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14 エルドン家の使用人たち

 カイル様の情報を集めるために、まずは比較的好意的だったジェナと話すことにした。

 刺繍がしたいので王都で流行りの意匠を教えてほしいと口実を作り、部屋に呼ぶことに成功したまではよかったのだが。


「先程は余計な差し出口を挟みました。申し訳ございません。カイル様のお考えは、私ごときに知りようもないことです」


 平謝りされてしまった。

 それに、いろいろ質問をしても必要最小限のことしか答えない。口が堅いのだ。伊達に侍女長を任命されているわけではなかった。

 彼女と話してわかったことは、噂されているほどカイル様が冷酷な人ではないということ。そして我が家に求婚状を送ったのが、討伐の出立前にカイル様から一任されたロイドだということだけだった。

 ロイドからしてみれば自分のミスで私がこの屋敷に来てしまったのだから、あの狼狽ぶりにも納得がいく。


「ハーシェル家はピチュメ王国の血を引いているのでしょうか? 過去にどなたか嫁してこられたのですか」


「いいえ。母方にも外国の血は入っていなかったと思います。ですので、私の体格と血筋は関係ありません。もし跡継ぎを懸念されるようであれば――」


「いえ、そうではありません。もしやと思っただけですので、気になさらないでください」


 気にするなと言うわりには、年はいくつだとか、王都へは初めてなのかとか、逆に質問攻めにされて、たじたじになる。こちらは防戦一方だ。


「婚約者に差し上げるハンカチは、王都でもイニシャル入りが定番でございます。ワンポイントではなく全体に刺すなら、動物をモチーフにするより花柄がいいかもしれません。白地に白糸というふうに、同系色を組み合わせるのが最近の流行でございます。こんなふうに」


 刺繍の話に戻り、私物の白いハンカチを広げて見せてくれた。美しい白薔薇の意匠の刺繍が規則的に並び、洗練されていて品がある。

 ハリーに贈った赤竜のハンカチが、途端に田舎臭く感じてしまう。こういうハイセンスな柄にすればよかった。もう遅いけれども。

 一方で頭の端っこでは、洒落たデザインならば冷却ハンカチを商品化しても売れるのではないかという計算が働く。

 年齢のせいか目が疲れるので刺繍はしないというジェナに、もしよかったらと予備の冷却ハンカチを渡した。


「冷却効果を付与してあるので、目が充血したら瞼に載せるといいですよ」


「冷却ハンカチですか? 初めて見ました」


「個人的に作ったんです。私は付与魔法師なので」


「ハーシェル家の温熱下着と冷風扇子は有名ですね。私も愛用しております。この数年、ご婦人たちの必需品となっていて……。そうですか、これらはシャノン様がお作りになったのですね」


「はい。私は付与魔法しか使えないので、魔法師を名乗るのはおこがましいのですが……」


 特級魔法師のカイル様と比べれば月とスッポン。

 しかしジェナが青い瞳をキラキラさせて魔法の話題に食いついてきたので、つい饒舌になった。


「いいえ、素晴らしい才能です。カイル様に女性下着の温熱付与などという発想は皆無ですもの」


 そうおだてられれば悪い気はしない。

 私は追加で温熱ハンカチと、旅のお供に持ってきた回復キャンディをプレゼントしたのだった。



 ジェナとの会話ではほとんどカイル様の情報を得られなかったので、翌日、ロイドへ接触を試みる。

 朝食後、グレタとジミーを連れて探し回っていたところ結界に触れてしまったらしく、慌てた様子でロイドが走ってきた。


「ああ、びっくりさせないでくださいよ。泥棒かと思った!」


 カイル様の執務室がある区画には結界魔法がかけられており、異常があるとわかるようになっているらしい。


「仕方ないじゃないですか、説明されてないのだもの」


「屋敷の案内がまだでしたね。すみませんでした」


 私が反論するとロイドが、このまま邸内の案内をしてくれることになった。よし、チャンスだ。

 あれからジェナにこってり絞られたのか、ロイドはむすっと不貞腐れた顔をしつつも、どこかしょげたようにトボトボと歩いている。

 グレタとジミーは顔を見合わせ肩をすくめていた。

 

