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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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【番外編】ドーラの恋人 中

 ライナスが身分を捨てて、わたくしと一緒になりたいと言ってくれた。

 天と精霊王に誓うということは、その言葉に嘘偽りがない誠意の証であり特別な行為だ。わたくしは、もう死んでもいいと思った。それほど幸せだった。


永遠(とわ)の愛をあなたに捧げます。ずっと傍にいたい。いつか旅に連れて行ってね」


 愛の言葉を誓い合いキスを交わしたこの瞬間、確かにわたくしたちは二人の明るい末来を信じていた。このあと、事態が急変するとも知らずに――。


 その夏、魔の森にスタンピードが発生したのである。

 

 すぐに収束するだろうと甘く考えていた国の重鎮たちは、結界が破られたとの報告を受けて血相を変えた。この国では、先代の筆頭魔法師たちのような実力のある魔法師が不足していて、魔の森に新たな結界を張ることができなかったからだ。

 砦を盾に時間を稼ぐも、かつてない規模の魔物の大群に、近隣の領地へ被害が及ぶのも時間の問題だった。

 すぐさま大規模な討伐軍が組織されると同時に、王弟のエルドン公爵が魔法師の派遣を願い出るためにヴェハイム帝国へ旅立った。

 魔の森から遠く離れた王都では、生活に大きな変化こそないものの不穏な噂がひっきりなしに流れている。


「結界が破られるなんて! 王宮魔法師たちは何をやっているんだっ」

「今は魔力の高い魔法師がいないんだから仕方ないさ。魔法の才ばかりは、精霊たちの気分次第だもの」

「王宮魔法師がダメなら、付与魔法師協会の魔法師たちはどうなんだ?」

「先代の結界が破られるんだから、防具に防御魔法を付与したところで気休めにしかならないよ」

「そのうち王都にも魔物の群れが襲って来るんじゃないか?」

「まさか」

「あり得る! 王都から魔の森までは、討伐用に整備された一本道なんだぞ」


 皆、戦々恐々としていた。

 ほとんどの貴族たちは討伐軍に参加し、その令息は兵役している。ただし貴族学院に通う生徒は、まだ学生との理由で王都に残った。

 あと一年、ライナスが早く生まれていたら討伐に向かっていたはずだ。そして二度と戻って来なかったかもしれない。

 なぜならエルドン公爵がヴェハイム帝国の協力を取りつけ、帝国の魔法師たちと結界を張るのに必要なミスリルを調達して帰国するまでの間に、討伐軍は壊滅的な状態に陥ったからだ。特に第二騎士団全滅と、その時彼らと行動を共にしていた第二王子死亡の知らせには衝撃が走った。


 スタンピードが落ち着き、世間が日常を取り戻した頃、青い顔をしたライナスが慌てた様子で会いに来た。


「まずいことになった。卒業と同時に婚姻せよとの王命が下ったんだ」


「え……」


「相手は、戦死した第二騎士団長の婚約者で宰相の娘だ。高位貴族の嫁ぎ先がないからって、国王に泣きついたのさ。僕だけじゃない。王家は同じ境遇の令嬢たちのために、学院の男子生徒をあてがうつもりだ」


 宰相の娘のジャニス嬢はライナスより二歳年上で、本来であれば今頃は婚約者と挙式しているはずだったそうだ。相手の侯爵家は、まだ十二歳の弟が家を継ぐことになったため、婚約者を挿げ替えるというわけにもいかない。

 こうした例は続々と出てきた。長男が戦死したため弟や従弟に後継の座が移ったり、男子がいないので長女がという場合もあった。

 間の悪いことに、王太子殿下の婚姻のタイミングに合わせて結婚を予定していた貴族が多かったのだ。あわよくば同じ時期に出産して、王子の婚約者か側近にという思惑が透けて見える。

 令嬢たちの親は、年回りの近い高位貴族の嫡男との縁組を欲しているのだが、条件のいい令息は既婚か婚約済みだ。愛人の座を狙ったり、中には力づくで破談させ、自分の娘を後釜に据える者まで現れる始末。

 そこで王家は、国を乱す行為は看過できないと自ら縁結びに乗り出したのだった。婚約者のいない公爵家のライナスは、真っ先に狙われたというわけだ。


「何が『二人とも魔力が高いから、生まれる子は特級魔法師になれるかもしれぬ』だ。僕は魔力が高いわけじゃない。それに魔力と血統は関係ないだろっ」


 ライナスが、忌々しげにベンチの後ろのカエデの木をダンッと叩いた。擦り剝けて血が滲んでいる。

 わたくしはその手をハンカチで巻いて、両手で包み込んだ。


「陛下にそう命じられたのなら、子を生さなくてはいけないのでしょうね。魔力の高い子が生まれるまで……かしら?」


「そんなわけあるか。子を生すなんて、淡々と言わないでくれ。頼むから」


「淡々? わたくし、動揺してるわ……」


 ライナスが、わたくしの手が小刻みに震えているのに気づいて、そっと抱きしめてくれた。

 どちらにせよ、王命には逆らえない。男爵の我が家でさえ、貴族の政略結婚は義務だと教育を受けている。相応の令嬢を娶る以上は最低でも一人、跡継ぎを儲けることになるだろう。でないと妻の名誉に傷がつく。白い結婚、石女……それを宰相が許すとは思えなかった。


