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第21話【密談】

凛凪りんなさんとのこと、ありがとな」


千里ちさとの運転する車が都心方面に走り出して間もなく。凛凪さんがいる手前、言いづらかった感謝の気持ちを口にした。


「勘違いしないで。私はこれ以上面倒ごとを増やしたくないだけ」

「だとしても助かるよ」


 このツンデレめ。視線は前を向いたまま。

 でも声が幾分上擦っているのを俺は見逃さなかった。


「子供じゃないんだから。いい大人になっても干渉してくるなんて。毒親にも困ったものね」

「パラサイトだったか、真の毒親は子供が成人しても自分が死ぬまで一人暮らしさせてくれないっていうからな」

「......待って。それって私のことじゃない?」


 運転中でも感は鋭い千里。

 できれば鋭いのはその感だけにしてほしかった。曲がった先、横断歩道をベビーカーを押して渡る女性の顔が千里の顔を見るなり急に小走りで駆け抜けた。


「気楽なもんね。寄生の度合いが緩い人間は」

「これで興味まで無くなってくれるとありがたいんですがね」


 俺も千里も母さんが毒親である共通認識は持っていても、受ける毒の濃度はそれぞれで全く異なる。

 高校時代に大きな問題を起こした俺は卒業後、半ば追い出されるように一人暮らしを開始。かたやいい加減実家暮らしを抜け出したい千里は、いつまで経っても蜘蛛の巣から出られずにいる。

 期待されていない人間と期待されている人間の差だ。


「試しに何か盛大にやらかしてみたらどうだ」

「私に和人かずと真似事まねごとをしろと? やめてよ。そんなことしたら最悪母さん死んじゃうじゃない。実家暮らしから檻暮おりぐらしに引っ越しなんて御免よ」

「冗談だよ。誰も俺のマネをしろだなんて言ってないだろ」


 千里は母さんとの関係を悪化させてまで、一人暮らしをする勇気も気概もないのを俺は知っている。

 俺は運良くあの家を抜け出せたが、自分の跡を継いでほしいと願う母さんは、何が何でも目の届く範囲に置きたがるだろう。

 自分勝手でお腹を痛めた子でさえ道具として利用する。母さんはそういう人だ。


 「――全体の約20パーセント」


 会話のネタに詰まって窓の外を暫くぼんやり眺めていたら、千里が何やら謎の数字を述べてきた。


「ん? 俺、そんなに体脂肪率高くないぞ? 確かに凛凪さんが家に来てから少し太ってきた自覚はあるが」

 「誰があんたの体脂肪率だって言った。今現在での錬成人間ホムンクルスの行方不明者の数よ」


 俺のボケにも表情は一切崩さず、ハンドルの操作をしながら続ける。


「随分いるんだな」

「理由は犯罪に巻き込まれる件と、あともう一つが家族に馴染めずに家出したり。国は錬成人間のイメージを守るために情報統制してるみたいだけど」


 反社会的組織が一部の趣味の悪い好事家こうずかに売りつけるため、女性の錬成人間ばかりを狙って誘拐している――という話は一時期SNSのちょっとした噂にもなったので俺も知っている。が、全体の約20パーセントも行方不明者が存在するのは初耳だった。


「そのどちらに凛凪さんが当てはまるのかはともかく、あまりいい過去は持っていないことは覚悟しておくことね」

「んなもん、とっくに覚悟はできてるよ」

「そう。ならいいけど」


 千里にちょっとだけ嘘をついた。

 覚悟を持ったのは今日の日付になりかけた昨夜のことだ。

 自分の独善欲を満たす都合の良い相手としか凛凪さんを見ていなかった俺の、ラブホテルでの決意表明。

 どんな過去があろうとも、俺はあの明るい癒される笑顔で送り迎えてくれる凛凪さんを信じる――それが無力な俺に唯一できる、凛凪さんしてやれることだから――。


 「母さんには黙っといてあげる。その間に凛凪さんを口説き落として本当の家族にしなさい」

「おいちょっと待て。だから俺と凛凪さんはそういう関係じゃ」

「今は、ね。あんたの凛凪さんに向ける視線、もはや単なる同居人に向けるそれじゃないのを自覚したら?」

「......どういう意味?」


 俺は凛凪さんをやましい目で見たことは一度も無い。

 強いて言うなら守ってあげたい、聖女のような存在として接してきた俺には、千里の言うそれが何を指しているかの具体的に理解できないでいた。


「愛にもいろんな形があるってこと。この辺でいいでしょ。あんまり駅前が近いと観光バスが多くて停まりにくいのよ」


 末広町から秋葉原方面に続く中央通りを少し走り、千里は車を端に寄せて停車した。


「むしろここの方が職場に近くて助かる。いろいろとありがとな」

「どうしたしまして」

「じゃあまた来月」


 手短に別れの挨拶を済ませ、千里の車は電気自動車特有の静かな走行音を発し、会社のある神田方面へと走り去って行った。

 家から秋葉原の職場までの通勤時間は電車で約40分。車もほぼ同じ時間だが、通勤ラッシュや突発的な人身事故を回避できるのは精神的にありがたかったりする。

 今度から千里が泊まりに来てる間は今日みたいに送ってもらうか。宿代として。


ビル街を貫く中央通りの隙間から見える空は蒼く、地上の喧騒とは対をなすように透き通っていた。

 蓋を開けるまでもなく激動だった千里を交えた一週間の三人暮らしは、こうして幕が下りた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!m(_ _)m

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