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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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34 お披露目 後

 私とハリーが大急ぎで会場に滑り込むと同時に、舞踏会が始まった。

 両陛下と王太子夫妻、第二王子殿下と婚約者の令嬢が入場する。まさにギリギリのタイミングだ。

 まずは国王陛下の挨拶、それから討伐隊への褒賞が行われる。

 この夜会は、社交シーズンのあとに始まる秋の定期討伐に向け、兵士たちの士気を高める狙いがあるのだとお父様から教わった。そのためか、騎士の礼装を纏った、いかにもという感じの精悍な軍人の姿が会場のあちらこちらで目についた。


「第三騎士団ジーン・ワイズ、前へ」


 一人ずつ功労者の名が呼ばれ、望みの褒美を賜る。大抵はお金だ。たまに――。


「私はモーズリー伯爵令嬢との婚姻を望みます」


 なんてこともある。

 恋人の身分が自分よりも高い場合、魔物討伐で功績を上げて王命による婚姻を願うのだそうだ。功労者に選ばれるような実力のある騎士は出世するので、お相手の家族からの反発はないらしい。むしろ「魔物討伐で功績を上げれば、娘との結婚を認めてやる」と焚きつける親もいるのだとか。

 ただ、討伐で大怪我を負い退役、悪くすれば命を落とす危険もあるだけに、恋人の帰りを待つ令嬢は心配だろう。身分差の恋を叶えるのは大変なのだと改めて感じた。

 その場でジーン・ワイズの婚姻が認められると、モーズリー伯爵令嬢らしき女性が涙ぐんだ。二人の恋を応援していたであろう騎士仲間たちから、祝いの言葉をかけられている。周囲から温かな拍手が送られ、和やかなムードが会場に広がった。

 

 褒美の授与が終わり、いよいよ私たちの番になる。名前を呼ばれて、私とハリーは国王陛下の御前へ進み礼を執った。

 柔和な笑みをたたえた陛下が、皆に語りかける。


「この場を借りて、私の従姪(いとこめい)を紹介させてほしい。シャノン・ハーシェル嬢と婚約者のハリー・モートン卿だ。青紫色の瞳を見て察した者もいると思うが、彼女は精霊の愛し子とされる『虹の瞳』の持ち主だ。今までハーシェル伯の庇護のもと、領地で暮らしていた。二人の婚姻に伴い、これからは公の場に出席することが増えるだろう。どうか温かく見守ってほしい」


 割れんばかりの拍手が湧いた。

 こんなに大勢の人の前に出るのは初めてだ。ハリーが養子先のモートンを名乗るのにも慣れていなくて、なんだかくすぐったい気分になる。

 陛下が片手を挙げると会場がピタリと静かになった。


「ハーシェル嬢は付与魔法師として実績があり、今後は精霊の愛し子として王宮の三級魔法師を兼務することになった。よって慣例に従い一代限りの男爵位を授けることとする。異議のある者はいるか?」


 沈黙が場を支配する中、おずおずと手を挙げる御仁がいた。「あの……」とか細い声を発した白髪の老紳士に、皆の視線が集まる。


「タウンゼント候、発言を許す」


 タウンゼント侯爵は恭しく一礼した。そして、タウンゼント家は代々熱心に精霊を信仰しているのだ、と世情に疎い私にもわかるように自己紹介をしてから本題に入る。


「よもや生きている間に『虹の瞳(精霊の愛し子)』とお会いする機会を得られようとは、想像もしておりませんでした。ピチュメ王国においても、その瞳を持つ者は王と王太子のみ。それほど稀有な存在なのです。陛下、男爵位では低すぎやしませんか? かの国の王位を望めるお方です。我ら信者にしてみれば、王子妃として迎えても足りません」


 王子妃と聞いて、王族席にいる第二王子殿下の婚約者の顔が曇った。

 彼女は西の国境に接する辺境伯のご令嬢だそうだ。王家も国を守る辺境との関係を壊したくはないはずだ。王妃様の表情もどことなく冴えない。このような声が上がることをお茶会でも懸念されていた――。

 きっと私の顔も引きつっているだろう。「それもそうですわ」「王太子妃は無理でも、せめて第二王子妃に……」などとタウンゼント侯爵に同調する声が聞こえてきて、またハリーと引き裂かれるのではないかと気が気でない。


「うむ、タウンゼント候の言い分はもっともである。だが、この二人は精霊王に愛を誓い祝福されている身ゆえ、今更王子妃などというのは現実的ではない。爵位については、シャノン嬢の希望を考慮した結果だ」


「ですが、一代限りというのはさすがに……」


 タウンゼント侯爵は、国王陛下の説明に納得いかない様子だ。渋い顔をして食い下がる。

 

