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【閑話】02 執事ハリー・クリントンの不器用な真実

「シャノンお嬢様と縁談の話が出ている。いずれ二人でサイラス様を支えてほしいそうだ」 


「私なんかでよろしいのですか?」


 父から打診を受け、自然と出てきた第一声がそれだった。

 普通、伯爵令嬢は家臣と結婚したりしない。少なくともこの国ではそうだ。平民の私とでは身分が違いすぎる。

 それにシャノン様にとって、五歳も年上の私は兄のような存在でしかないだろう。


「奥様が、無理して貴族に嫁がなくても領内でいい人がいれば、とおっしゃったのだ。旦那様はどなたかの後妻にと考えておられたようだが、シャノンお嬢様が付与魔法師を続けるには、おまえと結婚したほうがいいと判断された」


「シャノン様がお嫌でないのなら、謹んでお受けします」 


 断る選択肢も、そのつもりもなかった。

 後日、旦那様から「シャノンのことを頼んだよ」とのお言葉をいただいて、自分の妻になるのだという実感が湧く。心が温かなもので満たされる。この気持ちをなんと呼べばいいのか……。


 それからはシャノン様と過ごす時間が増えた。特に護衛のジミーが魔物討伐に出立してからは、代わりに付与魔法師の仕事の現場にもご一緒するようになった。

 私は電撃魔法が使えるが、シャノン様のように巧みな魔力コントロールはできないし、しようと思ったこともない。攻撃魔法は敵に当たればそれでいいのだから。

 シャノン様は、単純な武器強化の依頼でも『強化』と『保護』二つの魔法を駆使する。武器の状態によっては、更に別の魔法を追加することもめずらしくない。

 付与魔法師とは、熟練を要する技術職なのだと気づかされる。そしてシャノン様は、間違いなく優秀な付与魔法師だ。


 忙しい合間を縫って刺繍してくださった二枚のドラゴンのハンカチには、それぞれに温熱と冷却の効果が付与されていて、シャノン様らしいと思う。赤竜が火を吹くダイナミックな図柄も含めて……。刺繍自体も手が込んだものだった。

 お礼がしたいと申し上げたところ、ダンスを所望された。

 それを聞いて、キレイなドレスが着てみたいという、かつての独り言を思い出した。


「今年からサイラス様が王宮舞踏会へ参加なさいますよ。一緒に出席なさったらいかがですか?」


 残念ながら私では、格式ある王宮舞踏会でエスコートして差し上げることは叶わない。

 サイラス様も「今度こそ、シャノン姉様を王都の舞踏会へ連れていってあげたいんだ」とおっしゃっていたことだし、幸いにも事業が成功したので夜会用のドレスの一着くらいは仕立てられるだろう。いい機会なのではないかと考えて、そう提案した。

 しかしシャノン様は、首を縦に振らなかった。


「気を遣わせて悪かったわ。サイラスにもきちんとしたご令嬢にパートナーを申し込むよう、あなたから伝えて。それがあの子のためだから」


 それがあの子のためだから――その言葉を口にする顔が、一瞬だけ曇った。

 シャノン様は自身の噂をご存じなのだ。弟に迷惑をかけたくない一心で、すべて諦めて一生領地にとどまるつもりだと察した。


「私が浅はかでした。すみません」


 そんな哀しい顔をさせたかったわけじゃない。


「いいのよ。ダンスなんて、ただの気まぐれだったんだから。それより魔法の実験につき合ってほしいわ。ジミーが討伐でいないから、相手がいなくて」


 シャノン様がいつもの調子で笑い、それっきりダンスの話は有耶無耶になった。

 その晩、旦那様のヴァイオリンの音色が屋敷中に響いた。

 ギィ、ギィと異音交じりの下手糞なソナタを聴きながら、私は後悔していた。


 シャノン様、踊りましょう――。


 どうしてその一言が言えなかったのだろう。希望があればと尋ねたのは自分だったのに。

 ダンスだけなら夜会でなくても、豪華なドレスじゃなくてもよかったじゃないか。一階のホールで、二人きりで音楽に合わせてステップを踏むくらいのことは、あの時すぐにでもできたはずだ。

