3 付与魔法師の仕事
本日2回目の投稿です。
夜9時頃、もう一話あります。
私の今後についてお父様からなんの発表もなく、やきもきしながら卒業を迎えた数日後のこと――。
「魔物討伐のあと、正式に婚約を交わすそうよ」
私はお母様にそう説明され、ホッと胸を撫で下ろした。
間もなく始まる毎年恒例の魔物討伐が終われば、お父様の仕事に一区切りつくのだそうだ。結婚準備で忙しくなるから、やりたいことがあるなら今のうちだと言われて、それならばと積極的に付与魔法師協会の依頼をこなすことにした。
護衛のジミーがまだ王都から戻らないため、代理でハリーが同行している。
精悍というより知的な顔のハリーは、黒いスーツをスラリと着こなし見るからに文系だ。護衛なんてできるの? と不安になるけど――。
「弟ほど手練れではありませんが、心得はあります。雷撃魔法も使えますからご安心を」
そう言われると反対できなかった。どうやらクリントン兄弟は、将来サイラスを支えられるように特殊な訓練を積んでいるらしい。
後学のために、付与魔法師の仕事の現場を見ておきたいのだとハリーは言う。
しかしそれは建前で、本当のところは婚約者同士の仲が深まるようにと両親が采配したに決まっている。どちらにせよ、二人の時間を持てることは嬉しい。
近頃は共通の話題が増え、距離がぐんと縮まった感じがする。
今日は、武器屋の店主モーガンさんのところだ。
刃物を専門に扱っていて、他国から取り寄せた剣や刀、鎖のついた鎌、手裏剣という投げて使うものまで、商品はバラエティに富んでいる。そのため遠方からわざわざモーガンさんを訪ねる熱心な客も多い。
「本日は、太刀の強化でよろしいですか?」
さっそく奥の作業場に通されたので、依頼内容の確認を行う。
ハリーは邪魔にならないように部屋の隅で黙って見学している。
供がいるので、モーガンさんもなんとなく私の正体を察していると思うけれど、ここでは敢えて身分を明かさない。一介の付与魔法師として接するのが、身分差による理不尽やトラブルを避けるために定められた協会のルールだ。
「へい。とある剣士様にお渡しするもので、今回の魔物討伐に参加されるそうです。刃先と鞘の強化と、できれば少し軽量してほしいと」
「わかりました」
作業台に一本の黒漆の太刀が載せられた。持つとずっしりとした重みが腕に伝わる。モーガンさんに鞘を引き抜いてもらい冴えた刀身が露わになった瞬間、研ぎ澄まされた切っ先が青白く光った。
妖しげな美しさを宿したこの太刀は、刀鍛冶渾身の一振りともいえる立派さだ。魔物を斬るには、些かもったいない気もする。個人的には観賞用にしたい。
「これ、闇魔法の『血吸いの呪い』を付与したら妖刀らしくなりそう……」
「シャノンさん?」
うっかり漏らした独り言に反応して、モーガンさんは訝しげに眉を寄せている。
「なんでもありません。では、始めます」
私は事務的な口調で誤魔化し、そそくさと付与作業に移った。
「鞘は最高強度にして、盾代わりに使えるようにします。刀は通常、魔物の鋭い爪や牙で刃こぼれしないように、刃先の強度を上げるんです。でもそうすると刀身のバランスが悪くなって、打撃の衝撃で折れやすくなるから付与率六十パーセントが限界ですね。その代わり保護魔法で補います」
素人のハリーにもわかるように説明しながら、少しずつ魔法を展開してゆく。大まかに強化できたら、次は魔力を細かくコントロールして付与率の微調整だ。
強化は依頼の多い魔法の一つで、経験を積むうちに“ここだ!”という絶妙なタイミングが、感覚でわかるようになった。今は手慣れたものである。
魔物討伐は命の危険を伴うため、装備はとても重要だ。最高の状態に仕上げなければ。
あと五、いや三パーセント、二、一……。
それから三割ほど軽量する。一キログラム以上あった刀が、だいぶ軽くなった。
最後に保護魔法をかけた。これは攻撃を受けたときのダメージを減らす護りの加護だ。
「……終わりました」
「助かりました。何せ、急に頼まれたんで」
