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15 はじめての表情

 


 二人は小道の途中にあるベンチに腰掛けて話すことにした。

 華やかな会場よりも静かな夜が二人には合っている。


「あの、私の勘違いでなければ……アクセル様は私のことを女性として愛してくれているのでしょうか」


 リュシーのストレートな言葉にアクセルはむせた。期待を込めてキラキラの瞳で尋ねるリュシーにアクセルは頷いた。


「君から言わせるなんて本当に格好がつかないな」


 アクセルはごまかすように目の前の花を眺めた。


「それならどうして……」


「君は私との結婚を嫌がっていただろう」


「突然のことでしたし最初は……、誰が相手でも戸惑いますよ」


「君が嫌がっているのはすぐに気づいた。結婚以外の方法もあることを知り、役職につけばそれは可能だとわかった。副団長就任は内示されていたから、それまで結婚式を挙げなければ君を自由にできると思ったんだ」


 リュシーが嫌だと泣き、運命に流されている間にアクセルはそこまで考えていてくれたのだ。どこが真面目しか取り柄のない男だというのかとリュシーは思った。


「一ヶ月で就任する予定が引き継ぎの関係で少し遅くなった。結婚式を遅らせてすまなかった」


「最初から結婚を考えていなかったから、私とそういうことをするつもりはないと仰ったんですね」


「……そうだ」


「私のことを恋愛対象として見ていなかったわけではないんですね」


 リュシーにとって重大なことなので再確認すると「そうだ」と少し拗ねたような声が聞こえてきた。


「それなら安心です」


「君は私のことを父親のように思ってると感じた、だから……」


 アクセルは少し子供っぽい表情で、そんな彼を初めて見た。

 元来の生真面目な性格もあるけれど、リュシーの前では特にそうあろうと思っていたのかもしれない。


「父親だなんてまさか!アクセル様は十つ上なだけなのですよ」


「君が私のことをおじさんだと思っていたことを知っている」


「初めて会う前に思っていただけですよ!でもどうしてそのことを……」


「クレモン領の風景を文章にして読ませてくれたことがあっただろう。その時に別の物も紛れ込んでいたんだ。君が花蜜病を発症した時の感情を綴った紙が」


「えっ、あれがですか!」


 リュシーは小さく叫んでしまった。あれはリュシーの負の感情の塊でとても人には読んでもらうものではない。


「恋愛結婚に憧れていたことも、おじさんなんて絶対嫌だと思ったことも知った」


「で、でも!その後にアクセル様と出会って、予想以上に素敵な方だと思ったことも書いていましたよ!」


「紛れ込んでいたのは一枚だけだった」


「最初の一枚はネガティブなことしか描いていなかったのです!……ごめんなさい」


「いいんだ、もう」


 可視化した感情が、まさか誤って伝わってしまうだなんて!言葉は便利なものだが、恐ろしさも孕んでいることに気づく。

 青ざめたリュシーをアクセルは優しく見つめた。


「それを読んで君を自由にしないといけないと思った」


「そんな……」


「君はいつか誰かの元に送り出さないといけない。しかし君とは毎日キスをしないといけないし」


 アクセルは思い出しながらため息をついて、額を手につけた。苦悩の日々が窺える。


「本当にごめんなさい。でも、私のことを意識してくれていたなんて……相手にされていないと思っていました」


「一線を越えないように気をつけていたから」


「全く気づきませんでした」


 リュシーが目を見開くと、アクセルは穏やかなまなざしを向けてくれる。

 いつものこの瞳、子供扱いだと思っていた。でも違った、これはきっと「愛しい」のまなざしだ。


 嬉しい、アクセルが自分の気持ちをたくさん吐き出してくれることが。アクセルが何を考えているのか知れることが。

 いつもの寡黙なアクセルが嘘のように気持ちが明確に伝わる。話し下手だと言うけれど、きちんとリュシーに届くように今夜はたくさん話してくれている。


「同じ気持ちかもしれないと思ったこともあった」


 再び照れた表情で、彼は目の前の花たちに視線を向けた。


「私は結構わかりやすいタイプだと思うのですが」


