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第26話【嫉妬】

 平日の夜8時ともなれば帰宅ラッシュもそれなりに落ち着き、駅のホームはそこまで人で溢れてはいない。


 だがそこは秋葉原。

 トートバッグの透明な表面に推しと思われるキャラの缶バッジを何十個も魅せるように収納している人たちが多く見受けられる。

 属に言う『痛バッグ』だったか確かうちの店にもそれで通勤してた人間が過去にいたな――と、そんなことはどうでもいい。

 問題は凛凪りんなさんだ。


「...........」


 俺とは待機列の先頭、間を挟んで横に並ぶ凛凪さんとは、店を出てから一言二言程度しか言葉を交わしていない。

 仕事中も朝を除き、どうも不機嫌というか他人行儀な態度をとられてしまい一日中落ち着かなかった。


 おまけに本社に提出する用の書類は何度も書き損じするわ、情報好きな有坂さんからの追求に凛凪さんがぼろを出さないよう横でいろいろフォローに回ったり――マジで疲れた。顔には絶対出さないが。

 やっぱり凛凪さん的に、想像していた仕事と違うから怒ってるのかな?

 だったら早いところ詫びの一つでも入れないと今後の関係に影響が出かねない。


「......嫌だったら、遠慮せずいつでも断っていいからね」

  極力冷たい言い方にならないよう、疲労する頭をフル回転させて声をかけた。

 凛凪さんは酷く驚いた様子で振り向く。 「......え? 違います! 私は決して和人かずとさんのお店で働くのが嫌では」

「じゃあどうして、その......怒ってるの?」

「怒ってる? 私がですか?」

「そう」


 キョトンと自分で自分を指さしながら小首を傾げる凛凪さん。

 アレ? 外した?


「......多分嫉妬しているのかと。なんだか和人さんと有坂さんが仲良くされているのを見ていたら私、胸の奥がモヤモヤして」


 胸に手を当て、確認するかのようにゆっくり告げる。


「そこには私の知らない和人さんがいて、勝手に盗られた気になって......人間だからいろんな一面を持っていて当たり前なのに......お恥ずかしいです」


「恥ずかしがる必要はないよ。そういう凛凪さんも、普段とのギャップ萌えってヤツ? 子供っぽくて可愛いと思うけどな」

「もう......からかわないでください」


 たどたどしくも自分の言葉で語ってくれた凛凪さん。

 嫉妬してくれるほど俺のことを意識してくれている......それってつまり、少しは 大事な存在だと思われてるって解釈してもいいんだよな?


 その確たる証拠が、今日一日の疲れから俺を解き放って余りある元気を与えた。


「良かった。俺、凛凪さんに無理矢理働かせているんじゃないかって、もうずっと心配で」

「申し訳ございません。変な誤解を与えてしまったようで」


 無事に元の凛凪さんに帰ってきたところで帰りの電車がホーム上に侵入し、降りる人を優先してから車内へと乗り込んだ。


「指、荒れてない? ひたすら掃除ばかりの仕事で疲れたでしょ」


 つり革に体を預け、スマホの位置ゲーを自動モードに切り替えると、ようやく初出勤の感想を訊いてみた。

 凛凪さんは開かない側の扉を背にし、乳白色の細い指は手摺てすりを包み込む。


「お気遣いありがとうございます。普段から手荒れ対策は行っていますので大丈夫です」

「さすがは我が家の家事担当。心強い」

「ふふ、恐れ入ります」


 電車内なこともあって声のトーンを通常より落として会話する俺たちは、秘密のひそひそ話をしてるみたいで不思議な気分。


「掃除は全然苦ではなかったですね。天性? のものなのでしょうか。頑固な汚れが自分の 手で綺麗になっていく過程を見るのが私、結構好きみたいです」

「そう言ってもらえて何よりだよ。ほとんどの人はあの掃除の作業で嫌になってリタイアするからさ」


 入ってきたばかりのアルバイトが最初に直面する問題。それが『掃除問題』だ。


 レトロゲーム専門店だけでなく、どこの古物取扱店の仕事もメインは掃除。掃除。ひたすらに、掃除。

 いくら面接で強調して言っても、体験してみないことには理想と現実のズレに誰も気付いてはくれない。

 ほとんどの新規採用者は初日この問題につまづき、一日でバックレる。

 だから俺が採用する上でもっとも重要視しているのは、最低限愛想が良く、尚且つ地味で辛い清掃作業を黙々と集中してできる人材。

 知識なんてのはやってれば自然に身に付く。


「確かに人によっては合う合わないが大きいかもしれませんね。小さな虫の死骸なんかが付着しているものもありましたし」

「マジ? 初日だからあんまり汚れが酷いのは避けるよう用意させたんだけどな」

「お気遣いはありがたいのですが、遠慮なんていりません。次からは他の方と同等のレベルでお願いします。でないと助っ人の意味がありませんから」

「了解」


 唇をおちょぼ口に尖らせ注意されてしまった。

 知り合いとしてのいらないお節介がかえって凛凪さんを不快にさせてしまうとは。

 今後気をつけねば。


「和人さんの言う通り、本当に外国人のお客様が多いのですね。日本人のお客様も全くいなかったけではありませんが、両手で数えられるくらいにしか」


「ね。言った通りでしょ?」

「しかも商品を買われたお客様のほとんどはとても嬉しそうで」

(うち)が目的でわざわざ日本までやって来る人たちがいるくらいだから。こっちもそういう人を見ると無条件で嬉しくなっちゃうよ」

「私もです。幸せのお裾分けというやつですね」

「上手いこと言うね」


 仕事帰りに凛凪さんと、こうして今日の仕事の話を分かち合いながら電車に揺られ帰る――家で夕食を囲んで団欒する幸せとは、また違った幸福感が俺の心を包み込む。


「明日も仕事だけど、今夜はビールでも開けちゃおうかな?」

「あんまり飲み過ぎないでくださいね」

「大丈夫。飲み過ぎても凛凪さんがいるから朝起きれない心配はないし」

「そうですが......それは信頼されてると受け取ってもよろしいのでしょうか」

「もちろん」


 窓から映り行く建築物の照明たちをバックに、凛凪さんがクスクスと優しく微笑む。

 客観的に見たら胸焼けしそうな歓談を最寄駅に着いてからも続け、俺たちは家路に着いた。






 翌朝。

 今日も凛凪さんに起こされる最高の朝を迎え、仕事に向かおうと家を出て数歩歩いた時だった。


「あ、今日ゴミの日じゃん」


 路上のゴミ捨て場に放置されている沢山のゴミ袋の塊が目について足が止まる。


 ――間に合わないといけないから、今のうちに俺が捨てておくか。

 そう思ってUターンした、その時だった。


「お姉ちゃん、私そろそろ帰るね。ちゃんと朝ご飯食べないとダメだから......え? 店長!? なんでこんなところに!?」

「それはこっちのセリフだよ! なんで隣の部屋から一ノ瀬さんが!?」


 隣の部屋から出てきたのは良く知った座敷童......ではなく、アルバイトの一ノ瀬 さんだった。


 「待ってください和人さん! お弁当忘れて......あら? 一ノ瀬さんではありませ んか。おはようございます」


「ふぇっ!? 種崎さん!? 種崎さんは店長の従妹ででも店長は恋人と同棲しててその部屋から種崎さんが出てきたということはつまりその.............ふしゅぅ」


 頭から煙を出す勢いで膝からその場に崩れ落ちる一ノ瀬さんを慌ててキャッチする。


――これはもう、いろいろ終わったかもしれん――。

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