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第27話【発覚】

 倒れた一ノ瀬さんを凛凪りんなさん一人に任せておくわけにもいかず、俺は彼女を介抱すべく部屋へと運んだ。

 有坂さんには『悪い。一時間くらい遅れるから開店準備よろしく』とメッセージを送信し、さてどうするか......。


「どう? 少しは落ち着いた?」

「はい......」


 リビングの座布団の上にペタンと座り込んだ一ノ瀬さんの顔は、まだ紅潮を帯びている。

 凛凪さんが淹れてくれた温かいお茶のおかげで、まともに喋れる思考は取り戻してくれた。


 そんな気配りの化身の彼女が、今度はお茶請け皿をテーブルの中心にそっと置き俺の隣に座った。


「大したものはございませんが、宜しければお煎餅なんかもございますので」

「あ、これそこの商店街のお煎餅屋さんで売ってるやつですよね」

「はい。よくご存じで」

「私、この揚げせんべい大好きなんですよ。一般のお店で売ってる物より一個が私の手の大きさくらいの四角で。六等分にして割って食べるのが好みなんです」

「六等分の黄金比率までご存じとは。四等分だと気持ちちょっと大きい。味もちょっと濃いめなので必然的にやはり六等分がベストな比率なんですよね」


 意気投合してお互い揚げせんべいを手に取って実演し始めた。

 こちらの気も知らず、凛凪さんのマイペースには頭が痛い。

 やはり俺がどうにかするしかなさそうだ。


「二人とも、揚げせんべいの話で盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、そろそろ本題に入っていいかな。俺このあと仕事行かなきゃだからさ」


「そうでした。申し訳ございません」

「隣の部屋の人って、もしかして一ノ瀬さんのご家族?」


 隣は先月の初めくらいに引っ越してきていて、確か凛凪さんと見た目同年代っぽいような若い女性が一人で住んでいるはず。


「はい。姉が先月から一人暮らしを始めまして。昔からだらしないところがあって、たまに様子見も兼ねてこうして掃除やご飯を作ったりしに来てるんです」


「一ノ瀬さんはお姉さん思いなんですね」

「そんなことないですよ。種崎さんこそ、どうして店長のお部屋に? 見た感じ一緒に住んでいる雰囲気が......彼女さんは?」


 指で揚げせんべいをにぎにぎしたまま、一ノ瀬さんは部屋を見渡しそう言った。


 雑多に散らばっておらず、掃除しやすいよう綺麗に片づけられた室内。

 テーブルの端にちょこんと置かれた観葉植物。ダメ押しに自分の領域と言わんばかりにキッチンでお茶の準備をしていた凛凪さんを見られてしまっては、もう誤魔化しようがなかった。


