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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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32 舞踏会の前に

 私は精霊の愛し子のお披露目を明日に控え、フンフンと鼻歌交じりに衣装の最終確認をしていた。

 毎年、社交シーズンの最後に開かれる王宮舞踏会では、魔物討伐の功労者へ褒賞が与えられる恒例行事がある。主だった貴族が一堂に会する直近の機会であったため、新たに発表の場を設けるよりも早かろうという国王陛下のご配慮により、このタイミングでのお披露目となった。

 大幅な時間短縮になったとはいえ、水面下ではお母様の不義の噂が広まりつつあるらしい。王妃様が抑えてくださっているものの、人の口に戸は立てられぬということだろう。


 学院から帰宅したばかりのサイラスが様子を窺いにやって来た。院章入り濃紺ジャケットに金ボタンの制服姿、片手に革鞄を持っている。


「シャノン姉様、なんか変わったよね。強くなったというか、自分に自信を持つようになったというか。今までは一大イベントを控えて鼻歌を歌うような余裕、なかったでしょ」


「そうかしら?」


「そうだよ」


 心配して損しちゃった、とサイラスは拍子抜けしたように、ソファの背にもたれかかった。


「言われてみれば、そうかもしれないわね。以前は、ハリーに愛されているベティお姉様のことが羨ましかったし、お母様はチビな私が恥ずかしいから外に出さないんだと思っていたから。何より、そういう卑屈な考え方しかできない自分が嫌いだったの。でも違ったわけじゃない? 自分の世界が全部ひっくり返って、それで吹っ切れたのかな」


 今でも自分に自信があるわけじゃない。そう見えるのだとすれば、きっとハリーが精霊に愛を誓ってくれたお陰だ。嘘偽りのないあの日の言葉が、私の心に揺るぎない平穏をもたらしている。


「あのさ、ハリーがシャノン姉様を好きなのは、皆、気づいてたよ。知らなかったのは、当人くらいなものだよ」


「ええっ」


「ハリーとジミーはわかりやすいんだ。父親のマイルズも大恋愛の末に結婚したらしいし、あれはクリントン家の血筋だね。ハリーは父上の手前、隠していたみたいだけどさ、シャノン姉様ばかり見ているんだからバレるよね」


 そうか、そうだったのか。そんなに前から――。周りからどんな目で見られていたのだろうかと、頬が熱くなる。

 きっとベティお姉様も知っていたんだ。すぐ発覚して終わるはずの嘘だったのに、危うく離縁になりかけてさぞかし慌てただろう。

 

「えっと、私のことよりサイラスはどうなのよ? 侯爵令嬢アイリス様とは」


 照れ隠しに話を変えれば、今度はサイラスが頬を染めた。


「な、なんですかっ、急に?」


「好きなのかと思って。早くしないと求婚者が現れてしまうわよ」


「だから、彼女は高嶺の花だって……あ、でも明日の舞踏会でもパートナーになれたんだ」


 ベティお姉様の口利きがあったらしい。ファレル侯爵家と交流があり、アイリス嬢の母親ともお茶会を通して親しくしているそうだ。こっそりサイラスの初恋を告げ口した甲斐があった。


「やったじゃない! プレゼントを贈ったら? 婚約者じゃないからドレスを贈るのはやりすぎだけど、髪飾りやブレスレットならいいのではないの? 『今夜のお礼に』って気軽に」


「ええええっ! ちょっと待って。相手は、あのアイリス嬢なんだよ? 受け取ってもらえるかな」


「大丈夫よ! サイラスは美男で優しい自慢の弟だもの。保証する!」


「それって、身びいきすぎやしない!?」


 サイラスが及び腰になるので、私はジミーを呼んで協力を仰いだ。


「そういうことなら、お安い御用っす!」


「な、何するんだっ」


 快諾したジミーが、嫌がるサイラスを身体強化魔法で軽々と担ぎ上げ、馬車に乗り込む。こうして私たちは、お母様が懇意にしている宝飾店へと向かったのだった。

 店に着いてしまえば、渋々だったサイラスも熱心に贈り物を吟味し始めた。

 長い時間をかけて選んだのは、白蝶貝の髪飾りだ。普段でも気軽に使えるよう配慮したのだろう。どんな衣装にも合わせやすい白、飽きのこない定番のデザインでありながら、職人が丹精込めたのだとわかる一点ものである。

 私はその白蝶貝に結界魔法を付与した。いつか義妹になるかもしれないご令嬢へのサービスである。

 カイル様に教わって以来、一回だった付与作業を二回に分けるようにしたので、もう魔力切れで倒れることはない。そのぶん魔力コントロールにコツがいるが、体は格段に楽になった。まだまだ学ぶべきことがある。やはり魔法は奥が深い。

