
「本当にいいの?」
「もちろん。」
とても嬉しくて、ありがとうと言おうとしたとき、新たな問題に直面した。
「晴、どうしよう。どれがいいのかわからない。」
「ああー。」
そう、服を選ぶのなんて初めてだ。自分にどんなものが似合うのかも、どんなデザインが好きなのかもわからない。せっかく晴がプレゼントするって言ってくれたのに。途方に暮れてしまった俺に晴は言った。
「じゃあ、オレに選ばせてよ。」
そうやって晴が選んでくれたのはフードのついた白いパーカーに紺色のベスト、それから黒いスラックスだった。かっこいいデザインで、なおかつすごく動きやすかった。
「うん、オレの見立通り。よく似合ってるよ。」
「本当に?変じゃない?信じていい?」
「もちろん。蒼は気に入ってくれた?」
「もちろん!」
俺は今度こそありがとうと言い、この服をプレゼントにしてもらうことに決めた。
それから俺達はしばらく街を散策していた。特に覚えてるのは、お昼ご飯に食べたサンドイッチを焼いたホットサンド。温かいサンドイッチなんて初めて食べたけど、 すごく美味しかった。また食べたい。
そんなことを考えながらまた歩いていると、急に晴が立ち止まった。
「どうしたの?晴。」
「あの人・・・。」
俺は晴が見ている方へと目を向けてみる。そこには焦げ茶色のワンピースを着ている女性が噴水広場の一角に佇んでいた。その表情はどことなく暗い気がする。
「ちょっと話しかけてみようか。」
「え、ちょっと!」
晴が急に駆け出していき、俺もそれを追いかける。
「こんにちは、お嬢さん。なにかお困りですか?」
「え?あら、さっきのお客さん・・・。」
「え?」
言われてみれば、見たことがある気がする。どこだっただろうか。晴は覚えているのだろうか。
「覚えていてくださって光栄です。オレは晴。旅をしているしがない画家で、魔法使いです。こっちはオレの旅の仲間の蒼。」
「ど、どうも。」
「ふふっ。こんにちは。私はセイラと申します。それさっき買ってくれた服よね。とても似合っているわ。」
「あ、ありがとうございます。」
そうだ、思い出した。さっきの仕立て屋さんにいた人だ。
「それで、旅人さんたちが私にどういった御用でしょうか。」
「貴女が暗い顔をして、困っているように見えたので。なにか困っていることがあれば教えてくださいませんか?」
少しの沈黙が俺達を包んだあと、次に口を開いたのはセイラさんだった。
「実は、服のデザインに行き詰まっちゃって。そろそろ衣替えのシーズンでしょ?それで新作のデザインを任されているのに全然うまくいかなくて。」
「なるほど、スランプってやつですね。」
セイラさんは力なく笑った。
「こんなこと初めてなんです。考えれば考えるほどわからなくなって、途方にくれて。それで外の空気を吸いたくてここに来たんです。」
静かに語るセイラさんはさっきよりも苦しそうに見えた。
「ってごめんなさいね、ほぼ初対面なのにこんな話しちゃって。」
「いえ、構いません。聞かせてほしいと言ったのはオレの方ですから。」
そう言うと晴はセイラさんの手を取った。
「あなたならきっと大丈夫ですよ。服のことはわかりませんが、何かを創るという点でオレは貴女の気持ちもわかります。でもそういうときオレはいつも、原点に帰るようにしています。」
晴はセイラさんを安心させるようにようにふわりと笑った。
「原点に帰るついでに、オレの質問にも答えてください。貴女のことを教えてほしい。貴女のこれまでのこと、貴女の好きなもののこと、貴女が生きる理由。もちろん、答えられる範囲で。」
セイラさんは深呼吸をしたあと、ゆっくりと語りだした。
「私がこの世界を目指すようになったのは、5歳の頃だった。あのときの衝撃は今でもわすれられない。ある仕立て屋さんに連れて行かれたの。そこで目を奪われた。ショーウィンドウに飾ってある服はなんだか光をまとっているような気がした。それから私は、服の世界の虜になった。」
