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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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22 馬車の中で

 王宮舞踏会から四日目の朝、家紋のないお忍び用の馬車でカイル様が迎えに来た。

 なんだかんだと慌ただしく、やっと両家の話し合いの場が設けられたのは二日前。エルドン公爵家との縁談は無事に白紙に戻ったとのことだ。

 

「それでシャノン嬢は、彼と既成事実を作っている最中だと?」


 ハーシェル家のタウンハウスへ向かう馬車に揺られながら、私がハリーと生活している理由を話すと「そりゃまた、急展開だね」と瞠目している。

 久しぶりに再会してみれば、アパートメントにはジミーとグレタの代わりにハリーがいて、私と新婚状態なのだから驚くのも無理はない。


「はい。私たち『精霊の祝福』を授かったんです。ご存じですか? 花びらが部屋一面に舞って、本当にキレイなんですよ」


「以前、本邸の図書室にあったピチュメ語の本に書かれていたのを読んだことがある。精霊が『虹の瞳』にだけ授ける祝福だと。もう百年以上その祝福を受けた者はいないらしいが……」


「精霊王に愛を誓わないとダメなんです。あ、嘘の誓いもダメですよ? ちゃんと愛し合っていないと精霊たちの声が聞こえないんだそうです」


「ということは、シャノン嬢は精霊の声を聞いたんだな?」


「はい、バッチリと。ハリーも一緒に。ね?」


 私が隣に座るハリーに同意を求めると、緊張した面持ちで「はい」と肯定した。よもや自分の人生に、“公爵様”と馬車に同乗する機会があるとは想像していなかったはずだが、恐縮しているのを悟られないように、まっすぐに背筋を伸ばし堂々としている。

 私は初めてエルドン公爵邸の敷居を跨いだ日に、足が震えたことを思い出した。あれは我ながら情けなかった。その点、ハリーは立派だ。


「それがバレたら、間違いなくピチュメ王国へ連れて行かれる。下手すれば、次期国王はシャノン嬢だ」


 カイル様が厄介なことになったと天を仰ぐ。


「え、でも、あちらの王太子殿下も想い合う人と愛を誓えば、今からでも祝福を授かるみたいですよ」


「そうなのか?」


「そもそも政略結婚が『虹の瞳』が生まれない原因なんじゃないですか。愛がないと生まれないと言っていましたから。えっと、精霊の書をナントカって人に改ざんされてからおかしくなった、って。確か、ト、ト……」


「トイフェル、です。何者かは不明ですが、自分の娘を王家に輿入れさせるために書き替えたようです」


 ハリーが助け舟を出してくれた。


「トイフェルか。おそらく何代か前の大臣か何かだろう。王立図書館にある王家の資料室に行けばわかるかもしれない。今度調べてみよう」


「その、精霊の書ってなんですか?」


「精霊の書は、聖職者が持つ教典みたいなものだ。ピチュメ王国の成り立ちや初代国王に授けたとされる精霊王の言葉、伝承などが記されている。一般には流通していないから、私もまだ読んだことはない」


 なるほど、教典が改ざんされたのでは正しい知識が継承されるわけがない。いつの間にか『虹の瞳』は生まれなくなり、生まれないから側妃を何人も娶るという悪循環に陥っているわけだ。

 はっきり言って、巻き込まれたくない。やっぱり見つからないように隠れていよう。けれど、いつか私とハリーの間に子が生まれたら、その子も『虹の瞳』ということになるのでは? そう考えれば、このまま潜伏生活を続けることは、果たして最良と言えるのだろうか。


「私の出生について、父は何か言っていましたか?」


「不躾ではあるが、伯爵に君の瞳の話をした。ピチュメ王族特有であることと王位継承権についてだ。夫人の様子がおかしいことには薄々気づいておられたようだが、今まで追究することはなかったらしい。思ったよりは冷静だったよ。怒鳴られることも覚悟していたからね」


