18 青紫の瞳 (後)
「す、捨て子ってことですか!?」
動揺のあまり吐き出した言葉は、我ながら納得いくものだった。血が繋がっていないから、チビで平凡な容姿なのだと。
「どうしてそんな発想になるんだ。どう見ても君はハーシェル伯爵夫人の娘じゃないか。髪色も瞳の形も顔の輪郭も同じだ」
切れ長の瞳を更に細くした呆れ顔のカイル様に指摘される。
「そうですか?」
「そうだろう」
確かに私はお母様と同じミルクティー色の髪だ。私がお母様の子であるなら、もう一つの可能性は――。
サーッと血の気が引く。
「まさか、お、お母様が不倫? あり得ませんっ。両親は愛し合っているんです!」
妄想を振り払うように、ブンブンと頭を振る。
お母様には異性を魅了する華やかさと美貌があるが、お父様を愛しているし隠れて浮気ができるほど器用な人ではない。何かの間違いだ。
「落ち着いて。ただの可能性だから」
「そうですよね」
私は冷静になろうとスーハーと深呼吸する。
「憶測だが、シャノン嬢の父親は私の父上である可能性が高いと思っている。なぜなら祖母以降、ピチュメ王国の王族は一人もこの国に足を踏み入れていないからだ。私の子というのは無理があるから、残るは父上しかいない。ということは君は異母妹……あ、いや、だから落ち着いて? あくまで可能性の話だから」
段々と呼吸が荒くなっていく私を見て、カイル様がたじろいだ。
「そんな言い方、ほぼ確定じゃないですか!」
「入国の記録がないだけで、誰かが秘密裏にということもあり得るし、可能性は低いが祖母に父上以外の子がいたのかもしれない。だが、今重要なのは親が誰なのかではなく、シャノン嬢が『虹の瞳』を持っていることだ。厄介なことに現在ピチュメ王国には、国王と二十九歳の王太子しかその瞳を持つ者がいない。君は王位継承権第二位ということになる」
「王位継承争いに巻き込まれかねないってことですか。そんな物語みたいな話、ありっこないです」
「君の瞳は見る人が見ればわかる。社交場に出れば、間違いなく噂になるだろう。貴族の出入りする店も危ない。さっき言ったように、今は国内の貴族たちが王都に集まっている。一度噂が広まれば、もう取り返しがつかない。平穏を望むなら、君にとって王都は危険な場所だ」
「はあ……」
王都は危険。領の外は危ない……お母様に言い聞かせられてきた言葉だ。それは盗賊や魔物ではなく、このことだったとしたら? 私を表に出さなかったことと、カイル様との縁談に半狂乱で反対した理由に説明がつく。
私は本当にお母様の不義の子なのだろうか。だとしたら、お父様はこのことを知らないのかもしれない。お母様に説得されるまで、私を貴族家に嫁がせようとしていたのだから。
「王侯貴族にとって噂は武器なんだ。付与魔法付きアクセサリーは通用しない。噂を聞きつけたピチュメ王国から、王太子の側妃になんて申し入れがあるかもしれないし、付与魔法師を続けるのが困難な状況に陥るかもしれない。覚悟はあるのか」
覚悟があるのか――。
それは曖昧な返事をして考え込んだままの私に、事の重要性を理解しているのかというカイル様からの確認だった。
情報量が多すぎて頭の処理能力が追いつかない。でも考えなくちゃ。
ピチュメ王国の王位継承権を持つということは、王位に祭り上げようとする者、利用しようとする人々、快く思わない一派が入り乱れ、命を狙われたり不本意な政略結婚をさせられる未来しか想像できない。
王太子の側妃? あり得る。『虹の瞳』同士で番わせ子を産ませるなんて、お偉いさんの考えそうなことだ。
ぶるりと体が震え、肩に腕を回して自分を抱きしめた。
私は付与魔法師を続けながら、できれば結婚して平凡な家庭を築き穏やかに過ごしたい。王位や権力闘争に興味はないのだ。
「覚悟なんてありません」
私が力なく頭を振るとカイル様は頷いた。
「ここは王都の外れで来客もないから匿うには都合がよかったんだが……すまない。母上があの調子では、何をするかわからない」
「そういうことなら仕方ありません」