その気持ちは俺にもわかる気がした。俺もこの街に来たときや買ってもらった新しい服を着て歩いているとき、初めてホットサンドを食べたとき、なんだかすごくわくわくした。
「それでいつしかこう思うようになったの。『私もこんな服を作りたい。今感じているこのドキドキをもっと色んな人に感じてほしい』って。だから私は仕立て屋になろうと思って、それを叶えたの。私は私の好きなもので、この街の人や世界中の人たちを笑顔にしたい。それが私の生きる理由・・・あ!」
そこまで言うと、セイラさんは弾かれたように立ち上がった。
「そう、そうよ!なんで忘れていたのかしら!」
「どうしたんですか!?」
そう聞くとセイラさんは大きな目をキラキラさせながら俺の方を見た。
「話していたらいいアイデアが思いついたの!本当に、あなた達は私の恩人だわ!」
「大げさですよ。でも、また貴女の助けになれたなら良かった。」
「ええ、本当にありがとう!あぁ、早く帰ってアイデアをまとめないと!今度またお礼をさせてください!それでは!」
セイラさんは足早に去っていった。その足取りは軽くてどこか楽しそうだった。
セイラさんと別れたあと、俺達は日が暮れる前に街を出て森に入った。しばらく歩いて開けた場所に出た時急に立ち止まった。
「今日はここでキャンプしよう」
ということで、俺は初めてキャンプをすることになった。野宿をすることも珍しくない、というか野宿するほうが多いらしい。なんでも、人と関わるのも好きだが自然と触れ合うことでまた違うインスピレーションを得られるんだとか。
野宿の準備と夕食を終わらせた俺達は焚き火を囲んでいた(準備はほとんど晴がやってくれた)。
「晴は野宿慣れてるよね。」
「まぁ、野宿もかなりしてるからね。でもオレも最初は全然わからなかったなぁ。」
かなりしてる。その言葉を聞いて、ふと気になることがあった。
「晴、聞いてもいい?」
「ああ、なんだい?」
「晴はどのくらいこの旅を続けてるの?」
晴は考え込むように遠くをみてしばらく経ったあと静かに答えた。
「うーんそうだな。どれくらいだろう。10年くらいは続けてるかな。実は交流の街に来たのも初めてじゃないんだ。」
「そうだったの!?」
「うん。さっきも言ったけど、交流の街は文化の交流が盛んだから、いろんなものを見るにはいい街だと思ってね。蒼、旅の一日目ははどうだった?」
今日のことを思い出してみると、初めて出会ったことに目を奪われてばかりの一日だった気がする。
「初めてあんなに大きい街を見て、なんだかドキドキした。見たことないきれいなもの、食べたことのない美味しいものも。それに、そこに込められてる思いも。セイラさんも本当に服が好きなんだなって。でも、ちょっとびっくりしたかも。」
「びっくり?」
俺に声をかけてくれた時と今日セイラさんに声をかけた時、ぼんやりと感じていた違いについて聞いてみることにした。
「晴、セイラさんの話聞いてるときとか野宿の準備するときとかも魔法使ってなかったから。今日魔法を使ってたのって交流の街まで飛んできたときしか見てないかも。」
「あぁ。」
その質問に晴は目を伏せて答えた。
「オレ、なるべく魔法に頼りすぎないようにしてるんだ。魔法は確かに便利だけど、力に頼りすぎると、自分で何もできなくなるから。」
「そうなの?」
「少なくとも、オレはそう思ってるってだけだけど。さぁ、そろそろ寝ようか。明日の朝も早いよ?あ、でもその前に日記を書くのも忘れないようにね?」
そう言われて今に至る。
眠気もそろそろ限界だし、今日はもう寝よう。明日はどんなことをするのか、どんなところに行くのか、どんな人に出会うのか、今から楽しみで仕方がない。