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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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7 哀しい予感

「ベティが離縁すると知らせてきたのだ」


 お父様は困惑した顔で、ペラッと一枚の便箋をつまみ上げた。

 今朝、ベティお姉様から届いたらしい。

 執務室に到着して開口一番、予想外の言葉を聞かされ「はあぁ?」と素っ頓狂な声が口から漏れた。どういうことなの?

 この場には、私とお父様のほか、マイルズとハリーも同席している。


「ベティお姉様は、ファレル侯爵家で幸せなはずじゃ……」


「そう報告を受けている」


「ならどうして?」


「わからん、さっぱりわからん。手紙にも、近々ここに戻ってくるとしか書いとらん」


 お父様はバリバリと頭を掻きむしった。

 隣に控えるマイルズが「ハゲますよ」と小声で諫めている。


「ファレル家からは、なんの連絡もないのですよ。ベティ様お一人の考えなのか、それとも侯爵家も同意しているのか、それもわからないのです」


 おたおたするお父様に代わって、右腕のマイルズが状況を説明した。彼はいつも冷静沈着だ。


「それでおまえたちの婚約なんだが、この件が片付くまで待ってもらえないか?」


「待つ意味あります? 紙切れ一枚、サイン一つで済むことなのに」


 ベティお姉様の離縁と私の結婚がどう結びつくのか理解できず、お父様からの申し出にやんわりとノーを突きつける。

 ずっと待たされていたのに、これ以上待つなんて冗談じゃない。婚約していないばかりに、こちらはデート一つままならないのだ。


「婚約するにあたって両家で取り決めなければならんこともある。それにシャノンはまだ十八歳だから、行き遅れというわけでもない。急ぐ必要もないだろう?」


 両家の取り決め? それを今になって言うのかと呆れた。

「な?」と同調を求めるお父様をキッと睨む。

 そんな私にもわかりやすいように、マイルズが補足すべく口を開いた。


「ベティ様の有責か否かで、慰謝料が発生するのです。もらう側ならいいのですが、支払うとなれば当家に甚大な被害を及ぼします。それを見極めないことにはなんとも……」


「慰謝料で済めばいいが、侯爵家の不興を買い事業を潰されたら一巻の終わりだ。シャノンの持参金にも影響するから、迂闊に縁談を進めるわけにいかないのだよ」


 お父様も、しかめっ面で真情を吐露する。

 我が家はようやく立ち直った状態で、まだゆとりがない。多方面に影響力を持つファレル家にそっぽを向かれれば、また借金生活に逆戻りだ。

 私は持参金なしで嫁ぐか、最悪、縁談自体がなくなるか――。

 

「なるほど……承知しました」 


 納得したくはないが、そう答えるしかなく声を絞り出した。ずっと黙ってやり取りを聞いているハリーは、今どんな顔をしているだろう? 怖くて見ることができない。


「どちらにせよ至急、情報収集が必要だろう。ハリー、頼んでもいいか?」


「かしこまりました。明朝、王都へ発ちます」


 ハリーが静かにお辞儀をするのがわかった。抑揚のない平坦な口調にゾクッとするような冷たさを感じ、恐る恐る横顔を盗み見れば渋面で唇を噛みしめている。それはいつも穏やかな表情を浮かべている彼には滅多にないことで、悔しさなのか、怒りなのかはわからないけれど、たった一人の女性が原因であることは明らかだった。

 ベティお姉様は、今でもハリーにこんな顔をさせてしまうんだ……。

 堪らず目を背ける。抉るような胸の痛みとともに、ドクッドクッと心臓が嫌な音を立て始めた。


「まあ、ベティも愚かではないから、最悪の事態にはならないだろう」


 最後はお父様の楽天的な一言で解散となった。


 惚れた弱みなのか、あの顔を見てもハリーの無事を願ってしまう自分がいる。

 王都までの道は整備されているが、場合によってはファレル侯爵領へ赴き事情を探ることになるだろう。道中は小さな森がいくつかあり、盗賊や魔物と遭遇する可能性がある。

 部屋に戻った私は、水晶に紐を通しただけのシンプルなペンダントを手に取った。子どもの成長を願うため、生まれてすぐに両親から贈られた大切なものだ。この国には親が子にお守り石を贈る風習があり、これだけは売らずに残しておいたのだ。

