此処はどこ、私はあの子2
(……随分とトチ狂ってるな)
常人のメンタルだったら、とうに叫び出しているような状況だ。
だが、私は踏ん張るしかなかった。
ここで正気を手放してしまえば、すべてが終わる気がする。
私は頬にかかるおくれ毛を耳に掛けた。私の髪が、耳に掛けられるほど髪が長かった覚えはないが。
……今は些末なことに気を取られてはいけないのだ。
結い上げられた髪が蒸し蒸しするとか、頬にこぼれるその髪の色が――鉄色、鉄の焼肌のような、青みがかってにぶく光る暗い青緑であることとか。
私はブリーチなんてしたことがない。生粋の黒髪である。なのに、なぜ。
妙に腕が細くて白いこともそうだ。爪もきれいに整っている。頼りない指先の感覚。これは……白魚の手?
私も貧弱な方ではあったが、それとはまた違う。手は小さく、指も短い。
そんな、私のものとは思えない手を胸元へ当てて深呼吸する。
どう考えても自前であってはならない膨らみには触れないようにして。
膝をついたままでもしっかりと自分で体を支えて。
手のひら越しに鼓動を感じながら、落ち着け、と心の中で繰り返す。
私は男のはずだ。間違いなく、今、目を覚ますまでは。
その記憶には連続性がある。昨日も、その前も、確かに「私」として生きていた。
しかし、目の前にあるこの現実もまた、嘘ではない。
「ローザニリンコウ爵家、ネリネ嬢」
呼ばれた。
それは、私の名ではない。はずなのに。
けれど、私はその呼びかけを「自分に向けられたもの」だと、直感的に理解していた。
視線を上げると、先ほどのイケメンがこちらをまっすぐ見ていた。
月の光を蓄えたような、淡く優しい金髪を一つに括った彼の眼差しは、凍てつくような冷たさをひしと感じさせる。言葉ではなく、視線がこちらを糾弾している。
(いろいろ言いたいことがありそうだ)
なんとなく、そう思った。
突き刺さるそれらは、不思議なことに単純な拒絶には見えなかった。彼の鈍色の双眸には、色々なものが混ざり合ったような、怒りとも悲しみともつかない感情が沈んでいる。確証はないが、そんな気がした。
どれほどまでのことを、やらかしていたのか。 私は。
今まで見たことないほど整った顔に睨まれるという経験が無かったからなのか、何とも胸が圧迫される心地がする。拷問器具で息苦しいのとはまた別の、謎の圧迫感がじわじわ広がってくる。
とはいっても。
悲しいほどに、私は何も、状況を飲み込めていないのだ。