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引きこもりのチビ令嬢と呼ばれた私が、小さな幸せを掴むまで  作者: ぷよ猫


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17 青紫の瞳 (前)

 先触れもなく突然エルドン前公爵夫人がやって来た。

 お怒りであることは、カツカツと苛立たしげに鳴り響く靴音と吊り上がった細い眉でわかる。

 私はちょうど特許申請の書類を書き上げたところだった。突然、バンッと図書室の扉が開き見知らぬ婦人が入ってきて驚いたけれど、その面差しからカイル様の母親であると予想できた。見事な銀髪を緩やかに結い上げ、首にはパールのネックレス、切れ長の瞳は青いけれど涼しげでカイル様と似ている。

 私は静かに頭を下げた。

 

「出て行ってちょうだい! あの女の娘だなんて冗談じゃないわっ」


 いきなり罵倒されて頭が真っ白になった。


「え……?」


 相手の身分が上の場合、お声がかかるまではこちらから話しかけてはいけないとお母様に習ったけど、罵倒もカウントされる? もう話しかけてもいい? パニックを起こした頭の中で、そんな些末な考えがグルグルと回る。 


「ちょっと、聞いてるの!? 何よ、その小さくて貧相な体は。噂は本当だったのね。求婚状を真に受けてのこのことやって来るなんて、厚顔無恥にもほどがあるわ」


 小さな体……もう言われ慣れている。やはり後継を望む家柄では、私を受け入れることなど無理なのだ。この場にいるのがベティお姉様だったら、前公爵夫人もここまでお怒りにならなかったかもしれない。


「ハーシェル伯爵が次女シャノンと申します。この縁談には両家の行き違いがあったようで、話し合いが終わるまでの間、閣下がこの屋敷に滞在するようおっしゃったのです。あの……悪気はありませんでした、申し訳ございませんでした」


「いくら息子が許したからって、のうのうと居座るなんて図々しい。さっさと帰りなさいな。二度とその顔を見せないでっ!」


 私は頭を垂れたまま、なるべく丁寧に謝罪したつもりだったけれど、社交場に出たことがないからどこか失礼があったのかもしれない。激昂したエルドン前公爵夫人に、手に持っていた扇子を投げつけられてしまった。


 パシッ。


 私の首飾りの小さなブラウンダイヤに付与していた結界魔法が発動し、弾いた扇子がエルドン前公爵夫人の額に当たった。


「なっ……!」


 跳ね返されるとは思わなかったのだろう。エルドン前公爵夫人が驚きで口をパクパクさせている。

 その直後、カイル様とジェナが駆けつけた。

 ジェナが落ちている扇子を見つけ、ゆっくりとした動作で拾う。


「母上、何をなさっているのですか!」


「あなたがハーシェル家の娘を家に招いたと聞いて、急いで領を発ったのですよ。勝手に結婚を決めるなんて、どういうつもり? 母は認めませんよ!」


「だからといって、これは……」


「この娘をエルドン家に近づけないでちょうだい。虫唾が走るわ。逆らうなら、陛下にお願いして王命であなたを婚姻させます。そうね、帝国のブーフ侯爵令嬢なんていいんじゃないかしら」


「母上!」


 エルドン前公爵夫人は踵を返し、足早に図書室を出て行ってしまった。

 なるほど、ミスリルを得たいなら直接ブーフ侯爵家と縁組しろということか。息子の思惑など、とっくにお見通しなのだなと感心した。

 カイル様はため息を吐き、何か言いたげにジェナを見ている。

 それに気づいたジェナが頭を下げた。


「申し訳ございません。私が大奥様に報告しました。よもや王都までいらっしゃるとは思いませんでした」


「来てしまったものは仕方ない。それより、これからどうするかだが……」


「あの、私、やっぱり家に帰ります。最初からそうするべきだったんです」


 せっかくこの屋敷に慣れてきたし、まだ読みたい魔導書もあるので残念ではあるが、すぐにここを出たほうがいいだろう。


「それはダメだ。二週間後に王宮舞踏会があって、今は地方の貴族たちが続々と王都入りしている。ハーシェル伯爵夫妻もこちらにいらっしゃるはずだ。それまでは私が責任を持ってお預かりすると手紙に書いた」


 同じ王都内の移動なのに大袈裟な、と思うけれど、カイル様は至極真面目な顔でおっしゃる。


「大丈夫ですよ。護衛もいますし、防御系の魔法を付与したアクセサリーをいくつか持っているんです」


 領を出立する前に、お父様が大盤振る舞いでネックレスやブローチを買ってくれたので、結界や攻撃魔法回避などの魔法を付与しておいたのだ。だから危険はないはず……なんだけれど、カイル様は浮かない顔をしている。