「もとは王宮魔法師なんですってね」


 ロイドはひょろっとしていてジミーより背が高い。歩きながら話そうとすると顔を見上げねばならず首が疲れる。


「はい、五級なんで大したことないですけど」


「そんなことないわ。少なくとも攻撃と防御、両方の魔法が使えるということでしょう? 私は付与魔法しか使えないので羨ましいわ」


 王宮魔法師は討伐隊に随行して、怪我を治癒したり防御結界を張ったり、必要に応じて前線で攻撃魔法を放ったりするので、光属性のほかに複数の属性を持っていることが必須とされている。ただし、難易度の高い治癒魔法が使える場合には、それだけで一級が授けられるらしい。


「討伐には即戦力が求められますからね。兵士たちの間でも武器や防具の魔法付与は外注して、自身は攻撃魔法の腕を磨くという者が圧倒的に多いんです。シャノン様はハーシェル家のご息女ですから、当然、付与魔法師協会をご存じですよね?」


「ええ、実は私も会員なの」


「へえ……得意分野はなんですか? 防具の防御魔法付与ですか、それとも武器の強化?」 


 ロイドが興味を持ってくれたようだ。

 昨日のジェナも魔法の話題に食いついてきたので、もしやと思ったのだ。私は心の中でガッツポーズを取った。


「なんでもやるわよ。武器と防具の強化の依頼が一番多いけど、剣に火炎魔法や雷撃を付与したりもするし、孤児院に回復魔法を付与したキャンディを持っていったり、荷馬車の軽量もするわ」


「え? 電撃に火炎に回復、軽量……一体いくつ属性をお持ちなんですか?」


 強化と回復は光属性で、軽量は闇属性だ。火炎と雷を含めると、四つ挙げたことになる。


「全部だけど、付与しかできないの」


「全部ですか! それはすごい」


「いえ、でも付与しかできないのよ。せめて生活魔法の浄化(クリーン)が使えたら便利だと思うけれど」


 魔法の適性に個人差があるとはいえ、普通は多くても四つか五つなので、全属性持ちはめずらしい。けれど付与魔法だけというのもめずらしいので、自慢にならないと思う。


「いえいえ、カイル様でさえ全属性はお持ちではありませんから。それに最近、カイル様も付与魔法に興味があるらしいのです。あの魔法水筒を愛用していて、その考案者であるベティ様との縁談ならとお受けになったのですから」


「えっ?」


「ええっ!」


「なんすかそれ?」


 ロイドの説明に、私とグレタ、ジミーの驚愕の声が重なった。

『あの魔法水筒』がハーシェル家が売り出した『あの魔法水筒』のことだとすれば、考案者は私だ。

 魔法水筒は水魔法を付与した水筒で、常に一定の水が溜まるようになっている。遠征を控えたお得意様の「水魔法が使えないから、いざって時、飲み水の確保に困るんだよねぇ」という一言がきっかけで作った。

 なのに、なぜベティお姉様の名前が出てくるのだろう。


「あれ? 空にならない魔法の水筒って、ハーシェル家の商品ですよね? 常にお湯が沸いている魔法ポットとか、いろんなバリエーションがあって貴族のお茶会でも定番の」


 ロイドは、私たちの驚きっぷりに、逆に目を丸くする。


「魔法水筒はうちの商品ですけど……あ、あの、もしかして社交界では、姉が開発したという噂が出回っているの?」


「えっ、違うんですか? 私は子爵家の次男で、ベティ様とは貴族学院の同学年だったんですが、留学生の令嬢がベティ様の魔法は素晴らしいと絶賛していましたよ。それからずっと新商品が出るたびに、社交界で話題になっていましたから、てっきり――――」


 留学生……あの最初の温熱下着を大量発注してくれた帝国の貴族令嬢か。それからずっと、ということは、私の開発商品はすべてベティお姉様が作ったことになっているのでは?

 次の瞬間、ぐわんと視界が歪んで床に膝を突いてしまった。家のために一生懸命やってきたことをなかったことにされたみたいで、すごくショックだ。

 ははは、と乾いた笑い声が口から零れた。


「シャノンお嬢様? 大丈夫ですか」


「お嬢!」


 情報収集どころではなくなってしまった。

 ジミーは私を抱えて部屋に戻った。


「ベティお嬢様に抗議しましょう!」


 グレタはそう言ってくれたけど、私は黙って首を横に振った。


「社交界の噂をお父様とお母様が知らないはずないわ。黙認しているのよ」


 その事実が何よりも心を打ち砕いた。



 

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