第4話【推理】
いつもみたいに俺一人の夕飯なら近所のコンビニ弁当で済ますところを、何の見栄を張ったのか、チェーン店の弁当屋を久しぶりに利用してしまった。
仕事帰りに待たされるのが億劫で敬遠する癖に。今日はその手間が不思議と苦に感じることはなかった。
朝と同じ、テレビのモニター側に後頭部を背に、テーブルを挟んだ向かいで凛凪さんは唐揚げ弁当を美味そうに頬張る。
ご飯と唐揚げ6個に、付け合わせでポテサラと細かく刻んだ高菜が入って税込み620円。昔に比べて物価高の波に逆らえず値上げこそしてしまったが、ワンコインに産毛が生えたくらいならばあまり気にはならない。
「んー。やはり揚げたては美味しいですね」
喜んでもらえてるみたいなので、買ってきて正解だった。
凛凪さんが家にいる間の夕飯は、毎回弁当屋で賄うのもありかもしれないな。
プラーナはあくまで生物としての最低限の活動を保証する成分にすぎず、錬成人間だって食べなければ当然餓死してしまう。
凛凪さんが眠っていた近所の電柱。
あの場所は毎週水・土が可燃ゴミ、第一と第三木曜日が不燃ゴミの集積所と化す。
第三木曜日の前日の昨晩は、焦げたフライパンや寿命の尽きた蛍光灯も一緒に放置されていた。
何者かが凛凪さんを放置したのか、或いは行き倒れた場所がたまたまあそこだったのか......記憶を失っていることを考えると、前者の方の確率が高い。
狭い路地だが地元民には抜け道としてよく使われるT字路。
一昨日の夜の段階では確認できなかった。
錬成人間が倒れていれば誰だって驚き、周辺の住民が警察に通報するはず。
よってプラーナ切れから72時間が経過した後、俺が通りかかった人気の無い時間帯に運ばれ放置......という推理結果が自然と導き出される。
錬成人間の行方不明者リストに登録されていないか、仕事の合間に有川さんの目をか
いくぐって運営サイトにアクセスしチェックしてみたものの、凛凪さんらしい人物は発見できず。
目の前で幸せそうに栄養を補給する彼女は、
「どうしました? ひょっとして小骨が喉に刺さってしまいましたか?」
箸を動かす手を止め呻く俺を、凛凪さんが心配そうに覗く。
唐揚げの油で潤いの増した桜色の唇同士の隙間から、小さな舌先がひょっこり顔を出し、艶めかしく上唇を這う。
「いや。何でもないよ」
「そうですか。もし唐揚げが食べたかったら言ってくださいね」
「子供じゃないんだから。おっさんには魚の方が健康的でいいの」
「ご冗談を。橘さんはどう見ても私と同年代ではありませんか」
自虐的に発言する俺に、凛凪さんは口元をグーの手で隠し鼻を鳴らす。
「記憶が無いのに自分と同年代だと言う人、初めて見たよ。じゃあ訊くけど何歳だと思う?」
「20代前半は固いかと」
「残念。今年で30歳になりました」
「............」
あー。『え、嘘? この顔でその歳?』って反応、久しぶりだなぁ。
25歳を過ぎれば人間多少は大人の貫禄が滲み出るかと期待はしていたが、滲み出るのは目の下のクマのみ。10代の頃の自分にあんまり夢見んなと忠告してやりたい。
「お若く見えるのはとても良いことです」
「それが客商売やってると、必ずしも良いとは限らないわけ。うち、レトロゲームを扱ってる関係でさ、日本人に関してはクセのある中高年客が多いのよ。そういう人らって大概、自分より下の年齢の人間が相手だと思うと態度が大きくなって面倒くさいんだわ」
たどたどしい声音でフォローする凛凪さんは、俺の愚痴にも真剣な顔で訊き、頷く。
なんで俺より一回りも二回りも下な人間がレトロゲーム屋の店長やってんだ! 納得いかん!
声に出されなくても、妬みと蔑みを含んだ誹謗の眼差しは何度も直接浴びてきた。
「店長に成り立ての頃は今まで以上に必死こいて勉強したけど、ある時気付いたんだよね。その手の輩に無理に物を売らなくていいんじゃね、って」
「と言いますと?」
「考えてみたら店、売り上げの7~8割を外国人観光客が占めてるんだよ。中にはうちで買い物するためにわざわざ来日する人たちもいてさ」
「日本の古いゲームがまさかそこまで人気があるだなんて。驚きです」
「国によるんだろうけど、海外はそもそも日本人ほどなんでもかんでも物を取っておく習慣がないらしい。だから昔のゲームを当時の環境、もしくは海賊版なんかで遊べるのは、全体の僅か13パーセントくらいだとか」
物には神が宿ると言われてきたこの国らしい誇れる文化のおかげで、今のレトロゲーム業界の礎が築かれたと言っても過言ではない。
ブームが始まり国外にかなり流通してしまった今でも、まだ国内には思ったより在庫は残っている。そういえばゲーム版の図書館を作る話が一時期話題になったけど、アレどうなった?
「海外の人は感情表現豊かだから、買う時に子供みたいに凄い嬉しそうな笑顔を見せるんだよ。そのうえ結構礼儀正しい人ばかり。たまに間違った日本語使ってる人もいるけど、そこはご愛敬ってことで」
「お好きなんですね。今の仕事が」
「だからそういう人たちのために物を売ろうかなって思った。どうせ売るなら、喜ぶ人に買ってもらいたいじゃない」
愚痴るつもりもなく始めた話題は、いつしか凛凪さんとの会話を弾ませるためのきっかけとなっていた。
「橘さんの優しいお人柄は、そういった考えから発せられているのですね」
「優しい人柄だけを取り柄に、30年間生きてきましたので」
「そう謙遜しないでください。優しさだって個性の一つ。もっと自信を持つべきです」
「以後、気を付けます」
個性、か。
そう言ってくれたのは人生で二人目だ。
「あ」
「どうしたの? 熱くて火傷した?」
「......唐揚げにレモン汁をかけるのを忘れてしまいました」
「......ぷっ」
深刻な表情とは裏腹に、中身はとんでもなくどうでもいい内容のギャップでつい吹いてしまった。
「いま笑いましたね? さては橘さんはかけない派とお見受けします。でなければ笑ったりなんかしません」
「ご名答。俺は塩胡椒派でーす」
残念そうにしょんぼり俯く凛凪さんに、思わず笑いが我慢できず声が漏れてしまった。
彼女を知る手がかりは、ほぼゼロ。
現時点でわかっていることは、凛々しく品のある外見の割に、子供みたいに可愛いところがある。
そして、唐揚げにはレモン汁をかける派だということ。
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