エルドン前公爵夫人にとって、私は夫の隠し子かもしれないのだから、嫌われるのは当然だ。彼女も私を見てすぐにこの瞳に気づいたのだろう。会った瞬間、激怒されるわけだ。
「シャノン嬢は悪くない。こうなったのは私がファレル侯爵夫人と取引したせいだ。ひとまずシムズ川沿いに私名義のアパートがあるから、そこへ移ろう」
カイル様がギシッと音を立ててソファから立ち上がった。
私もあとに続き退室しようとすると、目の前のカイル様が急に立ち止まったので危うくぶつかりそうになる。
「この方が祖母だよ」
扉の手前の壁に、小さな肖像画が飾られていた。そこには儚げに微笑む、豊かな金髪と薄紫の瞳をした淑女が描かれている。卵型の顔はカイル様に受け継がれ、ぱっちりとした大きな瞳と紅色の小さな唇は少女のように可憐だ。
「こんなにお美しいのに――」
ただ青紫の瞳ではないというだけで虐げられてしまうなんて。
「そういう国なんだ。現に王太子も国王の実子ではない。王妹の息子……甥だよ。国王には側妃が三人いたが誰一人『虹の瞳』を授からなかった」
その王太子には正妃と二人の側妃がいるが、子どもたちの瞳はいずれも普通の青紫色だそうだ。
「むこうに『虹の瞳』が生まれれば一安心なんだが」
「そうなんですか?」
「国王に即位するには、後継の『虹の瞳』がいることが条件なんだ。現王の年齢を考慮すれば、王家はかなり焦っているはずだ。君の存在を知ったら、彼らはすっ飛んでくるだろう。逆に即位さえしてしまえば、わざわざこんな遠方の国に来てちょっかいをかける理由はない」
もし国王に何かあった時、王太子が即位できない状態では「精霊王に認められていない」ということになり、王家の権威を保てないらしい。
それを避けるためには何でもするが、安泰ならば放置というわけか。王家が体面を気にするのは、どこの国も同じだ。
「なんか面倒くさいですね、王家って」
「そうだな」
自身の平和のためにも、ピチュメ王国の王太子が即位するまでは静かに隠れていよう。そうしよう。
カイル様が手配してくださったシムズ川沿いの三階建てアパートメントは、弁護士や教授など比較的裕福な平民が住まうエリアにあった。
対岸には王宮と貴族たちの屋敷が建ち並ぶ一等地があり、この場所に居を構えられるか否かが貴族のステータスの一つとなる。
因みにハーシェル家のタウンハウスもその一等地の端っこに建っていて、連棟式住宅ではなく小さいながらもちゃんと独立した屋敷だ。まだ行ったことはないけれど。
「うわぁ、シムズ川を一望できるのね。見て、あれが王宮よ!」
三階の寝室の窓から、対岸の街並みを眺める。ひときわ目立つ青い屋根の大きな建物が王宮だ。ずっと憧れていた王都にいるのだと思うと、嬉しさでついはしゃいでしまった。
「気持ちいいっすね」
「あとで散策してみましょうか」
何もわからないまま文句も言わずについてきてくれたグレタとジミーが、到着早々呑気に言う。
私は困ってしまった。『虹の瞳』やまだ定かではない私の出生について、何をどう話したらいいのだろう。当面の間、黙っているべきか。
「二人で行ってらっしゃいよ。ついでに買い物してきてほしいの」
「でしたら、シャノン様もご一緒に」
「そうっすよ」
グレタとジミーは完全に観光気分である。
ここには下働きがいないのでグレタの生活魔法が頼りだし、食料の買い出しもしなければならない。やはり二人の協力は必要不可欠だと考えを改めた。
「実はね、私たちは潜伏中なの。敵を欺くため、隠密行動を心がけなければならないわ」
グレタとジミーは顔を見合わせている。
「逃亡中ってことですか。小説みたいでカッコイイっす!」
「何をやらかしたら、そんな展開になるんですか」
逃亡じゃないし、何もやらかしていない。普段、私はこの二人からどう見られているのだろうか。
「何もしていないわよ。私、ピチュメ王国の王家の血筋なんですって」
私はカイル様に教えられた『虹の瞳』について一から詳述し、力になってほしいとお願いした。
二人はポカン顔で、この突拍子もない説明を受け入れたのだった。