 せめて結婚パーティーでは、心ゆくまで踊ろうと心に誓う。

 旦那様の仕事も一息ついて、いよいよ結婚準備に入るはずだから、その日はすぐにやって来る。そう思っていた。


 翌日、旦那様に呼ばれ、ベティ様が離縁すると告げられた。

 とはいえファレル侯爵家からはなんの連絡もなく、帰郷を知らせるベティ様の手紙のみで、さっぱり事情がわからない。

 どちらの有責なのか、今後事業はどうするのか、そもそも本当に離縁するのか。

 皆、困惑している。


「それでおまえたちの婚約なんだが、この件が片付くまで待ってもらえないか?」


 旦那様の言葉に、思わず唇を噛みしめた。ここまで来て、まさか保留にされるとは考えもしなかったのだ。

 シャノン様の落胆ぶりが、渋々承諾する声に表れている。

 結局私は、旦那様に情報収集を命じられ、王都へ向かうこととなった。


 荷造りが終わった頃、シャノン様が執事部屋を訪れた。「結界魔法を付与してあるから、お守りに」と差し出された水晶のペンダントは彼女のお守り石である。

 結界は防御の最上級魔法で、難易度も魔力消費も桁違いだ。

 物理、魔法、毒のみならず、魅了や洗脳などの精神的なものまで、あらゆる攻撃から身を守る結界付与のアイテムは、安いものでも王都一等地の高級アパートメントが買えるほど値が張る。ましてや結界付与の宝石ともなれば、王族や裕福な貴族、豪商くらいしか手が出ない高級品なのだ。

 買い手が限られるため、一般的には物理回避や火炎回避など、用途別に付与したものが出回っている。

 

「えっ、結界魔法ですかっ? あの最上級魔法の?」


「そうなの。本当は外套とか防具に付与できればよかったんだけど、腕が未熟で石にしかできなくて。悪いけど、なるべく首にさげていてくれる? このペンダントを中心に結界が張られるから、荷物に入れちゃうと意味がないっていうか……」 


「い、いえ、十分すごいです。それに、これはシャノン様のお守り石じゃないですか。いただけません、こんな大切なもの」


 私は慌てて辞退する。

 何をおっしゃっているんだ。腕が未熟? とんでもない。自己肯定が低いのか、世間知らずなのか、ただ謙虚なだけなのか……そのうち誰かに騙されそうで、危なっかしくてしょうがない。


「いいから」


「いえ、大丈夫ですから」


「あげるんじゃないわ、貸すのよ。だから、ちゃんと返すのよ?」


 最終的にシャノン様が折れてくださり、私は貴重なアクセサリーをお借りすることになった。

 失くさないように肌身離さず身に着けていよう。

 その場で首にかけシャツの内側に仕舞い込んだ瞬間、シャノン様がガクンと膝から崩れ落ちてしまった。


「シャノン様? シャノン様、しっかりしてください! シャノン様!」


 どうやら魔力切れらしい。以前にも何度か倒れ、奥様に叱られてからは無理しないように気をつけていたはずなのに。


 シャノン様を抱えて部屋へお連れすると、グレタにため息を吐かれた。あたふたする私に呆れたのだろう、ジト目になっている。


「一体何をやっているんですか、あなた方は」


「き、急に倒れて……と、とにかく、すぐに医者を呼んで来るから、シャノン様を頼むっ」


「落ち着いてください。眠れば回復しますから」


「そんなこと言って、もし目覚めなかったら!」


 魔力は、眠れば回復する。それが一日なのか二日なのかは個人差があるが、大抵三日もあればどれだけ魔力量が多い人でも満タンになる。だが稀に目を覚まさない事例もあるだけに気がかりだ。

 万が一のために……と考えて、サイラス様の馬車に浮遊魔法を付与しようとしたシャノン様は、きっとこんな気持ちだったんだな。それをティムと一緒になって、心配しすぎだと茶化してしまった。


「大丈夫ですよ。私が無理やりにでも起こしますから、ハリーさんも無事に帰ってきてください。たとえ大袈裟でも、それがシャノンお嬢様の望みなんですから」


「わかった……」


 自分の胸元に水晶のお守り石があるのを確かめるように、シャツの上から手を重ねた。

 こうなったら、一刻も早く仕事を終えて戻ろう。

 

 翌朝、私は馬で王都を目指した。

 


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