「ごめん、本当にごめん。だけど僕はドーラと別れたくない」


「わたくしに愛人なんて無理よ。両親が許さないわ」


「わかってる。宰相も許さないだろう。最悪、君と男爵家が害されることになる」


 正確には、わたくしではなくノーラに危険が及ぶことになる。それだけは断じてあってはならない。


「思い出を作りましょう。あなたの卒業まで少しだけ時間があるから、せめてその間だけ。そして……別れましょう」


 それが、わたくしにできる精いっぱいだった。

 思い出と言っても、大したことができたわけではない。ただ、この王立図書館の裏庭から一歩抜け出しただけ。

 二人で変装してシムズ川の周辺を散策したり、パン屋で買い物を楽しんだり。瓶底眼鏡が役に立った。

 のちにライナスは、川沿いのアパートメントの一室を個人名義で買って隠れ家にした。


 コソコソしていたわたくしたちだが、たった一度だけ学校帰りにカフェに入ったことがある。

 若者らしいデートに憧れて、無理を承知で連れて行ってもらったのだ。そこには貴族用の個室があるので、出入りさえ気をつければ大丈夫だという目算もあった。

 そして、失敗した。

 店を出る際に、ジャニス嬢と鉢合わせをしてしまったのだ。


「ライナス様、婚約者がいる身で女性と二人でカフェに立ち寄るなんて、一体どういうつもりですの?」


 仁王立ちするジャニス嬢は、見事な銀髪を腰まで伸ばし細い眉を吊り上げている。切れ長のブルーの瞳には狂気が宿っていて、一目で『ヤバイ女』だとゾクッときた。決して関わってはいけないタイプの。そう、一言で表すなら、彼女は壊れている――。


「二人ではないよ。マークが一緒だ」


 婚約者を責めているように見えるが、怒りの矛先はわたくしに向けられている。それを察したライナスが一歩前へ出て、わたくしをかばった。

 マークはエルドン家の護衛で、わたくしたちの仲を知るライナスの腹心の一人だ。ほかにモーガンというマークの弟分がいる。


「あなたの護衛でしょう? そんな嘘で誤魔化されるもんですか」


 フンと鼻であしらわれた。

 足がすくみそうになっているわたくしとは逆に、ライナスの瞳は凪いでいる。嘘の中に事実を混ぜながら、ゆっくりと説明し始めた。


「彼女は学友だ。マークの話を聞くために、わざわざこのような場を設けた。彼は魔物の定期討伐に参加していて、補給地のハーシェル伯爵領には詳しいから」


「ハーシェル伯爵領?」

 

 ジャニス嬢が、ぴくっと眉を寄せわたくしを見る。

 目を泳がせないように、そっと目を伏せるのに苦労した。


「はい。この度、ハーシェル伯爵家のご子息と縁談が纏まりそうなので、領地の様子を伺いたくてマークさんにお願いしました」


 これは本当のことだ。ハーシェル伯爵が男爵家の軍馬を取り引きしたことから、最近、ノーラに話があった。次男だが、長男が急遽他家に婿入りすることになったため、将来伯爵になるのだという。男爵の娘が伯爵夫人になる。これはとても運のよいことだった。


「定期討伐の経験が役に立つのであればと、お話しいたしました」


 マークも肯定して、静かにお辞儀をする。


「そう。このご時世に男爵の娘が伯爵家に嫁入りとは幸運ですこと。けれど、ライナス様のお手を煩わせるのは感心しません」


「申し訳ございません。気をつけます」


 まだ疑っているようではあったが、これ以上責めても仕方がないと考えたのだろう。わたくしは解放された。

 しかし去り際、背中に突き刺さるねっとりとした視線は、いつまでも嫌な記憶として残ったのだった。


 ライナスと会った最後の日、わたくしは涙を止められなかった。


「ドーラ、愛してる。君に待っていてくれと言えない。だけど、僕はいつの日か必ず自由を手に入れてみせるよ。必ずだ。そして迎えに行く。そのことだけは憶えていて」


 抱きしめられた胸の中で、コクコクと何度も頷いた。

 こうして、わたくしたちは別れたのである。



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