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4 誕生日プレゼントをあなたに

 ハリーの誕生日プレゼントが完成した。

 温熱効果付きの赤竜のほかに、冷却効果付きの青竜バージョンも刺繍したので、思ったよりも時間がかかってしまった。

 しかし……二十三歳になる成人男性のプレゼントにハンカチ二枚ってどうなの? と、少々味気ない気がして不安になる。

 ネクタイピンかカフスボタンを追加しようか。でも装飾品の類は、正式に婚約してからのほうが無難?


「どうしようかしら……?」


 うんうん唸りながら部屋の中を行ったり来たりしていると、グレタが呼びに来た。


「シャノンお嬢様、馬車の準備ができましたよ」


「え? あ……今行くわ」


「うわの空ですね。一体どうしたんですか?」


 気の利くグレタが私を気遣う。

 彼女は頼りにしている侍女の一人だ。なんと、あのジミーの婚約者である。二人の仲睦まじさは、使用人たちの間でも有名だ。

 彼女になら、的確なアドバイスをもらえるのでは?

 私は思い切って、机の引き出しからハンカチを取り出して広げて見せた。


「ハリーの誕生日プレゼントなのよ。頑張って刺繍してみたの」


「まあ、ドラゴンですか。これはまた……シャノンお嬢様らしい斬新なデザインですね。きっとハリーさんも喜びますよ」


 グレタが、二枚のハンカチをまじまじと見ている。

 因みに『豪快に火を吹いている赤竜』と『敵を威嚇する青竜の顔』の図柄だ。立体的に見えるように工夫した自信作である。


「そう? 眼とか苦労したのよ」


「はい。青竜のぎょろっとした目つきが、まるで本当に睨まれているようで迫力満点です。畳むのがもったいないですね」


「でもね、これだけじゃ足りないと思うの。何かもう一品、贈りたいのだけど」


「そうですか? こんなに緻密な刺繍は滅多にお目にかかれませんし、シャノンお嬢様のことだから、何かしらの魔法を付与なさっているのでしょう?」


「あら、わかる? 温熱と冷却の効果をそれぞれ付与してあるの。冬はあったか、夏はひんやり、ってね」


「十分ですよ。付与魔法付きのハンカチなんて、どこにも売っていませんから」


「そうかしら?」


「そうですよ」


 グレタに太鼓判を押されて一安心。

 その晩、私はハンカチを丁寧に包装してリボンを結んだ。


 

 そして迎えたハリーの誕生日。

 騎士団による討伐隊が王都を発ったとの報告を受けて、お父様と家令マイルズを始めとするその部下たちは多忙を極めていた。

 お父様は朝からマイルズを伴って諸所へ軍の補給品の最終確認へ向かい、お母様も婦人会のお茶会で不在。なぜか私とハリーが、執務室にこもって滞ってしまった事務作業を片付けている。

 せっかく予定を空けておいたのに、これでは意味がないではないか。こんな事なら例年通り、協会の仕事を受ければよかった。付与魔法師の依頼件数も今がピークだ。お陰で、明日は休憩なしで五件もこなさなくてはならない。


「シャノン様、慣れていないのですから無理しないでください」


 ハリーが帳簿をつけている手を止めて、顔を上げた。

 

「大丈夫。メイドの勤務シフトを組むくらい余裕よ」


 嘘だ。家庭教師(ガヴァネス)に勧められて十四歳で付与魔法師になって以来、そちらと学業を優先してきたので家のことはさっぱりわからない。

 本来、シフト管理はメイド長の仕事だ。お母様は出来上がったシフトを確認して承認するだけ。

 なのに私にお鉢が回ってくるということは、いずれサイラスの補佐をするのだから、今から家政を学んでおけ――という両親からの無言のメッセージなのか。

 これもハリーと結婚するためだと気合を入れるものの、メイドたちの希望申請がひどい。

『討伐隊が到着する日は休みたいです』

『騎士団到着の際は、お休みをいただきたく――』

『騎士様をお出迎えするので、休暇をください』

 どれもこれも憧れの騎士を見に行きたいがための休暇願い。あわよくば見初められたらラッキーとでも思っているに違いない。それほど高給取りの騎士は人気があるのだ。 


「くっ……勝手なことを。これじゃシフトが組めないじゃない。全員クビにしてやるぅ~!」


 思わず恨み言が口から零れた。

 ハーシェル家は、メイドや馬丁といった下級使用人のほとんどを孤児院から採用していて、中には魔物討伐で親を失った者もいる。この国では、女性の職は少なくて、安易に解雇すれば路頭に迷う。