 私が付与魔法師として稼いだ分は家計に入れ、屋敷の維持や伯爵家として体面を保つための費用の足しとなっている。

 私は学校の行き帰りと仕事用の服があれば十分だったので、伯爵夫人として社交が必須なお母様を優先させていた。とはいえ、少しは自分の宝飾品も揃えておけばよかった……と後悔しても、今使えるのはこの石しかない。

 

「やっぱり、究極は結界魔法よね」


 結界は防御の最上級魔法だ。あらゆる攻撃に耐える最強の魔法防壁を作り出し、毒や魅了も無効化する。

 私は直接結界を張ることはできないけれど、物に付与させることはできる。それを身に着けていれば、緊急時に身を守れるというわけだ。

 なにぶん高度な魔法なので魔力コントロールが難しく、私の場合、なんにでもというわけにはいかない。小さくて硬い石のようなもの……できれば宝石が一番魔力が安定してやりやすいのだ。

 私は術式に細かな発動条件を組み込みつつ、粛々と結界魔法の付与作業を進めていった。

 水晶に手をかざした瞬間、ガツンと魔力が削られる。魔力をどんどん消費していっても、構わず付与率を限界まで上げて結界を強化していく。

 九十六、いや、七……さすがに百パーセントは無理か。こちらの体がもたない。

 その代わり時間をかけて、戦闘時の攻撃以外に急な雨や落馬にも対応できるように一つ一つ調整した。会心の出来だ。

 フラフラになった体で、ハリーに完成したてのペンダントを渡しに行ったのは夕刻を過ぎてからだった。


 執事部屋では、ハリーが出発の準備を粗方終えていた。

 私が「結界魔法を付与してあるから、お守りに」と差し出したペンダントを見て、目を丸くする。


「えっ、結界魔法ですかっ? あの最上級魔法の?」


「そうなの。本当は外套とか防具に付与できればよかったんだけど、腕が未熟で石にしかできなくて。悪いけど、なるべく首にさげていてくれる? このペンダントを中心に結界が張られるから、荷物に入れちゃうと意味がないっていうか……」 


「い、いえ、十分すごいです。それに、これはシャノン様のお守り石じゃないですか。いただけません、こんな大切なもの」


「いいから」


「いえ、大丈夫ですから」


 何度か同じようなやり取りが繰り返され、頑なに固辞しようとするので無理やり握らせた。


「あげるんじゃないわ、貸すのよ。だから、ちゃんと返すのよ?」 


「……ではお借りします。王都でお土産を買ってきますよ。本当に大丈夫ですから、あまり心配しないでください」


 最終的にハリーが折れた。私のことを心配性だと苦笑しながら、安心させるように受け取ったペンダントをその場で首にかけ、シャツの内側に仕舞ってくれた。

 手持ちの回復キャンディまで押しつけてようやく満足した私は、気が抜けたのか急に疲れを感じて、その場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

 

「必ず……戻ってきて……」


 私のところへ――。

 肝心な言葉は声に出せなかった。


「シャノン様? シャノン様、しっかりしてください! シャノン様!」


 ハリーが咄嗟に私の体を支えた。

 魔力を使い過ぎただけだから大丈夫だと、唇を動かす。伝わったかどうかを確認する前に、私の意識は遠のいていった。


 目覚めたのは翌日の午後のことで、とっくにハリーは出発していた。


「ハリーさんは、早朝に屋敷を出たんです。心配していましたよ、ずいぶん慌てて……。シャノンお嬢様だって、こうなることは、わかっていたでしょうに」


 グレタが魔力切れの理由を知って、呆れ顔になった。

 

「だから無理して執事部屋まで行ったのよ。倒れる前じゃないと渡しそびれると思って。ハリーが受け取れないとゴネて余計な時間を食わなければ、こんな醜態をさらさずに部屋まで戻れたんだけどね。失敗しちゃった」


 あっけらかんと答えたものの、まだ不安がくすぶっている。

 それは、このまま二人の末来が引き裂かれていくような漠然とした焦りだった。




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