33 お披露目 前
本日四話目の投稿となります。
(三話目の予約投稿をミスってしまいました……!)
私たちハーシェル家一行が、煌びやかな王宮のホールに足を踏み入れた直後、周囲が騒めいた。
日頃、皆の注目を集めるような大層な家ではないが、双子に驚いているのだ。
ミルクティー色の髪にぱっちりとしたエメラルドの瞳。色違いのドレス。いつもは地味な装いのドーラも、今日ばかりはお母様に負けない華やかさがある。
エルドン前公爵夫人の誤解を解くために、そしてお母様の不貞の噂を払拭するために、ただ一度だけ私の実母として表舞台に出ることを承諾してくれたのだ。
「ご覧になって? ハーシェル伯爵夫人ですわ」
「まあ、瓜二つですこと! あの方は……?」
「双子の妹らしいですわよ。男爵家のご息女だとか。あの噂は伯爵夫人ではなく、妹君のことだと耳にしましたわ」
「あら、そうなんですの。わたくしは、てっきり……」
「どうやら事情があって結ばれなかった恋人との子を姉夫婦の養女に、というのが真相のようですわね」
「では、あの小さなご令嬢が閣下の――」
ご婦人たちが囁き合うのを、王妃様の手の者が交じって正しい情報に上書きしていく。お母様の不貞は事実ではないと納得したあとは、娘の私に興味が移る。
妻をエスコートする高位貴族と思しき一部の紳士たちが「あの瞳は……」と目を見張った。
今夜、王家から何かしらの発表があることは当主たちへ根回しされているから、彼らはやっと公の場に姿を現したハーシェル家の引きこもり令嬢を見て、この娘のことだと予想しているはずだ。
エルドン前公爵の隠し子……王家の血筋――。
人々の刺すような視線に慄いて、エスコートするハリーの腕をぎゅっと掴んだ。
私の胸中を察して、ハリーはさりげなく私の腰を抱き、守るように歩く。すると令嬢たちがハリーに注目した。
「あの令息はどなたかしら?」
「素敵! お近づきになりたいわ」
「あら、お二人のあの感じではもう遅いのではなくて?」
「まだそうと決まったわけじゃありませんわ。わたくし、スタイルには自信がありますの」
「確かにあの小さな令嬢よりは、まだわたくしのほうが……」
そんな会話が聞こえてくる。彼女たちが発する、獲物を狙う肉食動物のようなギラギラしたオーラに気圧されそうになった。
背の高いハリーを見上げて「ボンキュッボン美女に狙われてるわよ」と教えてあげると、屈むように私の耳元に顔を近づけ「シャノン様には指一本触れさせません」と囁く。いや、狙われているのは私じゃないから。
キスできそうなほど顔を近づけている私たちに衝撃を受けたのか、令嬢たちから「キャッ」と黄色い声が上がった。
何人かの令嬢の私を見る目が侮蔑から嫉妬の混じったものへと変わり、やっぱり瓶底眼鏡をかけてくればよかったと後悔する。
サイラスはアイリス嬢のエスコートのため別行動だ。サッと会場を見回すと、ベティお姉様たちと合流して歓談している。好奇の目から逃れられて、正直、羨ましい。
令息たちが、サイラスの隣にいるお人形のような顔立ちの美しい令嬢をチラチラと見ている。なるほど、艶やかな金髪に白蝶貝がよく似合いそうだ。
「ごきげんよう、ハーシェル伯爵」
カイル様が私たちを見つけ、声をかける。母親を伴っており、彼女の口は弧を描き笑顔を作っているものの、不機嫌さが細い眉に表れている。
「本当に双子でしたのね……」
「ええ……」
エルドン前公爵夫人の独り言のような呟きに、お母様が同じく呟きで応じた。
ドーラは静かに頭を下げた。前公爵と関係を持っていたことへの謝罪だ。
前公爵夫人は、じっとドーラを見つめている。
やがて痺れを切らしたカイル様が「母上」と諫めた。
「顔をお上げなさい。謝罪は必要ないわ。わたくしはこれで失礼します。陛下に退出の許可をいただいていますから」
前公爵夫人はそれだけ告げると踵を返し、カツカツと靴音を鳴らして行ってしまった。
カイル様は、やれやれというふうに肩をすくめた。
「息子を置いて帰るなんて、母の気まぐれにも困ったものだ。もしよろしければ、ドーラ夫人のエスコートをさせていただけませんか」
エルドン公爵家当主カイル様の申し出に、ドーラが「喜んで」と差し伸べられた手を取った。