 だから没落しかけたときは、雇用を維持するためのお給金を工面するのが大変だったのだ。あの頃の苦労を顧みれば、文句の一つも言いたくなるというもの。


「まあまあ、年頃の娘なんてそんなものです。カリカリしないで、お茶でも飲みましょう」


 私の手元にあった希望書を覗き込みながら、ハリーは苦笑いする。そして、自らお茶を淹れに部屋を出て行った。


「まあ、ね。結婚に夢見る気持ちはわかるけど」


 私は一人呟いた。

  

 しばらくしてハリーが紅茶とナッツ入りのクッキーを持ってきたので、プレゼントを渡すことにした。ムードもへったくれもないけれど、今日はこのまま事務作業に忙殺されそうなので、チャンスは今しかないような気がして。


「誕生日おめでとう。これ……」


 私がおずおずと包みを差し出すと、ハリーは驚いたようにハニーブラウンの瞳を見開いた。


「ありがとう……ございます。まさか、いただけるとは思いませんでした」


 律儀に「開けていいですか?」と了承を得てから固く結びすぎたリボンを解く。

 私はそれを器用な指先だなぁと思いながら眺めている。


「火吹き竜ですか。ダイナミックですね」


 ハリーは、そう言いながら赤竜が吐き出す炎をひと撫でする。すると付与魔法に気がついてフッと笑った。


「温熱……懐かしいですね。ハンカチは初めてじゃないですか?」


「そうね。ストールや手袋、下着(ドロワーズ)には嫌というほど付与したけど、ハンカチにはしたことなかったわ」


「当時は、客室がストールと下着の山でしたからね」


 実のところ、我が家が困窮してからベティお姉様が婚約して援助を受けるまでには、数か月のタイムラグがあった。

 その頃の私たちは当座をしのぐお金が欲しくて、ドレスや宝石、骨董品など売れる物から売っていった。そんな中、少しでも付加価値をつけようとストールや手袋に温熱効果を加えてみたら、それらは富裕層に高値で売れたのだ。

 調子に乗った私は、ドロワーズにも温熱効果を付与しようと閃いた。試しに王都の貴族学院にいるベティお姉様へ見本品を送ったところ、冷え性に悩む留学生の令嬢に気に入られ大量注文を受けたのだった。

 そして、その令嬢の紹介で大陸の中央にあるヴェハイム帝国にまで販路を広げることができ、王都の屋敷を売らずに済んだ経緯がある。

 

「毎日、魔力が枯れるほどドロワーズの温熱付与に明け暮れたわ。思えば、あの時に魔力コントロールの腕がぐんと上がったのよね」


「ハーシェル家が思いのほか早く持ち直したのも、シャノン様の努力のお陰ですよ。お忙しいのに、夏用にと冷却付与の冷風扇子まで作られて」


 ハリーは褒めてくれたけれど、お母様は私のことを「貴族の娘が下着を作るなんて、はしたない」と言って認めてはくれなかった。

 この商売に手ごたえを感じたお父様は、ベティお姉様の婚家からの援助金で本格的に事業化した。私はお役御免となり、現在はほとんど関与していない。

 両親にとって、一番の功労者はベティお姉様だ。ヴェハイム帝国の貴族とコネを作り、そのうえ事業資金まで用立てたのだから。


「ふふ、ありがと」


 ようやく報われた気がした。人の肌に直接触れるものだからと素材にこだわり、付与率を一パーセント単位で調整し、心地よい温度を模索してやっと完成したのだ。付与魔法をよく知らない人からは、適当にちゃっちゃと魔法をかけるだけの簡単なお仕事だと誤解されがちだけれども。

 わかってくれていたんだ……。

 嬉し涙がこみあげるのをぎゅっと目を瞑ってやり過ごす。それを誤魔化すために、メイドのシフト表と向き合うふりをする。

 私が仕事に戻ったのを機に、ハリーも業務を再開した。


「メイドたちの希望申請は却下するわ。全員、出勤! その代わり、皆平等に三時間勤務。これなら交代で騎士を見に行けるでしょう」


 甘いと叱られそうだが、メイドたちの楽しみを奪うのも忍びない。

 

「よい判断です」


 ハリーが帳簿にサラサラとペンを走らせながら答えた。

 私は嬉しくて、再びぎゅっと瞳を閉じたのだった。



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