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17 はじめてのよる

 


 二人が何度か訪れた王都の公園。その隅にある小さな教会で二人の式は行われる。王子夫妻含む騎士団関係者と親族が訪れるだけの小さな挙式だ。


「本日のリュシー様はこの世の美しさの頂点だと思います」


 いつものようにヘアメイクを行ったエルザは満足げに告げた。

 純白のドレスにアップスタイル。ただ一つ予定と違ったのは、またしてもリュシーの頭にはいくつか花が咲いたことだ。準備の途中、ライラックは顔を出した。


「色も淡くてそれぞれ小さな花なので違和感はない……どころかお似合いですけれど。アクセル様に治療していただきますか?」


 鏡の自分を見てみるが、エルザが花をうまく組み込んだ髪型にしてくれているのでフローラの症状だとは思わない。小さなハート型の花は最初からこのような飾りを予定していたように見える。


「このままにしましょう。この花たち、いつも応援してくれている気がするのよ。今日も見守っていてほしいわ」


「それではそうしましょう。素敵ですよ」


 エルザが言うのと同じくして、リュシーの家族が控室になだれ込んできた。


「リュシー……!」


 久々に会う両親と兄姉は言葉を詰まらせた。リュシーからの手紙で、幸せに日々を過ごしていることは知っていたが、実際の姿を見て安堵したようだ。


「立派になったな」

「本当に。素敵なレディーの顔をしているわ」


 家族の中ではいつまでなっても泣き虫な赤ちゃんのリュシーは、家族の知らない美しい女性になっていた。


「もう何もできないリュシーじゃないのよ」


 リュシーが自慢気な表情をすると「その顔はいつものリュシーね」と言われてしまったけれど。

 家族の助けがなくても、リュシーは自分で居場所を見つけることができたのだから。



 ・・


 バージンロードでリュシーの歩む先にいるのは、不思議な絆で結ばれた相手だ。

 花蜜病でアピスとフローラにならなければ、舞踏会ですれ違うだけの二人だった。助けられて、お礼を言うだけ。それだけの運命だった。

 本当なら決して結ばれることのなかった彼が、リュシーを待っている。


 アクセルに向かってゆっくりと足を進めるだけ、なのだけれど。一歩進む事に胸に大きな花が咲くような気持ちになった。

 誰かに流されて進むのではない、自分の意志でアクセルに向かって歩む。

 一歩ずつ、恋が胸に満ちて広がる。



「わあ……」


 列席者の一人が小さな声を挙げた。不思議なことにリュシーが進んだ後、ロングトレーンから花びらが溢れてきた。自信と愛が満ちてこぼれて、花びらに変わり、彼女の歩んできた道を作り上げた。



 小さな教会だ、すぐにアクセルに行き着いた。

 いつもと同じ穏やかな眼差しに、リュシーも微笑みを返す。


 この人が、私のアピスで、私の大好きな人だ。



 ・・


 リュシーは一人リビングのソファで、アクセルのことを待っていた。


 午前の挙式後、王城の一室でささやかな食事をしてお開きとなった。

 結婚式といえど特別することもない。二人は午後には自宅に戻っていた。


 使用人たちも気を利かせて、二人の夕食の準備と、リュシーの身支度を完了させるとささと帰ってしまった。

 リュシーはウエディングドレスから解放され、エルザが用意してくれた簡易的な白いドレスに着替えている。今日のエルザは誰より張り切っていたに違いない。


「疲れていないか?」


 アクセルの声が後ろから聞こえてリュシーは振り返った。いつものように少しだけ濡れた髪が柔らかくおりている。


「少しだけ疲れました、でも嬉しいことしかなかったです」


「うん」


 一言だけだがアクセルも同じ気持ちなのはもうわかっている。アクセルはリュシーの隣に腰を下ろした、爽やかなシャボンの匂いが漂う。


「そろそろ夕食にしますか?用意してくれています」


 夕日が差し込んできている。少し夕食には早いが、お昼はあまり食べられていなかったしお腹もすいている。


「そうだな」


 アクセルはそう答えるが、すぐに動こうとはせずリュシーをじっと見ている。気まずさを感じてリュシーが立ち上がると、腕をそっと握られる。


「その前に治療しないか」


「はい」


 腕に感じた熱にドキリとしたが、アクセルの表情を見ると純粋に心配してくれているようだ。バージンロードを歩いた時の花びらは、何もしらないゲストを喜ばせたが、アクセルは酷く心配していたのだ。