これはエルドン家がドーラを認めたということだ。
王家の後ろ盾を得た私と対立したままでは、エルドン前公爵夫人の立場が悪くなりかねない。両者の友好関係を世間にアピールしておいたほうがよいと、王妃様がかつての友のためにこの茶番を用意したのである。
そしてきっと、前公爵夫人はエルドン家の今後のために、不本意ながらも己を欺き続けてきた相手を許す選択をしたのだ。
「私、ちょっと、行ってくる」
ハリーから離れ、エルドン前公爵夫人を追いかけた。「どこへ行くの? もうすぐ始まるわよ」とお母様が止めるのも聞かずに。
人気のないところで小走りして、やっと馬車の乗り場へ向かうエルドン前公爵夫人に追いついた。
「待って、待ってくださいっ」
ゼイゼイと肩で息をしながら呼び止める。
前公爵夫人は、令嬢らしからぬお転婆ぶりを発揮した私の姿に眉を顰めた。それから従者に馬車の手配を指示して、二人きりになったところで私と対峙するように立つ。
「王家の血筋の令嬢が、はしたない。お戻りなさい」
「でもっ……」
馬車寄せが近いため、夜風が吹き込み前公爵夫人の銀髪を揺らした。青い瞳が冷たい光を放っている。
「わたくしはね、この国で最高の魔法師を産むのだと決意していたわ。そのための縁組ですもの、妻であるわたくしの役目よ。愛人の出る幕なんてない。夫に言い寄る女はすべて排除したのに、よりにもよって『虹の瞳』が生まれるなんてね。まさかあの女が双子だとは思わなかった。わたくしは負けたの。これで満足?」
扇子で口元を隠し、自嘲気味に話す。
私は首を横に振った。そんなわけ、ない。
「いいえ、エルドン夫人の勝利です。だってご子息のカイル様は、まぎれもなくこの国で最高の魔法師じゃないですか。付与魔法しか使えない私なんて、足元にも及びません。国の安寧が保たれているのは、カイル様が率先して魔物討伐に従軍し、魔の森の結界維持に努めているお陰です。これも先王陛下のご英断があったからではないでしょうか」
カイル様は愚断と評したが、どんな事情で結ばれたにせよ、この結婚は価値のあるものだった。この方がカイル様を産んだのは事実で、我々国民はその恩恵を受けているのだから。そのことだけは伝えたかった。
「母のことは許さなくていいと思います。私が生まれたのは母のお陰なので複雑ですが、諦めるべき恋だったんです。憎まれて当然のことをしました」
貴人に愛人がいるのはめずらしくないとはいえ、それでも不倫はよくないことだと思う。
頭を下げると、前公爵夫人は呆れたようにため息を吐き「高貴な者は簡単に頭を下げてはなりません」と私の顔を上げさせた。
「あなた、お人好しね。そんなことじゃ、この先、苦労するわよ」
「す、すみません」
言われたそばから謝ってしまい、前公爵夫人がクスッと笑う。
「これは内緒だけど……本当は夫が亡くなった時、不幸にしてしまったんじゃないかと後悔したの。わたくしに別の婚約者がいたのは知っているでしょ? 愛し合っていたわ。あの頃は、夫に寄り添うなんて微塵も考えられなかった。そのくせ浮気も愛人も許さないって、自分勝手よね。あなたの存在を知って、憤る一方で安堵してもいたの。夫にも愛する人がいたんだ、って」
本音が零れ、前公爵夫人の顔が穏やかになる。
その直後、従者が「大奥様、馬車の用意ができました」と知らせにきた。
「もっと精進なさい。もう少しマシなカーテシーができるようになったら、お茶会に招待してあげてもいいわ」
去り際の言葉が、どんな表情で発せられたのかはわからない。
「あ、ありがとうございます」
慌てて前公爵夫人の背中に叫んでも、振り向くことなく行ってしまったから。
遠ざかる彼女の濃紺のドレスが宵闇に溶けてゆき、月のような銀の髪だけが瞳に焼きついた。やがて馬車の扉が閉まり、馬が駆ける音がした。
「シャノン様、そろそろ戻りましょう」
タイミングを計ったようにハリーが声をかけてきた。
いつからそこにいたのだろう? いや、おそらく最初からだ。私を追いかけて……全然、気がつかなかった。
「カーテシーの練習をしなくちゃ」
いつかもう一度、話せたらいい。
頑張ろう、と思った。