「違う」


「は?」


「だから、その……仕方ない。場所を変えて話そう」


 カイル様は躊躇った末にジェナをその場に残して、私を連れ出した。


 結界を潜り着いた先は、カイル様の執務室だった。

 ここなら邪魔が入らないとの判断だろう。

 室内の机には書類が乱雑に置かれ、白い壁に歴代当主の肖像画が飾られている。

 私がキョロキョロしながら黒い革製の応接ソファに腰かけている間に、カイル様は素早く防音結界を張った。そして自身もソファに身を沈めてからゆっくりと話し始めた。


「シャノン嬢は、先日私が『確認しなければならないことがある』と言ったのを覚えているか?」


「はい。縁談とは別件なんですよね?」


「そうだ」


 じゃあ、やっぱり……。私はジミーが『パクリ』『ピンハネ』と言っていたのを思い出し、疑われる前にきっぱりと否定しておくことにした。


「カイル様、私は天と精霊王に誓って悪いことはしていません! 開発商品が盗作でないことは、特許を確認していただければ証明できます。不当な利益を得ていないことも我が家の帳簿を――」


「落ち着きたまえ。誰もシャノン嬢が不正をしているとは思っていない」


 カイル様が冷静に私の言葉を遮った。


「そう、ですか」


 安堵で肩の力が抜ける。では、なんだろう? 背筋を正して、カイル様の言葉を待った。


「これは本来ならば、ハーシェル伯爵に了承を得たうえで話すべきことだ。だが、母上がここにいる以上、シャノン嬢は別宅に移ったほうがいいだろう。だから、多少憶測が混じるが話すことにする。別件とは、君の出自のことだ」


「出自?」


 キョトンとなる。私の生まれがどうだというのだ。

 カイル様は頷き、続けた。


「『小さいことを恥じて、社交デビューもせず領地に引きこもっている伯爵令嬢』それがシャノン嬢に対する私を含めた貴族たちの共通認識だ。社交界の華であるハーシェル伯爵夫人とベティ夫人の陰に隠れて、誰もその姿を知らない。貴族令嬢としては異例だが、実際に君と会ってみて合点がいった」


「小さいからですか? 社交界での悪評は貴族の娘として致命的ですね」


「違う」


「え?」


「その瞳だよ。青紫の瞳はピチュメ王国の王族の色だ。国交もあまりない遠い国のことだから、知っているのは一握りの上位貴族くらいだろうが」


「あの、カイル様だって青紫の瞳ですよね?」


「私はピチュメ王国の王族の血を引いている。祖母が第三王女だったから」


 カイル様曰く、精霊信仰の強いピチュメ王国では、青紫は王族の色であると同時に精霊王の色として尊ばれている。側妃の子だった第三王女は、王族の色である青紫の瞳でなかったために虐げられていたらしい。それゆえに、王家の血を国外に出すことを嫌うお国柄にもかかわらず、遠く離れた我がヨゼラード王国の王弟のもとへたった一人で嫁いでこられた。その息子が先代公爵のカイル様の父親である。


「私と父上も青紫の瞳を持って生まれた。これがさしたる問題にならなかったのは、遠く離れた地だったことと『虹の瞳』ではなかったからだろう。ピチュメ王国の王位を継ぐには、『虹の瞳』であることが絶対条件だ。つまり王位継承権はないと判断された」


「へえ、『虹の瞳』ですか。なんだか小説みたいでカッコイイですね」


 私のほほんとした口調に、カイル様は「何を他人事みたいに」と剣呑とした視線を向ける。


「シャノン嬢、君の虹色に煌めく瞳は間違いなく『虹の瞳』だ」


「ええええっ!?」


 防音結界があってよかった。でなければ、屋敷中に私の叫び声が響いたから。だって、あり得ない。ハーシェル家にピチュメ王国の血は入っていないはずだ。ましてや王家なんて。


「ジェナから、過去にハーシェル家とピチュメ王国との縁組はないと聞いた」


「そうですよ。私は生粋のヨゼラード人です」


 肯定しつつ、だからジェナに質問攻めにされたのだと気づいた。きっと彼女も青紫の瞳の意味を知っていたのだ。


「ならば、可能性は一つだ。君はハーシェル伯爵の実子ではない」


『冷酷』の名にふさわしく、カイル様は淀みない口調で親子のデリケートな問題をすっぱりと斬った。

 私は胸を押さえ、息ができなかった。


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