「父は納得したんですか。私が『虹の瞳』だということは、浮気じゃなくて本気だったということでしょう? 信じられません。両親は仲がいいんです」


 一夜の過ちというなら、まだ納得できるのだ。けれど愛し合わなければ生まれないはずの『虹の瞳』が、お母様から生まれてきた。お父様がそれを知ったら――。


「生憎、男女の機微には疎くてね。こればかりは、直接本人に訊いてみないとわからない」


「そうですよね……」


 私も男女の色恋のことには自信がない。ハリーはずっとベティお姉様が好きなんだと勘違いしていたし、自分の恋が叶うとも思っていなかったから。

 カイル様が冷静に真っ当な意見を述べたので、それ以上は何も言えなかった。

 やはりお母様に訊くしかない――。

 黙ってしまった私を元気づけるようにハリーが手を握ってくれた。

 ガタゴトと馬車の揺れる音だけが響く。

 突然、カイル様が思い出したようにポンと手を打った。


「あ、そうだ。ヴェハイム帝国の婚約破棄騒動だが、皇太子が廃嫡されて浮気相手の男爵家に婿に入ることになったよ。代わりに第二皇子がブーフ侯爵令嬢と婚約して立太子することが決定した」


「結局、ブーフ侯爵令嬢は皇太子妃になるんですね」


「ああ、ミスリルで揺さぶりをかけたブーフ侯爵の完全勝利ってところだな。皇帝は愚かな皇太子よりも才媛と評判のマリーナ嬢を選んだ。これでファレル侯爵夫人も、息子の再婚を諦めざるを得ないだろう。今は領地で謹慎しているそうだよ。王宮舞踏会にも出席していなかった」


 迷惑をかけたとファレル侯爵から謝罪があったそうだ。侯爵夫人は、ベティお姉様が格下の伯爵令嬢だったことが気に入らず、ずっと嫁いびりをしていたのだという。その内容が避妊薬を盛るとか、洒落にならない。もっとも気の強いベティお姉様は、負けていなかったらしいけど。


「よかった。姉は無事にファレル侯爵家に戻ったんですね」


「ああ、そのようだ。舞踏会で初めて挨拶したが元気そうだったよ。そういえば、ハーシェル伯爵に馬車の問い合わせが殺到していたようだが」


 馬車の問い合わせ? あの浮遊魔法付与の馬車だろうか。あれは確かハーシェル家の家紋付きだったはず。途中、貴族の馬車とすれ違っていても不思議ではない。


「シャノン様? まさか、あのあと馬車に何かしたんですか」


 ハリーがジト目でこちらを見ている。


「え、と、馬車に浮遊魔法を付与したら四日で王都に着いちゃった。ごめんね、あんなにスピードが出ると思わなかったの。誰かに見られていたかも」


 私が小さくなると、いつも不愛想なカイル様がハハハと痛快に笑った。ストレートの銀髪がさらりと揺れる。

 あ、笑えたんだ。失礼ながら、そう思ってしまった。


「シャノン嬢には、才能があるんだな。私にはとても思いつかない」


「才能なんてないです。角砂糖に治癒魔法の付与もできないんですから。カイル様なら上級ポーションも難なく作れますよね? 羨ましいです」


「角砂糖?」


「飴玉みたいに硬さがないと魔法が安定しないんです」


「なるほど、液体に魔法を定着させるのは難しいか?」


「はい。付与率四十パーセントくらいになると突然崩れるというか」


「四十パーセント? そこまでいけるなら、その手前の三十くらいで固定して、重ねがけすればいい。液体に一度で完璧に付与するのは、一級魔法師でも難しい。少しも付与できないなら諦めるしかないが、シャノン嬢ならできるんじゃないか?」


「あっ、そうか! ご教授ありがとうございます」


 まず基礎を築いて、その上に何回かに分けて魔法を付与していけばいい。この方法なら、魔力切れを起こさずに結界魔法を付与させることもできるかもしれない。


「液体に治癒魔法付与ができるなら、三級魔法師として王宮に出仕も可能だ」


「三級ですか」


 意外と上級だ。五級魔法師だったロイドよりも高い。


「ああ、ポーション作り専門の部署がある。朝から晩までずっと治癒魔法を付与しているだけだから、シャノン嬢には退屈だろうがね」


 それは退屈だ。やはり私には、王宮魔法師よりも付与魔法師のほうが性に合っている。


「とりあえず角砂糖の治癒魔法付与をがんばります……」


 それから束の間、私とカイル様は魔法談義に花を咲かせた。

 さすが特級魔法師。博識で参考になることばかりだ。もう少し話を伺いたかったけれど、ハーシェル家の屋敷が目前に迫っている。

 先触れが出ていたらしく、私たちの乗った馬車は吸い込まれるように門を通過したのだった。



 

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