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06 はじめてのおやすみ

 


「お嬢様に似合うドレスを作ってみせますね、それでは失礼します!」


 満足気なドレスデザイナーを玄関で見送り、扉が閉まった後リュシーは小さなため息をついた。先程まで結婚式のドレスの打ち合わせをしていた。


「どうしました?ドレス、気に入らなかったですか?」


「いいえ、とっても素敵よ」


 エルザの問いに答えながらリュシーはリビングに戻る。

 テーブルに置いてあるのは完成したデザイン画だ。花をモチーフとしたレースが幾重にも重ねられたAラインのドレスだ。前から見ると清楚で上品だが、後ろから見るとロングトレーンが華やかで印象が異なる。素敵なものが出来上がるだろう。


「ドレスの打ち合わせが終わってしまったら、することが本当に何もなくなるのよね」



 リュシーは毎日暇だった。


 貴族に嫁いだなら、やるべきことは知っていた。

 毎日のように夜会に参加して、日中は他のご夫人とお茶会をして情報交換をしたりお礼の手紙を書いたり、新しいドレスやアクセサリーを準備して。社交界から夫の評判をあげられるように。

 それから領地経営の手伝いもできるように知識もつけていた。


 しかしアクセルが舞踏会に参加するのは、王子護衛としてのみ。領地も持っていない。ドレスを新しく作ったり、アクセサリーを集めてもこの狭い家と城下町ではとても似合わない。

 持ってきたお気に入りのドレスは使わないまま、物置部屋に置かれているだけだ。



「それじゃあ今から私と城下町にでかけましょうか?」


 エルザが明るい声で提案した。


「でも……」


「夜とは違って日中は大丈夫ですよ、私は危ない場所も知っていますから」


 まだ午前、今日も時間はたっぷりある。エルザの楽しげな口調に誘われてリュシーは家を飛び出すことに決めた。



 ・・



 予想以上にリュシーは楽しんでいた。いや、予想は何もできていなかったのが正解か。

 田舎の領地でのんびり暮らし、先日デビュタントを済ませたばかりのリュシーは外の世界を知らなかったから。


 いつもは自宅にデザイナーや宝石商がやってきて、リュシーの全身をコーディネートしてくれていたが、既に並んでいる洋服から自分の好みを探し出すことの楽しさを知る。

 華やかなドレスたちよりも仕立て屋にあるシンプルなドレスのほうがここでの暮らしには合っている。オーダーメイドも出来るようで、リュシーは再訪問の予定も立てた。

 街で宝石を見せびらかすわけにはいかないが、雑貨屋にある髪飾りであれば毎日つけることもできる。高価な石はついていないけれど美しい細工だ。


 これから王都で、騎士の妻として、過ごしていくのだ。

 侯爵令嬢のドレスや飾りを脱ぎ捨てて、新しいものを身につける。それだけで新しい自分になった気がした。


「お嬢様、あそこの菓子屋は評判がいいので買って帰りましょうか」


「ええ。そのお店の隣はなにかしら?人が多いわ」


「あれは宿屋なんですが、ルイ王子の奥様のご実家なのだそうです」


「まあ!そうなのね!」


「あの宿に泊まると恋愛のご利益があるとかで人気だそうなんですよ。カップルで泊まる方もいらっしゃるとか」


 平民から妃になるだなんて夢がある。恋に夢見る女性の気持ちはリュシーもよくわかる。

 私もアクセル様と泊まったら、恋人のようになれるのかしら。そんな考えがチラリとよぎりリュシーは慌ててかぶりを振った。



 ・・


 夜は好きだ。


 あれからアクセルは帰宅が早くなった。使用人たちが帰る前には帰宅し、時には共に夕食を取ることもできた。

 きっと心配をかけているのだわとリュシーは思った。帰宅はするけれど仕事はたんまりあるようでずっと書類とにらめっこしているから。持ち帰ってくれているに違いない。

 あの日から、部屋にこもらずにリビングで仕事をしてくれている。



 リュシーはリビングで小説を読んだり、刺繍をしたり、つまり日中と変わらずたいしてやることはないのだが、夜の時間が好きだった。


 暗い夜に灯る電気、ペンを走らせる音、コーヒーの匂い、淹れてくれるホットミルクのあたたかさ。

 ダイニングテーブルに座るアクセルと、ソファに座るリュシー。寄り添って過ごす夜ではないけれど、共有する時間は優しかった。

 眠る時間までリビングで過ごし、眠る時間になれば二人で二階にあがる。


 あの日以降、同じ部屋で眠ることはない。

 その代わり、リュシーの部屋の前でキスをすることが日課になっていた。

 治療として、キスをする。それだけのキスだ。

 恋人にするようなものではない。子供にするような、挨拶でするような、そんなキスだ。


 きっと少しずつ家族にはなれているのだ、それは自惚れではないとリュシーは思う。

 同じ未来を共有することも許されている。

 でもそれだけだ。恋人のような夫婦になれるとは、リュシーはとても思えなかった。



 ・・


 翌朝、リュシーより遅く起きてきたアクセルは珍しく制服を着ていなかった。珍しくどころか共同生活で初めて見た。


「おはようございます、今日は特別な任務なのですか?」


 リュシーは朝食を食べているところだった。出勤の時刻は不規則なので朝食はいつも別々に取っている。アクセルもテーブルにつくと、エルザがアクセルの朝食の準備を始めた。


「いや、今日は休暇だ」


「休暇?」


 そういえば引っ越しの日も休暇だったことをリュシーは思い出す。

 あれから二週間一度も休んでいるのを見たことがないので、騎士は休みがないものかと思っていた。


「最近忙しくて休みが取れなかった」


「そうだったんですね」


 エルザが皿を並べ終わってもアクセルは料理に手を付けようとせず、何か言いたげに口を開きすぐに閉じた。


「お嫌いでしたか?」


 並べられたメニューと同じものを先日は完食していたはずだが、リュシーが首をひねると、アクセルは首を振る。


「殿下が休暇を取れと」


「忙しそうでしたものね」


「君と過ごせとのことだ」


「私とですか?」


 アクセルの言葉に驚いたリュシーは聞き返した。


「新婚なのに申し訳無いと殿下から言われた」


 アクセルは気まずそうな顔をリュシーに向ける。連日の勤務で疲れているのかもしれないとリュシーは思った。


「私のことは気にせずゆっくり休んでください」


「いや大丈夫だ、何かしたいことはあるか」


「したいことですか」


 どうやら今日は一日一緒に過ごしてくれるらしい。

 その申し出はもちろん嬉しい。しかし、したいことと言われてもすぐには思い浮かばない。

 せっかくアクセルと過ごせる機会だ、彼を知りたい。そう考えて思いついた。


「いつも通り過ごしてほしいです、それにお付き合いしたいです」


 アクセルといえば仕事のイメージしかない。休暇はどうやって過ごすのだろう。それが一番知りたくて、一緒に共有したい時間だった。

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