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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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【閑話】06 傲慢な姉ベティの劣等感と後悔

 こんなの普通じゃない。そう思うようなことは、今までにいくつもあった。

 まず、シャノンはほとんど外出せずに育った。

 お母様に連れられてお茶会や買い物に行くのはいつもわたくしで、シャノンは留守番。それが我が家では当たり前のことだったのだ。


 考えてみれば、シャノンが王都へ行くのは今回が初めてだ。それも、おかしい。

 通常、貴族の娘なら貴族学院に通い、十六歳になると社交シーズン最初の王宮舞踏会でデビューを果たす。

 特に社交デビューは、陛下に拝謁する数少ない機会であるとともに、世間から大人の女性として認められる重要な通過儀礼だ。

 いくら我が家にお金がなかったのだとしても、ファレル侯爵家からの援助金とその後の事業の成功を鑑みれば、翌年にずらせばよかっただけの話だ。実際、家の事情で社交デビューを遅らせる令嬢はチラホラいる。

 

 そしてエルドン公爵家との縁談に、お母様があそこまで反対する理由がまるでわからない。

 たとえ両親が恋愛結婚を支持していたとしても、所詮貴族の結婚は政略ありきである。家格を考慮すれば、エルドン公爵は願ってもない相手だ。野心のある家なら小躍りして喜ぶだろう。

 ハリーとの縁談を決めたお父様も、シャノンの気持ちに気づくまでは、貴族と結婚させようとしていたはずだ。

 身分を笠に着るならば、もっと早くにどこかの男爵家あたりの令息と婚約していてもおかしくない。たとえ小さい体が妊娠しないなんて迷信があろうが、中堅貴族ハーシェル伯爵の娘を嫁に欲しがる子爵家、男爵家の一つや二つ……いや、五つや六つはあるのだから。

 それなのに、ただ一度のお見合いすら調わなかったのは、なぜ?


 思えば、わたくしが夜会に出席するようになった頃にはもう、夫人たちを中心に『小さい』『引きこもり』とシャノンのよくない噂が囁かれていた気がする。

 妹には友人と呼べるような貴族令嬢がいない。その状況で、どうして『小さい』なんて、身内しか知らない個人情報が社交界に出回るのか?


「まさか、お母様が……?」


 お母様がシャノンの悪評をそれとなく広め、持ち上がる縁談を次々に潰していったとすれば――いや、そんなバカな。


 シャノンを見送ったあと、お母様の部屋を訪ねた。

 するとマロン色の髪をぴっちりお団子に結い上げ瓶底眼鏡をかけた侍女のドーラが、ぬっと扉から顔を覗かせる。


「昨日からずっとあの調子で……申し訳ございませんが、今日のところは」


 声が暗い。いつもは分厚い眼鏡が邪魔して感情が読めないのに、心痛のあまり疲れ切っているのがありありと伝わってきた。

 

「シャノン……シャノン、ダメよっ……」


 奥のほうから、グズッグズッと泣き声が聞こえる。娘の旅立ちを寂しがるというには、明らかに様子がおかしい。

 お母様は何かを隠している――。

 そう直感したが、とても話ができる状態ではない。早く帰れと言わんばかりのドーラの無言の圧力に押されて、わたくしは渋々引き下がるしかないのだった。



 それから十日ほど過ぎて、突然、アダムがやって来た。

 ファレル侯爵領から王都に戻り、お父様からの離縁申し立てにびっくりして大急ぎで馬を走らせてきたらしい。顔がやつれ、髭はボーボーで服が煤けている。


「べべちゃんっ、離縁てどういうことなの。僕のこと嫌いになっちゃった?」


 駆け寄ろうとするアダムをマイルズががしっと捕まえ「アダム様、まずは湯あみをなさってください」とズルズル引きずるように風呂場へ連れて行った。


「あの慌てよう……やっぱりベティ様は愛されてますねぇ」


 アダムの後ろ姿を見送りながら、アビーがニヤニヤしている。

 わたくしは嬉しく感じる一方で、ズキンと胸が痛んだ。


「これから別れるんだけどね」


「離縁なさるのですか?」


「しょうがないじゃない、シャノンを不幸にできないもの。あの子を救えるのはわたくしだけ。これも姉の務めってものよ」


 殊勝なことを言ってみたものの、気が重い。

 アダムのあの調子では、わたくしの手紙は行き違いになってしまったのだろう。あんな状態で駆けつけてくれた夫に対して、離縁してエルドン公爵と再婚したいのだと告げねばならない。

 

