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第25話【初出勤】

 凛凪りんなさんを職場で雇うに当たり、いくつか設定を決めておかねばならない。


 まず俺との関係は無難に母方の親戚とし、年齢は22歳。

 働く理由としては、帰国子女の彼女の就職先が決まるまでの間とする。

 他に漏れがないか入念に何度もチェックを重ねたあと、最後に俺が職場では凛凪さんが来る以前より彼女と同棲中の設定であることを伝えた。


 凛凪さんは「何故そのような嘘を?」と小首を傾げながらごもっともな疑問を口にしたが、その辺は「男の尊厳のため」と真面目な顔で遠くを見つめお茶を濁した。

 魔法使いの事情なんか知らなくていい。


 何はともあれ経理部からの了承も得ることができ、週明けから短期契約として出勤してもらう運びとなった、当日。


「このフロアの朝の売り場メンテナンスは大体こんな感じです。ここまでで何かわからないことはありますか?」


 試用期間が過ぎ晴れて正式にアルバイトに採用された一ノ瀬さん。

そんな彼女に早速凛凪さんの教育係を任せてみた。


「いえ、大丈夫です」

「種崎さん、メモ取るの早くて羨ましいです。私なんか遅いうえに焦って書いちゃうことが多くて。あとで読み直すと毎回解読できない箇所があって」

「わかります。書いてる時は頭でしっかり理解しているのに、時間が経つと何のことかさっぱりわからなくなってしまいますよね」


 教わる側の凛凪さんより、教える側の一ノ瀬さんの緊張の方が傍から見ていて伝わってくる。が、凛凪さんと会話を何度か交わしている内に段々とほぐれ、実務も兼ねた開店作業の説明を終えた頃には自分の話を交えられるくらいの余裕が出てきた。


 ちなみに千里ちさととの初対面時に名乗った嘘苗字である『種崎たねざき』をここでも採用させてもらったのは言うまでもない。


「いやー、美少女が美少女に仕事を教える......眼福ですな......」

「お楽しみ中のとこ申し訳ないんだけど、ボチボチ手を動かしてもらえると嬉しいんだけど」


 自分だって二人とそこまで歳が離れていないであろう有坂さんは、開店してからずっとこの調子だ。

 レジカウンターの中で二人のやりとりを腕組しながら見守り、幸せそうに何度もうんうんと頷く。


「マジなんなんスか! 今年に入ってこの店は座敷童に今度は天使! 和洋の癒しキャラ勢ぞろいじゃないッスか!」

「うん。わかったからそろそろ仕事しようか」

「これはもういちのっちゃんには浴衣、天使様にはメイド服でも着せて接客させましょうよ! 店長権限使って!」

「さり気なく勝手にあだ名を付けるんじゃないの。あとそれセクハラだから」

「えー。いいじゃないッスかー。ダメージ受けるのはてんちょーだけ。ウィンウィンのどこがダメなんッスか」

「さも正論かのように言ってるけど一人勝ちなんかさせねぇよ? 当店はあくまでレトロゲーム専門店。その辺のメイド喫茶やコンカフェみたいな道に走ってどうすんの?」

「......ちっ」


 唇を尖らせそっぽを向く有坂さんにも困ったものだ。

 この子も変に個性的なファッションを丸出しにしなければ、二人に及ばないにしても結構可愛いと思うのは、口が裂けても言わないでおこう。


「種崎さんへの開店作業の説明終わりました。......あのぅ、何かありました?」


 騒がしい俺たちを戻ってきた一ノ瀬さんが、純粋無垢な瞳を向け不思議そうに訊ねる。


「いいや。気にしないで」

「いちのっちゃんや種崎さんはコスプレが似合いそうだなって話」

「コラ。余計なこと言わない」

「はぁ」


 ほら見ろ。微妙な顔をしてしまったじゃないか。

  一ノ瀬さんは何事にもオープンな有坂さんと違い、野郎どもの好奇の視線には慣れていないのだから。

 試用期間も終わりさぁこれから! という将来有望な人材との距離を離れさせるような言動はつつしんでもらいたい。


 「かず......店長様と有坂様は大変仲がよろしいのですね」


 一ノ瀬さんの後ろから様子を静観していた凛凪さんが、ぼそと呟いた。

 さり気なく平坦に言ったはずのその言葉は、俺にはぞくりとする冷たさを含んだものに聴こえ、心なしか湛えた慈しみの笑みにも有無を言わさない圧を感じる。


「なんだかんだてんちょーとは店長になる前からの長い付き合いだし。こんなもんでしょ」

「付き合いが長いと、そんなフランクになれるものなのですね」

「その辺は相手によるかも。なんていうか、てんちょーっていい意味で気を遣わなくてすむんッスよ。別にナメてるとかそういんじゃ決してナシに」


 おそらく語彙力の低い有坂さんなりに褒めてくれてのことだろう。

 ただ凛凪さんの横からはゴゴゴという擬音が文字としてくっきりと現れ、俺にさらなる プレッシャーを与える。


 「い、一ノ瀬さん! 上のフロアの紹介がまだだったよね! ついでだからこの機会にお願いしていい?」

「あ、はい。わかりました」 気まずい空気感に一人勝手に堪え切れず、俺は一ノ瀬さんに新たな指示を出し二人を見送った。フロアの入り口を通る瞬間、目が合った凛凪さんの碧眼へきがんの奥は、表情とは裏腹に全く笑っていなかった。


 ――もしかしなくても凛凪さん、怒ってらっしゃる?

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