 軽く引っ張られて、リュシーはアクセルの膝の上に着地した。

 二人の気持ちが結ばれてからの治療は、このスタイルが多くなった。

 リュシーの部屋の前で、気をつけの状態で行っていた事務的なキスがもう思い出せないくらい甘い。


「この恰好はいつも恥ずかしいのですが」


「治療だから仕方ない」


「子供扱いされている気分になります」


「子供扱いなわけない」


 そう言ってアクセルはリュシーの唇を啄んだ。なるほど、子供にするキスではない。

 そして頭の花の確認を始めていく、くすぐったくて身をよじるが、左腕で抱きしめられてもう一度唇を合わされる。


「どうしていつも頭に生えてしまうんですかね」


 髪の毛を掻き分けて指が進んでいくと、いつも落ち着かない気持ちになってしまうからそれをごまかすようにリュシーは明るい声を出した。


「私は花に応援されていると思うんですけどね、今日のバージンロードの花びらたちもそうですし」


「しかし心配だな」


「同化してるわけではないので大丈夫ですよ!涙とか汗みたいに、気持ちが溢れると花に変わってる気もするんです」


「なるほど」


「今日はとても嬉しかったので大量の花びらが出てきたのかもしれません」


 あ、瞳に熱が灯った。とリュシーが思うと同時にまた口付けられていた。リュシーが恥ずかしいと訴えてもアクセルの指は頭皮を撫でていく。


「キスしたらアクセル様にどきどきしてしまうから、逆に取れなくなるんじゃないですか」


 しばらくたって唇が離されたから、リュシーは冗談を言ったつもりだったが、アクセルはそうは聞こえなかったらしい。更に深く口付けられる。

 このキスならば息ができるといえどさすがに苦しくなって、リュシーの頭を撫でる腕をそっと掴んだ。

 アクセルが顔を離し、リュシーを見下ろす。穏やかな瞳は消えている。


「アクセル様は結構キス魔ですよね」


「治療なだけだ」


「治療なんですか?」


 リュシーがジッと見つめると、アクセルはリュシーを抱いたまま立ち上がった。


「わ、」


 以前されたようなお姫様抱っこだ。バランスを崩したリュシーはアクセルの首にしがみつく。


「どこに行くんですか?」


「私の部屋に」


 リュシーは真っ赤になってしがみついた腕をパッと離すが、アクセルの太い腕ががっちりホールドしているからもうバランスは崩れない。赤くなったリュシーにキスを落とした。


「治療するんですか?」


「いや、違う」


 何度もキスを落とす。おでこにするキスや、柔らかく啄むキスや、苦しくなるものも。リュシーも無駄な抵抗は諦めてもう一度首に腕を回した。

 キスを中断してもリュシーが喋らないのを確認したアクセルは歩き始めた。


 狭い家はすぐに目的地に到達する。

 部屋につくとアクセルはそのままベッドに座った。リュシーはもちろん膝の上だ。


 すぐにキスが落とされることを覚悟してリュシーはぎゅっと目を瞑った。しばらくたってもキスをされないので目を開くと、微笑んだアクセルが目に入る。


「今ちょっと笑ってました?」


「いいや」


「子供扱いされたのを感じましたよ」


「可愛いとは思った」


 本当に愛おしそうに頬を撫でながらこちらを見るからリュシーはそれ以上文句を言えない。リュシーが黙ると、途端に甘い雰囲気になるから落ち着かない。


「リュシー」


「は、はい」


「大切にする」


 優しい声と優しい手にくすぐられて、リュシーは少し涙が出そうだ。それは花びらかもしれないけれど。


「キスしてもいいですか」


 リュシーが尋ねた。自分ばかりドキドキさせられているから少しやりかえしたかったのだ。アクセルは少し意外そうに目を見開いてからすぐに細めた。


「ち、治療じゃなくて本当のキスですよ」


 頬を撫でる手を奪って、リュシーは手にキスをした。


「手に?」


「そうですよ!」


 アクセルの大きな手がリュシーの手を奪い返した。ちゅ、と音を立てて小さなキスをリュシーの小さな手にいくつも落とす。

 目をつむったアクセルがキスを繰り返すと、触れるだけなのに肌が粟立って心がざわつく。

 完全に反撃にあったリュシーが固まっていると、アクセルの目が静かに開かれた。その瞳は鋭くリュシーを射抜いた。


 アクセルがキスをしていた手を引き寄せると、リュシーの身体は簡単にアクセルの身体に合わさった。ぎゅっと抱きしめられた状態でもう一度キスが始まる。そのままアクセルがベッドにゆっくり倒れ込み、アクセルの胸に抱かれたままリュシーも倒れた。

 アクセルの身体に全身が乗っかって、ぴたりと密着したままキスは続く。


 何も考えられなくなったリュシーが次に目を開けたときにはアクセルの顔が見下ろしていた。柔らかいベッドがリュシーの脊中を包みこんでいる。


「リュシー」


 優しくて低い声が頭上から降り注ぐ。目と目が合う。リュシーを気遣う色と、焦燥感に駆られた色と、どちらも感じられる瞳が見下ろしている。


「アクセル様、大好きです」


 リュシーの声はもう震えなかった。そっと目をつむると、優しい手が頬を包みこんだことに気づいた。

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