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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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【番外編】ドーラの恋人 上

シャノンの実母ドーラのお話です。

 生まれてすぐ、わたくしは縁戚の養女に出された。

 双子は不吉だ――男爵家の当主であった祖父がそう言って、両親から強引に赤子を奪ったのだそうだ。

 七歳の時に祖父が病に倒れ、父が爵位を継いだことをきっかけに、わたくしは再び男爵家の敷居を跨いだ。姉ノーラの話し相手として。

 

「すまないね。父上に見つかると追い出されてしまうから、我慢しておくれ」


 爵位は継いでも、実権はまだ祖父にあるらしい。父は何度も謝って、わたくしのミルクティー色の髪を魔法でマロン色に変え、伊達メガネを渡して変装させた。

 四年後に祖父は亡くなったけれど、その頃にはマロンの髪と瓶の底のような分厚い眼鏡がすっかり定着していたので、ずっとこのままだ。ノーラと入れ替りを楽しむのにも、そのほうが都合がよかった。

 双子のノーラは自分の半身のようなものだ。表向きは男爵令嬢とその侍女という形を取りつつも、実際は仲のよい姉妹だった。両親はわたくしを正式に実子として家に迎え入れたかったようだが、愛しんで育ててくれた養父母の反対を押し切って男爵家の籍に戻すには、王都に赴き煩雑な手続きを取る必要がある。結局、有耶無耶になった。

 もしこの時、男爵家の娘に戻っていたら、もし養女に出されたのがノーラだったら――わたくしは、貴族令嬢としてあの人の横に並び立てただろうか?

 いいえ、答えは否だ。

 王弟の息子と田舎男爵の娘では、どう抗っても釣り合わない。ゆえに何度人生をやり直したとしても、わたくしは同じ選択をするだろう。



 それは、わたくしたち姉妹が長閑な男爵領を出て、王都の貴族学院に入学してから半年ほど経ったある日のことだった。


「君は誰だ? ノーラ嬢ではない……いや、君がノーラ嬢なら、もう片方の令嬢が偽者ということになるな」


 放課後、学院の図書館で唐突に話しかけられた。

 ノーラは街で買い物を、わたくしは静かに本を読んで過ごすことを好む。この日も家に帰るまでのわずかな時間、誰もいない閲覧室で推理小説に読みふけっていた。

 驚いて顔を上げると、目の前にあの人が立っていた。

 ライナス・エルドン。

 一つ年上の二年生なので一年生のわたくしと接点はないが、王弟であるエルドン公爵のご子息を知らない者など、この学院にはいないだろう。


「なぜ……」


 青紫の瞳に見下ろされ、その眼光の鋭さから誤魔化しは効かないのだと瞬時に悟った。

 貴族籍のないわたくしには、この学院の入学資格がない。たとえあったとしても、男爵家では二人分の学費を工面することは難しかったはずだ。

 そこで週の半分をノーラとして通っていたわけだが、よもやバレるとは思わなかった。親ですら入れ替わりに気がつかないので、卒業まで隠し通す自信があったのである。

 なぜわかったのだろう?


「顔は同じだが、纏う空気が違う。それにもう片方は、図書館になんて来ないだろう? どこかふわふわしていて、本を読むより菓子でも食べているほうが似合う」


 纏う空気って……。そんな勘のようなはっきりしない判断基準をドヤ顔で語られても困る。でも確かに、ノーラは図書館には来ない。よく見ているな、と思った。


「申し訳ございません。以後、二度と学院へは参りませんので、どうか今回だけ見逃してください」


 学院を騙してタダで授業を受けているわけだから、何かしらの罪に問われるだろう。しかし、ここで男爵家の醜聞になればノーラの将来にも影響するため、なんとか丸く収めたかった。


「あ、いや。責めているわけではないんだ」


 神妙な顔で頭を下げるわたくしを見て、あの人はあたふたしながら銀髪の頭を掻いた。


「え……」


「双子、だよね。ノーラ嬢ではない……君、名前は?」


「ドーラです」


「僕はライナス・エルドン。気軽にライナスと呼んでくれると嬉しい」


「では、わたくしのことはドーラと……と言えればよかったんですが、ごめんなさい。見逃していただけるのでしたら、今後もノーラとして接していただけるとありがたいです」


 思いのほか友好的な態度だったことにホッとして、尋ねられるまま名前を名乗った。そして、生まれてすぐに養女に出されたため、今はノーラの侍女をしているのだと簡潔に事情を説明する。