「アダム様を救えるのもベティ様だけなんですけどね」


 アビーの一言が胸に突き刺さった。

 ああ、わたくしは人を傷つけてばかりいる。



「はい、口開けて」


 わたくしは応接室に入るなり、料理人ミックから分けてもらった回復キャンディをアダムの口の中に放り込んだ。それからチョコレートのような黒茶色の革張りソファに向かい合わせに座る。


「あ、ありがほ」


 コロンとキャンディを転がす音が鳴った。

 ゆっくりと湯に浸かって旅の疲れを癒したアダムは、小ざっぱりとした白いシャツに着替えていた。見慣れたダークブロンドの髪とブルーの瞳、髭はキレイに剃られ、いつもの顔に戻っている。

 わたくしと会う前に、お父様に挨拶を済ませたのだろう。だいぶ時間が経っていた。


「あの……」


「やらかしたんだって? お義父上から、概ね事情は伺ったよ。これも、さっき渡された」


 どう話を切り出そうかと躊躇している間に、アダムが私の手紙をローテーブルに放った。封は切られていて、読んだのだとわかった。


「ごめんなさい。わたくしが悪いの」


「執事と恋仲だと君が宣言したと知って、僕がどんな気持ちになるか考えなかったのか?」


 いつも穏やかなアダムが苦しげに顔を歪め、怒りを露わにした。


「ごめんなさ……」


「ひどい女だな、君は」


 そう、ひどい女だ。軽蔑されても仕方がない。悔やんでも悔やみきれない。

 わたくしの目から涙が溢れ、頬を伝った。


「わたくしは、あなたに見限られて当然のことをしたわ。どうか離縁してください」


 頭を下げた拍子にボタボタと雫が絨毯に落ちる。


「それでエルドン公爵家へ嫁ごうっていうのか」


「せめてシャノンは……妹には幸せになってもらわなければ」


「そんなこと言って、本当は公爵夫人になりたいだけじゃないのか?」


 アダムがフンと鼻を鳴らす。

 強欲な女だと思われている。言い訳はすまいと決めていたけれど、それだけは断じて認めるわけにはいかなかった。


「違いますっ。わたくしは、あなたを愛してるもの。たくさん嘘を吐いて傷つけたけれど、天と精霊王に誓って、これだけは本当だもの」


「それを信じろと?」


「信じなくてもいいわ。誰にも信じてもらえなくても、わたくしの真実は一つだから」


 アダムがじっとわたくしを見つめている。

 わたくしも顔を上げてアダムを見た。しばし視線が絡み合う。


「ふーん」


 上から下までジロジロと不躾に観察され、生きた心地がしない。

 そのうちに――。


「ぶほっ」  


 アダムが噴き出した。くくくっと肩を震わせ笑っている。

 え、何?

 

「鼻水、垂れてる」


 徐にズボンのポケットからハンカチを取り出して、わたくしの手に握らせた。


「すごい顔。ま、いいや。泣いて謝るなんて、君、初めてだろう。お仕置きとしては、こんなもんか」


「おし、おき……?」


「そ。お義父上が、これに懲りたら二度と妄言を吐くな、ってさ。『こんな娘だけどよろしく頼む』って頭を下げられて、離縁の話はナシになった」


「お父様が……。で、でも、このままじゃシャノンがっ」 


 幸せになれない――そう続けようとした時、アダムが隣に座りわたくしの背中を優しくさすった。


「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。ごめん。エルドン公爵との縁談は、母上の差し金なんだ。べべちゃんの再婚相手をあてがうために取引したらしい。それを知ってすぐに、僕らには離縁の意思がないと公爵に手紙を送ったからね。お義父上のところに白紙撤回の連絡が入ったそうだよ」


「とりひき……」


 へなへなと力が抜ける。

 姑は、わたくしとアダムが復縁できないように、断れない縁談を用意したということだ。


「母上はうちと同じ侯爵家との縁組を望んでいたからね。でもこれは、やりすぎだ。父上が領地に呼び戻したから、もう心配いらないよ。しばらく別荘で謹慎させるそうだ」


「そう……」


「苦労かけたね。今まで母上の嫌がらせを止められなくて悪かった」


「いいのよ、あなたが味方でいてくれたから。それにわたくし、弱くないもの」


 全部返り討ちにしてやったと胸を張れば、アダムは「それでこそ僕のべべちゃんだ」とわたくしの額にキスを落とした。

「王都に帰ろうか」と言われ、「うん」と頷く。


「帰ったら、シャノンに謝らなきゃ」


「そうだな。僕も一緒に謝るよ」


 もう二度と間違えない――。

 わたくしは当たり前のように妻に寄りそう夫の胸に、そっと顔を埋めた。


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