魔物討伐が近くなると、協会には付与魔法の依頼が増す。討伐隊の主力は王家の騎士団だが、一般からも広く兵を募っていて、この領や近隣の強者たちが報奨金目当てに参加するのだ。急ぎの仕事もめずらしくない。
「重さは個人の好みがあるので、調整が必要なら遠慮なくおっしゃってください。あと一割程度なら軽量可能です」
本人が立ち会ってくれたら一番いいのだけど。
そう伝えるとモーガンさんは、「へい」と短く返事をした。
「では、ここにサインを。お支払いは、いつも通り協会にお願いしますね」
作業内容を記した書類に確認のサインをもらって依頼完了。これをもとに協会で請求書を発行する仕組みになっている。
モーガンさんの店を出て、もう一件、近所の武器屋で盾の強化をして本日の仕事が終了した。
「お疲れになったでしょう。カフェに寄ってから帰りませんか? 王都で話題のレモンバターケーキを出す店があります」
「行きましょう! 王都で話題のケーキだなんて楽しみだわ」
ハリーに誘われた私は上機嫌だ。スキップしたくなるのをぐっと堪えて、街で一番人気のカフェへと急いだ。
店内で爽やかなレモンの香りのケーキを頬張っている間、女性客たちの熱い視線がハリーに集まった。かなりの美男だし、次期領主の片腕だ。将来有望なのだからモテないわけがない。
私の婚約者よ! と自慢したい気持ちがムクムクと芽生える。しかし残念ながら、執事服のハリーと仕事用の簡素なワンピースを着たチビの私は、まかり間違っても恋仲には見えない。兄と妹が精々のところだ。
実際に彼は、私に対して妹のような感情しか抱いていないと思う。いくら浮かれていても、女として見られていないことくらいバカじゃないからわかる。
だから仕方がないと言えばそうなのだけど、絶え間なくチラチラと送られてくる彼女たちの秋波が気になって、どうにも落ち着かない。
一方のハリーは、平然とブラックコーヒーを啜っている。
「そういえば、シャノン様。『血吸いの呪い』とはなんですか?」
唐突に尋ねられて驚いた私は、ケーキを喉に詰まらせた。慌てて紅茶をがぶ飲みする。
まさか、作業場の独り言に興味を持つとは。
「ゴホッ、そんなの知ってどうするの?」
「いえ、初めて耳にした魔法なので興味を持っただけです。これからは付与魔法師の仕事について、知識を増やしていこうかと思っているので」
将来妻となる人の仕事について知りたいということだから、ハリーなりに気を遣っているのだろう。たとえお父様に命じられた強制的な結婚なのだとしても、誠意をもって寄り添う努力をしてくれている。
それでいい。
こうして一歩ずつ、一歩ずつ共に歩んでいけば、いつか本当に愛し合う夫婦になれるかもしれないもの。
「『血吸いの呪い』は、刃に付与する闇魔法の一つよ。持ち主の血を代償にして、一撃必殺の大技を放つの。たとえ瀕死の状態だったとしても、命さえあれば発動するわ」
「血ですか。なんだか恐ろしいですね」
「三代前の国王の護衛騎士が、これで敵襲を退けたと伝えられているわ。大量の血を刃に吸わせることから呪いと言われているの。非人道的だから禁忌とされて、最近の魔導書には載っていない古い魔法なのよ」
「禁忌なんですか。しかし護衛が身を挺して主君を守ることなんて、歴史上、何度もあったでしょう。最後の力を振り絞って『血吸いの呪い』を発動させたとしても、やむを得ない気がしますけど」
「最後の力ならね。この呪いに必要なのは血であって、命じゃないの。つまり、一回発動させたあとに治癒魔法で全快させてしまえば、何回でも使えるのよ」
「うわ……拷問のように何度も苦痛を繰り返すなんて…………」
「ね? 残酷でしょ。だからあんまり禁忌の魔法については、広めないほうがいいのよ」
「そうですね。聞かなかったことにします」
ハリーは引きつった顔で大きく頷いた。
以前、実験と称してジミーの短剣に『血吸いの呪い』を付与したことは、秘密にしよう。そうしよう。
「このケーキ、美味しいわね。王都の味がするわ」
「王都じゃなくてレモンです」
ハリーが大真面目に訂正したのがおかしくて、堪えられず噴き出してしまった。