 その内容に納得したのか、うんうんと頷き誰にも言わないと約束してくれた。


「わかったよ。ドーラと呼ぶのは二人きりの時だけにする。今は二人だから、ドーラでいいよね?」


 端正な顔でニコッと笑いかけられ、ドキッとする。


「ね? ドーラ」


 もう一度、確認され、わたくしは反射的に「はい」と返事をしていた。

 その時、ありのままのわたくしを最後にドーラと呼んだのは、もう何年も前の養父母であることにふと気づいた。


 以来、わたくしたちは、度々図書館で顔を合わせるようになった。


 ドーラ――。


 あの人にそう呼ばれる時だけが、わたくしはわたくしなのだった。

 マロンの髪に眼鏡をかけた偽りのドーラではなく、ノーラとして立ち振る舞うドーラでもない。まっさらな自分。

 いつの間にか、わたくしたちは恋仲になっていた。

 ずっと気になっていたのだと、知り合うために勇気を出して声をかけたのだと告白された時は夢心地だった。


「ああ、ドーラ! よりにもよってエルドン公爵のご令息を好きになるなんて。早いとこ諦めたほうが身のためよ。誤解しないでね? 意地悪で言ってるんじゃないの。あなたが傷つくんじゃないかと心配なのよ」

 

 案の定、ノーラには反対された。何度も別れたほうがいいと忠告されたけれど、離れられなかった。

 決して結ばれることはないことは、わかっている。あの人は――ライナスは、いずれ自分の身分にふさわしいご令嬢と結婚するはずだから。

 卒業して男爵領に戻れば、きっともう王都へ赴く機会はない。父親が決めた相手と結婚し、平凡な人生を歩むことになるだろう。

 その前に、たった一度の恋に現を抜かすことくらい許されてもいいのではないだろうか。そう思ってしまうほど、わたくしの心は燃え上がっていた。



 わたくしが、いや、ノーラが二年生に進級する頃には、学院の図書館ではなく王立図書館の裏庭で会うようになっていた。

 ノーラに恋の噂が立つのを避けるため、わたくしたちは細心の注意を払って逢瀬を重ねていて、その点、いつも人気のないその裏庭はうってつけだったからだ。

 人並みのデートとは無縁だったが、木陰のベンチに座りいろいろなことを話した。


「実は、剣士になりたいんだ」


 こんな夢を語ってくれたこともある。


「騎士ではなくて?」


「うん、剣士。いつか剣術を極めたい」


 職業として騎士爵を得るというのではなく、純粋に剣の道を追求したいということのようだ。そのうち修行の旅に出るのだとか、卒業後は魔物討伐に参加するのだとか、楽しそうに話してくれた。

 しかし魔物討伐はともかく修行の旅に出る時間など、たぶん、ない。彼はエルドン家の次期当主で、ゆくゆくは公爵としての仕事をしなければならないから。夢を見るのは自由だけれど。

 そんな考えが顔に出ていたのだろう。


「あ、その顔は信じてないな? 実はさ、僕は家を継ぐ気がないんだ。卒業後は、公爵家とは関係ない場所で勝手気ままに生きてゆくつもりだ」


「は? 一人息子でしょ。あなたがいなかったら、一体誰がエルドン家を継ぐの?」


 至極真面目に言うので、面食らった。するとライナスが勝ち誇った顔になる。


「ここだけの話、第二王子だよ。王太子殿下が結婚されたから、数年以内には子ができるだろう? いずれ男児が生まれたら、王太子のスペアとして王宮にとどまる必要がなくなる」


 この春、二十二歳になられる王太子殿下が公爵家のご令嬢と結婚されたばかりだった。第二王子殿下は、昨年この学院を卒業され、騎士団に籍を置いている。

 ライナスの従兄なので、公爵家の後継として不足はないけれど……。


「そうなの?」


「エルドンは、父上がピチュメの王女だった母上を娶った際に臣籍降下してできた家なんだよ。当時、第二王子だった父上を次期国王に推す動きがあってね……」


 危機感を抱いた国王が、これ以上、王太子の脅威にならないようにと遠方の国の王女と結婚させたのだという。後見としての力はないが、身分だけは高い都合のよい相手だったのだ。体の弱い方だったらしい。ライナスを産んだ数年後に亡くなられている。


「無理して存続させるような家じゃない。継げる者が継げばいい。だからさ――」


 ライナスは、わたくしの手のひらにキスを落とした。


永遠(とわ)の愛を天と精霊王に誓います。共に生きてほしい。そして旅をしよう」 


 その言葉(プロポーズ)は、この恋を諦めていたわたくしにとって希望の光だった。



 

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