24 真実
「君は私を裏切ったのか、ノーラ」
「わたくし……わたくしは……」
お母様は狼狽え、目には涙の膜が張っている。
違う。こんなふうにお母様を追い詰めたかったわけじゃない。
「何かの間違いなんですよね? だってお母様はお父様を愛しているって、私、知ってるもの」
見ていられずに声をかけると、お母様は首を横に振った。
「シャノンは、わたくしの子よ……わたくしと…………」
皆がお母様に注目した、その時だった――。
「ノーラ! もういいの」
気配を消して部屋の隅に控えていたドーラが、お母様の傍へ駆け寄った。
「ドーラ? 何をするの……やめて!」
慌てて席を立ち、止めようとするお母様を振り切って、ドーラが束ねていたマロン色の髪を解いた。手櫛で梳いて整えると、一瞬でミルクティー色に変化する。それから瓶底眼鏡を外し、分厚いレンズに隠されていたエメラルドグリーンの瞳が露わになった。
「旦那様、シャノン様はわたくしの子です」
ドーラが凛とした声を響かせた。
誰も何も言えなかった。私も言葉を失い、目を見張るしかない。
お母様とドーラが瓜二つだったからだ。瞳も髪も唇も声も、背丈もすべて同じだった。
眼鏡で顔を隠し、魔法で髪を染め、わざと野暮ったい地味なドレスを着て見つからないようにしていたのだろう。
「ノーラ、ごめんなさい。わたくしのために嘘を吐かせてしまって」
「嘘じゃないわ。わたくしだって、シャノンの母親よ。ずっと大切に育ててきたんだから……そうでしょ?」
お母様はポロポロと涙を零して、項垂れるドーラの手を取った。
ドーラが紺のドレスじゃなかったら、きっと家族でも見分けがつかない。
「双子だったのか」
カイル様が、さすがに想定外だったと驚嘆した。
その言葉が呼び水となってベティお姉様が我に返り「お母様とドーラは双子だったの!?」と叫ぶ。
サイラスも「気づかなかった……」と呻いた。
「はい、わたくしたちは双子です。前公爵とは学生時代からの恋人同士でした」
ドーラがお母様の涙をハンカチで拭いながら答える。
「ピチュメ王族の瞳のことは、父から聞いていたんだな。だから隠して育てた」
「左様でございます」
ドーラは素直に認めると、お父様に頭を下げた。
「旦那様を騙し、奥様に成り代わって出産しました。申し訳ございませんでした。ですが、奥様はわたくしを憐れんだだけなんです。どうか処罰はわたくしだけにしてください。お願いします」
床に額ずかんばかりに平伏し、お父様に赦しを乞う。
するとお母様もドーラの隣でひれ伏した。
「いいえ、わたくしも同罪です。ドーラと同じ罰をわたくしも受けます。離縁されても仕方がないと思っています」
必死に謝罪する双子をお父様は上から見下ろし、ため息を一つ吐く。
「シャノンは、エルドン前公爵とドーラの子なんだな?」
「はい、間違いございません」
ドーラが断言した。そしてポツリポツリと経緯を話し始める。
それはつまり、こういうことだった。
ドーラは生まれてすぐに、双子は不吉だという理由から親戚の家へ養女に出された。親である祖父母の本意ではなかったけれど、男爵家当主だった曾祖父には逆らえなかったらしい。幸いなことに、ドーラは養父母に可愛がられた。
再び姉妹が一緒に暮らすようになったのは、二人が七歳になった頃のこと。男爵令嬢であるお母様の話し相手として、屋敷に呼び戻されたのだ。
以来、ドーラはお母様の侍女として仕えることとなる。書類上の主従関係はあるものの、実情は仲のよい姉妹だった。所詮、田舎男爵の娘だ。身分差は気にならなかったという。
二人は日常的に入れ替わっていた。ドーラが男爵令嬢として振る舞うこともよくあった。
そんな状態だったから、貴族学院の入学資格はお母様にしかなかったけれど、週の半分ずつ交代で通うことにした。二人にとって、それは自然な選択だった。
順調な学院生活。しかし姉妹の入れ替わりに気づく者がいた。
それが一つ年上のエルドン前公爵だった。ピチュメ王国の王女を母に持つ、青紫の瞳の美男――。
ドーラとエルドン前公爵は、瞬く間に恋に落ちた。
しかし決して結ばれぬ恋だった。エルドン前公爵には王命による婚約者がいたし、男爵令嬢の侍女では妻になるのに身分が足りなかったからだ。