「私は女性の気持ちはわからない……そして運命の相手を舞踏会に探しに行きたいと言っていた」


「紛れ込んでしまった紙には書いていましたね」


「舞踏会に誘ったら君はすごく喜んでいただろう。それで……」


 一枚の紙が本当に余計なことをしてくれている。


「アクセル様の妻として皆様に紹介されたかっただけなのですよ、お子様の考えでしょう?」


「私の妻ならば、お気に入りのドレスの出番もあまりない」


「城下町で買うドレスも気に入っていますよ。このドレスを着るのが嬉しかったのは、アクセル様の瞳の色と同じだったからです」


「……そうか、それは知らなかった」


「それは?」


 リュシーが違和感を感じて尋ねると、アクセルは少しためらってから先程の花束を差し出した。


「これは……」


「すまない。昨夜私は君の気持ちを知ってしまったんだ」


「気持ち?……昨夜は嫌な態度を取ってしまってすみませんでした」


「いや、勘違いしていたとはいえ君の気持ちを聞かない勝手な提案だった。怒るのも無理はない。こちらこそすまなかった」


 そこまで言うと少し気まずそうな顔になり


「あの後、君の小説を読んだんだ」と告白した。


「えっ、」


「処分していいと言われた小説がもったいなくて、それで……まさか恋愛小説だとは知らず」


 アクセルはリュシーを窺うようにこちらを向いたが、リュシーは顔が一気に赤くなる。

 だってあの小説は、リュシーのアクセルへの恋心そのものだから。


「ヒロインは舞踏会で中庭で花束とともに告白されていた」


「じゃあこれは」


 差し出されていた花束をリュシーはおずおずと受け取った。この花束はリュシーに用意されたものだったのだ。


「君が参加すると連絡が来て慌てて用意したものだから豪華なものではないが……落としてしまったし」


「それは私のせいですから」


「君が中庭に来るかもしれないと思ってずっとあの場にいた」


 リュシーが告白する前から、アクセルも告白の準備をしてくれていたのだ。胸にこみ上げるものは喜びだ。

 アクセルもほっとしたように笑ってから、思い出したように言う。


「日記は読んでいないから安心してほしい」


 そう言ったアクセルの目線がリュシーの頭上に移動したことに気づく。


「また花が、」


 どうやらまたライラックが咲いたらしい。

 このタイミングで咲くのなら、やはり応援してくれていたのだと思った。きっと祝福してくれているのだろう。


「今から治療してくれますか?」


「やめておく」


「これからは恋人のキスができると思ったのに」


「ここだと人目がある」


「照れますよね」


「いや、君のそんな姿を誰かに見られたくない」


 真顔でサラッと独占欲を滲ませるアクセルに思わずリュシーは笑ってしまった。そんなことすら気にするのに、誰かに嫁がせようとしていたなんて。不器用な人だ。


「そろそろ会場に戻ろうか」


 リュシーの頭に咲く花を触りながらアクセルは言った。せっかく想いが通じたならもう少し二人きりでいたいと思ったリュシーは


「すぐに治療しなくて大丈夫なんですか?」と聞いた。


「すぐには進行もしない、帰宅してからたくさんすればいい。時間はたくさんある」


 アクセルがこんな事を言うなんて。まだまだ知らないアクセルをこれからも知れそうだ。そう思ったリュシーはくすぐったい気持ちになった。


「中庭で花束を渡して告白した。今から私と踊ったあとは、殿下や騎士団に紹介しよう」


「小説の希望を叶えてくれるんですか?」


「私はダンスが苦手だが、それでもいいのなら」


「ぜひお願いします!ところで殿下や騎士団には私のことをなんて紹介してくれるのかしら」


「もちろん婚約者だと言う。君を一人にしたらどれだけ男が寄ってくるか」


 アクセルは立ち上がり、リュシーに手を伸ばした。引き寄せられて立ち上がったリュシーはアクセルの腕に手を添えた。


「小説には書いていなかったと思いますけど、こうしてエスコートもしてほしかったんです」

 

「わかった」


 二人は寄り添い、静かな夜を抜けて明るい会場に歩んでいった。

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