「そのことなんだけど......」


 覚悟を決め、俺は凛凪さんとの馴れ初め。

 彼女は過去の記憶一切を失っていること。

 そして俺に同棲中の彼女等いないことを、全て正直に話した。


 知り合ってまだ三ヶ月たらず。

 仕事中の一ノ瀬さんの人柄を見込んでの、イチかバチかの賭けに、とにかく無我夢中で説明する。


「――というわけなんだけど、わかってくれたかな......って、一ノ瀬さん?」

「......なんで」


 俯き小さくこぼした声が小刻みに震えている。

 俺がやったことを考えれば減滅されるのも無理はない。

 問題はここからどう説得しようかと思いきや、


「なんでそんなドラマチックな展開教えてくれなかったんですか!」

「......えっ?」


 顔をあげた一ノ瀬さんは目を爛々と輝かせ、テーブルに身を乗り出し訴えてきた。


「記憶を失った錬成人間ホムンクルスと冴えないサラリーマンとの運命的な出会い......まるで漫画みたいな物語の始まり......私、ときめきます!」


「突っ込むところそこなの? 倫理的に怒られるかと」

「店長は種崎さんを救った恩人じゃないですか。例え倫理的に引っかかる行為でも、一つの命を救ったことを誰も責めたりしません」


 そう言われるとなんだが俺の心が少し救われた気がし、頬が緩む。

 千里とは考え方が雲泥の差なのは、ご両親の教育の賜物たまものかもしくは一ノ瀬さんの生まれ持っての性質なのか。

 いずれにせよ面倒ごとは回避できそうで、肩の荷が気持ち楽になった。


「でもメイドとして住まわせてあげるなんて。店長もわかってますね」

「言ってる意味がよくわからないな」


 くすぐったさを含んだ視線に、顔を横に背け受け流す。


「一ノ瀬さん。正確にはメイドではなく家事手伝いです」

「そんなのは制服を着ているかどうかの違いだけです! 極論、女の子が男性の家で家事をする時点で私はメイドだと思っています」

「とんでもねぇ偏見だな、おい」


 一ノ瀬さんが口を開く度に、俺の中の座敷童ポジションだったイメージが音を立てて崩れていく。

 高校を卒業したばかりの年相応らしい若い女の子ぜんとした素がそこにあった。


「とにかく、店では俺と凛凪さんのことは黙っておいてもらえるかな」

「もちろんです。お二人の邪魔をするほど私、腐ってはいませんので」

「助かるよ」


 好みに『腐』が付いていそうな点はこの際スルーしておこう。 


「ところで一つに気になったのですが」

「何だい?」

「なぜ同棲中の彼女がいると嘘をついたのですか? 店長に彼女がいなくても誰も不思議とは思わないでしょうし」

「......俺、そんなにモテない顔してる?」 「違います! そんな時期もあるという意味でですね!」


 両手を前に出し慌てて一ノ瀬さんは否定する。

 そういやこの子、さっきさり気なく俺のことを『冴えないサラリーマン』と表現してたな。

 どうせ10代から見た30のおっさんなんかそんな生き物ですよ。

俺も全てを正直に話したと言っておいて、年齢=彼女いない歴までは話していないからお相子にしといてやろう。


「まぁいいや。さて......俺はそろそろ仕事に向かうとするよ。今日は平日でスタッフの層も薄いし、有坂さんにあんまり負担かけさせるのも悪いからね」


 立ち上がって一度脱ぎハンガーに通した上着を再び羽織った。

 壁に掛かった時計の針はもうすぐ午前10時半を示している。

 今から向かえば通勤ラッシュも回避でき、午前中のうちに両替にも行けそうだ。


「すいません、私のせいで」

「こっちこそ気にしないで。良かったらゆっくりお茶でも飲みながら凛凪さんの話相手になってあげてよ」

和人かずとさん。その言い方は、まるで私がいつも家に一人でいる時は寂しそうにしていると受け取れますが」

「そんなことないよ。凛凪さんは毎日一生懸命家のことしてくれてるんだから。たまには仕事を忘れてのんびり息抜きするのも大事だよ」


 不服そうな表情で頬を膨らませ抗議する凛凪さんが子供みたいで可愛い。

 これからは店でも働くことになったのだから、彼女には休める時に休んでもらいたい。


「お二人......なんだか素敵な関係で羨ましいです」

「はい。和人さんは私のご主人様です」

「ふぇっ!?」

「ちょっ! 凛凪さん!?」

「ふふ。言い方を間違えてしまいました。ほら、早く仕事に向かわないと有坂さんや他の方々にご迷惑がかかってしまいますよ」


 仕返しにと告げた言葉は、俺よりも一ノ瀬さんに効果は抜群だったようで。

 脳内で何やら妄想しながらゴニョゴニョ呟いている。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、俺は凛凪さんに見送られながら家を出た。

  階段を降り、数歩歩いたところでふとアパートの方をきびつを返す。

 一難去ってまた一難。 千里を上手く説得できたと思えば、今度は職場の身内にバレてしまった。

  口外しないと言質げんちを取った以上、あとはもう一ノ瀬さんの人柄を信じるしか手立てはない。


「......仕事行こう」


 休日組二人を部屋に残し、社畜は今日も売り上げとみんなの生活を守るために頑張るのだった。

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