「あの、よろしいでしょうか?」


 我慢できず私は挙手した。

 

「発言を許す」


「閣下の心遣いは嬉しいのですが、私は『虹の瞳』が国を乱すことを望んでいません。必要なのは高い身分を得ることではなく、王家の後見です。ですから、これから生まれる精霊の愛し子たちには、それぞれに一代限りの爵位をいただければ十分です。世襲では、兄弟の場合どちらか一人しか爵位を継げませんので」 


 どんなに高い爵位をもらっても、ハリーとの子が全員『虹の瞳』ならば、嫡男以外はいずれ平民になり王家の後ろ盾を失ってしまう。それでは意味がない。政治的に利用価値がなくなるくらい『虹の瞳』が増えれば後見も必要なくなるのだろうけど、それは早くても私の孫かひ孫の代の話だ。


「ハーシェル伯爵令嬢、あなたはご自分の産む子が『虹の瞳』だと?」


 タウンゼント侯爵の声が、か細いものから力強さを帯びたものに変わった。


「はい。精霊から祝福を授かった際に、そう言われました。私たちの子だけではありません。これからはピチュメ王国でも多くの『虹の瞳』が生まれてくることでしょう」


「なんと……!」


 目を見開いているのはタウンゼント侯爵だけではなかった。どうやらこの国には、私が思う以上の精霊信者がいるらしい。

 国王陛下がコホンと咳払いをなさった。

 あ、研究発表の内容を話してしまった! と思ったけれど遅かった。

 カイル様が苦笑している。


「そういうわけだ。いずれ『虹の瞳』は稀有な存在ではなくなるだろう。詳細を知りたければ、ヴェハイム帝国で開かれる魔法研究学会の発表を待て」


「承知いたしました、陛下」


 タウンゼント侯爵は大人しく引き下がり、私の希望を支持すると宣言した。国王陛下のフォローのお陰だ。


「では、舞踏会を始めよう。音楽を」


 陛下は王妃様の手を取ってホールの中央まで進む。最初の曲は、一番身分の高い者が踊るのだそうだ。

 王妃様は今日も赤いドレスである。優雅にステップを踏みながら、こちらに向かってウィンクした。

 二曲目からは王太子夫妻、第二王子殿下と婚約者の令嬢が加わるのだが。


「君たちもおいでよ。せっかくの愛し子のお披露目なんだからさ」


 王太子殿下から声をかけられ困ってしまった。お披露目で頭がいっぱいいっぱいで、ダンスのことを考える余裕がなかったのだ。


「でも……」


 身分が、と躊躇する私の前に、ハリーが手を差し伸べた。


「シャノン様、踊りましょう」


「ハリー」


「大丈夫。現王の従姪で、精霊の愛し子ですよ。誰も文句なんて言いませんて」


「それもそうね」


 私は自分の手をハリーの手のひらに重ねた。

 流れてくるのは、かつて何度も練習したワルツだ。

 最初はぎこちなかったステップも、体の緊張がほぐれ段々と滑らかになる。

 ワン・トゥ・スリー、ワン・トゥ・スリー、ナチュラルターン……。

 ハニーブラウンの瞳と見つめ合えば、ご令嬢たちからため息が漏れた。そこにはもう侮蔑も嫉妬も感じられず、あるのは羨望の眼差しだけ――。

 ずっと、こうしてハリーと踊るのが夢だった。

 もう目を閉じなくていい。これは幻でも妄想でもないのだから。


「突然、消えたりしないでね」


 感極まって涙ぐむと、ハリーがターンの手前で私の額にキスを落とす。


「一生お傍にいますよ。天と精霊王に誓って」


 次の瞬間、色とりどりの花びらが舞い落ちてきた。次から次へ、ひらひら、ひらひらと。

 甘い花の香りと子どもの笑い声――精霊だ。


“チューしてる”


“チュー”


“ダンスしてるの”


“ダンス、ダンス!”


 揶揄うようにチカチカと小さな光が点滅している。

 その光景を見た人々は驚嘆し、会場がどよめいた。

 タウンゼント侯爵が腰を抜かしそうになり、従者に肩を支えられながら叫ぶ。


「これが伝説の精霊の祝福か……! ワシはもう、いつ死んでも構わんっ」


 ひらひら、ひらひら、花びらが降り注ぐ。

 キラキラと眩いシャンデリアに、精霊の光が反射する。

 精霊たちが“ダンス、ダンス”とはしゃぐ。

 呆然としていた人々も、一組、また一組と踊り始めた。

 お父様とお母様、ベティお姉様とアダムお義兄様。

 サイラスはアイリス嬢と、カイル様もドーラの手を取り踊る。

 優雅な音楽とむせかえるような花の匂いに酔いながら、この夜、皆がダンスに興じた。


 

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