 

「それ、“気軽”じゃなくなったんじゃないですか?」


 結界付与のせいで髪飾りが一等地の高級アパートメントと同じ値段になったと、ハリーに指摘されてしまった。

 

「言わなきゃいいんじゃないの?」


 私がすっとぼけると、ハリーも「そうですね」と真面目な顔で同意した。



 ※※



 当日、私はハリーとお揃いの青紫を基調とした衣装に身を包んだ。瓶底眼鏡はしていない。お母様はお父様の瞳と同じ薄紫のドレス、サイラスはアイリス嬢の瞳に合わせて青いポケットチーフを挿している。それぞれがパートナーを意識した装いというわけだ。

 あとは馬車の準備だけなのだが、出発までまだ時間があるので私はお母様の部屋で待つ。


 今夜の発表のことは、事前にエルドン前公爵夫人に知らせてある。王妃様が温室のお茶会に招待し、お母様とともに真実を話したのである。

 

『双子ですって! バカにしないでくださる? 大方、夫に見捨てられるのが怖くてそんな嘘を吐いているのでしょう。王妃陛下ともあろう方が、その女の戯言を真に受けるだなんて――』


 まるで信じようとせず、目を吊り上げていたそうだ。

 初めて会った時に、カイル様とそっくりな切れ長の瞳で憤怒の形相を浮かべていたのを思い出す。あれは怖い。その場にいたお母様に同情する。

 

「何度説明しても聞く耳持たず、よ。嫌になっちゃうわ。わたくし、以前から彼女に目の敵にされているのよねぇ。だから余計に機嫌が悪くなっちゃって」


 うんざりしているお母様に、ドーラが「ごめんなさい、わたくしのせいで……」と謝った。


「どうして目の敵にされているんですか。何かきっかけでも?」


「さあ?」


 お母様が心当たりがないと首を傾げれば、ドーラが「実は……」と白状する。


「貴族学院在学中に、エルドン前公爵とカフェにいるところを鉢合わせしたことがあって……。その場は誤魔化して事なきを得たけれど、女の勘は侮れませんから」


「あら、そうなの? ヤダ、教えておいてよ。入れ替わるのに情報共有は大事でしょ。これからは気をつけてよ」


 今後も入れ替わる気らしい。

 ドーラも同じことを思ったらしく、「さすがに、もう入れ替わる機会はないわよ」と砕けた調子で笑った。


「あのあと、すぐにノーラの婚約が決まったから言うのを忘れていたのよ。あの頃は彼に色目を使うご令嬢が後を絶たなかったから、エルドン夫人もそちらの対応に忙しくて――」


 身分の高いエルドン前公爵には、王命の婚約が決まったあとも愛人狙いの令嬢が殺到したのだという。

 当時はスタンピードの影響により、結婚適齢期の令息の数が少なかった。条件の悪い家へ嫁がせるよりはと、家族ぐるみで娘を応援するケースもあったそうだ。

 エルドン前公爵に限らず、貴族の中でも羽振りのいい家の令息は似たような状態だったらしい。拒絶する家もあれば、歓迎する家もあった。

 王命で縁組されたうち何名かは両家の取り決めにより、引き裂かれた恋人や婚約者を堂々と愛人に迎えた。


「そういう時代だったわね。不興を買って潰された低位貴族のご令嬢も多かったんじゃないかしら」


 懐かしそうにお母様が目を細めた。

 前公爵に愛人希望者が殺到したということは、それを許さない前公爵夫人も多くのご令嬢を潰してきたわけで。お母様たちが、前公爵夫人を警戒したのは当然だ。

 

 扉がノックされ、ハリーが顔を出した。


「馬車の用意が整いました」


「ハリー!」


 飛びつく私を受け止めながら、ハリーが相好を崩す。

 

「シャノン様! ドレス、よく似合っていますよ」 


「ふふ、ハリーも素敵よ」


 お母様とドーラが顔を見合わせ、二人の世界に浸る私たちに呆れている。

 ここにお父様がいたら「油断も隙もあったもんじゃない」と、ぼやいていただろう。


「さあ、行きましょう。遅刻しちゃうわ」


 お母様が私たちを押しのけるようにして部屋を出て行った。

 ミントグリーンのドレスを着たドーラもあとに続く。一緒に舞踏会へ行くのだ。


「本当に双子だ……」


 すれ違いざま、初めてドーラの素顔を見たハリーが愕然となっていた。



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