エルドン前公爵は、卒業と同時に婚約者と結婚した。ドーラもお母様がお父様に嫁入りしてからは、伯爵領で生活するようになる。二人が会えるのは、社交シーズン中の王都だけとなった。
妊娠に気づいた時、ドーラは真っ先にお母様に打ち明けた。二人でとことん話し合い、悩み、導き出した答えが、お母様と入れ替わりハーシェル家の子として出産することだった。
ドーラの子が男児であれば跡継ぎになる危険性はあったものの、幸運にも生まれたのが女児だったことと、その後サイラスが誕生したことから、お父様にも秘密を明かさなかったのだという。
ドーラの長い告白を聞き終わったあと――。
「……わかった。ノーラが私を裏切っていないのなら、それでいい」
お父様はあっさりと二人を許した。本当にあっさりと。
お母様は驚いたように顔を上げ、お父様を見ている。
「あなた……」
「私は夫だよ。時々、君の様子が変だと感じてはいたんだ。別人じゃないかと考えたことも一度や二度じゃない。まさか入れ替わって出産していたとまでは思わなかったがね。いつもと違うのは妊婦だからだと疑わなかった」
お父様は「もういいんだ」と床に這いつくばるお母様を抱き起すようにして自分の隣に座らせ、ドーラにも席に座るよう促した。
しかしドーラは座らず、己の身分をわきまえていると言いたげに、静かにお父様たちの後ろへ控えただけだった。
「こんなに大きな秘密を抱えていたなら、打ち明けてほしかった。そうしたら一緒に悩み、守ってやれたのに。君がシャノンの母親だと言うなら、私だってあの子の父親なんだよ」
「あなた……ごめんなさい……ううっ……」
お母様はお父様に肩を抱かれ、咽び泣く。
「えっ? 私はこれからもハーシェル家の娘でいられるのですか!?」
あまりにも寛大な言葉だったので、つい叫んでしまった。てっきり家を追い出されるかと思っていたのに。
するとお父様は、眉間に皺を寄せてこちらを見た。
「は? 当然じゃないか。シャノンは我が家の大切な家族だ。書類上も私の娘になっているだろ」
「それは、そうですが……」
「シャノン姉様は、僕たちの家族だよ。貴族では親族が養子に入ることもあるんだし、姉弟か従姉弟かの違いなんて大した問題じゃないでしょ」
サイラスが嬉しいことを言ってくれる。
「あー、サイラスが勝手な真似をしたようだが、ハーシェル家の娘が既成事実など許されん。結婚するまでは、ハリーと節度のある交際をしなさい」
「は、はいっ!」
私はシャキッと姿勢を正して返事をする。ハリーとの結婚がお父様に認められたのだ。すぐには信じられず、『いいの?』『いいのよね』と自問自答してしまう。
隣のサイラスが肘でつついて目配せをするので、ベティお姉様に視線を移すと「よかったわね」と唇が動きウィンクされた。私もウィンクを返す。
「お取込み中のところ悪いんだが、肝心の私の父は何をしていたんだ? 正式に結婚できなくても、別邸を与えるなり保護するなりできたと思うのだが……」
黙って見守っていたカイル様がおずおずと切り出した。
公爵ともなれば、正妻のほかに愛人を持つことはよくある。それなのに放置していたことが不可解だった。
「わたくしが望みませんでした。かといって別の方に嫁ぐ気にもなれず、奥様の侍女として一緒にハーシェル伯爵家へと参ったのです。妊娠がわかった時、ピチュメ王族の瞳のことが念頭にあったのは事実ですが、それよりもわたくしが恐れたのは、閣下のお母上の前公爵夫人でした」
ドーラがしっかりとした口調で答えた。
それを聞いたカイル様は、心当たりがあるのか納得顔になる。
「なるほど……母は愛人の存在を許さないだろう。あの人なら命を狙うこともあり得る」
「ですからわたくしたちには、この方法しか思い浮かばなかったのですわ」
苦渋の決断だったとお母様がドーラをかばう。
当時、宰相を父に持つ前公爵夫人にとって、侍女の命など取るに足りないものだった。もしドーラの存在がバレたら、ましてや妊娠していると知られていたら無事に出産できなかっただろう。たとえ直接危害を加えられなくとも、男爵家が潰されていた可能性がある。だからエルドン前公爵も渋々同意したのだ、と。
私は扇子を投げつけた前公爵夫人の気性の激しさを思い出し、ぶるりと震えた。




