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第36話【真実】

 背中越しに受けた、凛凪さんの告白。

 脱衣所を出ようとする足を止め、きびすを返した。


「......うん。だと思った」

「え?」

「だって一緒に生活を始めたばかりの頃、記憶喪失なのに俺のこと同年代くらいって言ってたから。なんか変だなぁって、ずっと引っかかってた」


 記憶を失えば自分の年齢だって当然覚えていない。

 なのに彼女は自分と同じくらいの年齢じゃないかとはっきり言った

だがそう嘘をつかざるを得ない事情があるものだと、そこまで深く追求することはしなかった。


「決定的になったのはこの前、店に様子がおかしい奴が来た時。凛凪さんの表情、怖さもそうだけど、何か気まずさみたいなものも感じて。これはもしかするとやっぱり......ってね」

流石さすがは店長様。人間観察が常人より優れていますね」

「あんまり誇れた特技じゃないけど。人生を積み重ねて行く中で自然と身に着いた習性かな」


 生きるすべとして幼心おさなごころが身に着けたものが、大人になってもこうして役に立っている。

 どんな経験でも人生に無駄なんてないんだなと、30歳に入ってからようやくわかった気がする。


「......では、記憶を失っていないのではなく、『記憶が消えない』と言ったら驚いていただけますか?」

「......どういうこと?」


 凛凪さんの言ってる意味がわからず、問いで返す。


「プラーナ切れから72時間が経過しても、記憶がそのまま残っているのです。それも一度や二度ではなく、常態化として」

「それってつまり......」


 72時間のデッドラインを切っても記憶がリセットされない――錬成人間ホムンクルスが先天的に持つデメリットの一つを持っていない――それは凛凪さんが他の錬成人間より限りなく人間に近い存在になっていることを示している。

 そんなことがあり得るのか?


「その辺りも含めて、お風呂から上がったら和人かずとさんにお話しがあります。なのでその......脱衣所から出て行っていただけるとありがたいのですが」

「......ああ! 痛ッ!? ごめん!!」


 気になるあまりどんどん浴室の扉に寄ってしまったのがバレてしまったらしい。

 曇りガラスでぼやけていても女性にとっては恥ずかしいことに変わりはない。

 咄嗟に後ろに下がって腕を洗濯機にぶつけてしまいながらも、俺は凛凪さんの言う通り脱衣所をあとにした。






 10分ほど過ぎた頃だろうか。

 凛凪さんがシャワーを浴び終わりリビングに戻ってきたのは。


 その間に俺は有坂さんに連絡を取り、今日は戻れそうにないので閉店作業を任せる旨を 伝えた。

 突然理由も告げずに抜けたことを大層怒っていたが、こちらの設定上の彼女絡みだと思い込んでくれたのは助かった。

 嘘もたまにはいい意味で人の役に立つ。


『あのぅ、良かったらこれを凛凪さんに飲ませてあげてください。とても気分が落ち着きますので』


 アパートに着くなり一旦隣のお姉さんの部屋に行っていた一ノ瀬さんは、救急箱の他に凛凪さんのためにとハーブティーのティーパックを持参してやってきた。

 俺たちのせいで急遽姉の部屋で一晩泊まる彼女は、条件としてこれから夕飯の支度をしなければいけないらしく、いそいそと隣の部屋へと戻って行った。

 迷惑をかけたお詫びにと、我が家の冷蔵庫から持っていかせた食材と共に。


「ありがとうございます......カモミールですね」

「よくわかったね。一ノ瀬さんがリラックス効果があるから、極度の不安や緊張の時はこれがいいって、わざわざ救急箱と一緒に持ってきてくれたんだ」

「そうでしたか。詳しいというより、実家でよく飲んでいたもので」


 記憶喪失の錬成人間の口から出た実家という単語――その顔は薄く笑みを浮かべ、手を触れれば簡単に壊れてしまいそうな儚さを漂わせていた。


「......で、凛凪さん。俺に話したいことって言うのは」

「はい......私がこれまでどんな風に生きて来たのかを、和人さんにどうしても聞いていただきたくて」


 ――ついにこの時が来たか。


 思っていたより、それは随分と早くやってきた。


 覚悟を決めた凛凪さんの碧眼へきがんは真っ直ぐ俺を捉え、返事を待っている。

 シャワーを浴び水気を含んで普段よりふわっと膨らんだ金髪。

 目鼻立ちが整い、まるでこかの令嬢と言われても納得してしまうそのスタイル――そんな彼女が俺と出会う以前にどのような歴史を歩んできたのか――それが俺の一言によって解放されてしまう。


「............うん。わかった。話してみて」


 誰かを助け支えることは責任を伴う。

 これは凛凪さんをあの電柱の下で拾った、俺の使命だ――そう言い聞かせながら、真実を知る怖さを抑え込み、ゆっくりと頷き答えた。


 そして凛凪さんは目を瞑り語り出した――錬成人間として生まれ歩いてきた、人の欲望にもてあそばれてきた道のりを――。

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