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14 はじめての告白

 


 リュシーは久々の華やかな世界に緊張しながら足を踏み入れた。


 フローラが発覚した前日に参加したのが、最初で最後の舞踏会だ。あれから二ヶ月も経っていないのに何年も前のことのように思える。


 空色のドレスに身を包んだリュシーは美しかった。

 なめらかなウェーブを活かしたシニヨンスタイルは、大人っぽくもありリュシーの可憐さも残るエルザの力作だ。


「お久しぶりです、リュシー嬢。先日ご一緒させてもらった――」


 先日参加した舞踏会で会ったという令息が何人か声をかけてきたが誰一人記憶には残っていなかった。

 貴族社会に戻ってみてわかる、世間的にはリュシーはクレモン家の侯爵令嬢で、未婚の女性のままだ。アクセルがそのようにしていてくれたのだろう。彼は最初からそうするつもりだったのだ。


「あれ以来見かけないのでどうされているのかと思っていたのです、よろしければ本日も一曲――」

「申し訳ありません、人を探しておりまして……」


 リュシーはただ一人、アクセルを探していた。会場を見渡してあちこちあるき回るがなかなか見つからない。

 王子や騎士の姿は見かけたけれど、出席していないのだろうか。いや、真面目な彼が新騎士団のお披露目を兼ねたパーティを欠席するわけはない。確実に会えると思っていたのだけど、少し遅れてしまったからその間に帰宅したのだろうか。



 周りを見渡すと、窓の向こうに中庭を発見した。彼のことだ、華やかな舞踏会よりも夜の中に咲く花でも見ているかもしれない。リュシーは中庭に出ることにした。

 近くまで向かうと大きなガラスの扉は開いていた。その先に広がる中庭は小さいけれど、ランタンがいくつか置いてあり優しい明るさがある。

 まだ舞踏会は序盤だから人気ひとけはなさそうだ。奥の方まで覗いてみるが暗いからよくわからない。アクセルはここにもいないかもしれない。

 それでも一縷の希望を託してリュシーは中庭に降りようとして、


「あ、」


 どうして私は学習しないのかしら、とリュシーが後悔しても遅い。またしても段差に気づかなかった。

 急いでいたこともあり身体はグラリと傾き――。


 バザッ

 何が落ちる音と同時に太い腕で抱きとめられた。


「ありがとうご……」


 既視感を覚えたリュシーが見上げると、そこには愛しい人がいた。


「二度目だな」


 騎士団の制服を着たアクセルが困ったように微笑んでいた。


「二度目、ですか」


「先日の舞踏会でも助けたな」


「まさか、あの時の……!」


 アクセルは驚くリュシーを立たせる。あの時はすぐに立ち去ってしまったが、今日はその場に留まってくれている。しかし言葉に詰まる。

 探していたけれど、突然目の前に現れると動揺してしまう。告白をしようと勇んできたものの、なんと切り出せばいいか。

 リュシーが考えていると、アクセルは何かを拾い上げた。紫と白の花束だ。


「あっ、私を助けるために……すみません」


 先程リュシーが倒れるかわりに落とされたのは花束だったのだろう。傷んでいるようには見えないが、申し訳ないことをした。副団長就任のお祝いにもらったものだろう。


 謝ったリュシーにアクセルは少し気まずそうな顔をする。冷たい空気が流れたのは昨日のことなのだ。もう和やかな二人には戻れないのだろうか、リュシーの勇気が萎みそうになる。


「君さえよければ、少し散歩しないか」


 しかしリュシーより前にアクセルが切り出した。願ってもない提案にリュシーはもちろん頷いた。会場で結婚相手を探してこいと言われてしまえば、さすがにくじけてしまいそうだったから。


 二人は月明かりとランタンだけが照らす中庭を無言で歩いた。暗くて色はほとんどわからないが、豊富な種類が並ぶ花園だ。花を鑑賞しやすいように小さな小道はあるけれど、散歩するほど広くはない。数分もかからないうちにすぐに折り返し地点に到達する。


 このまま会場に戻ってしまえば、二人の時間が終わってしまう。


「アクセル様」


 リュシーは勇気を出して名前を呼んだ。リュシーが立ち止まったことに気づくと、アクセルも足を止めてくれる。


「アクセル様は今夜結婚相手を探せばいいと仰いました。それはアクセル様を含んでもいいのでしょうか」


 静かな中庭にリュシーの凛とした声が通った。


「私のことを子供のように思っていらっしゃることは存じています。ですので結婚は先延ばしにしていただいても構いません。三年も経てば大人の魅力もできると思うのです」


 アクセルは何か言葉を発しようとしたが、リュシーの言葉は止まらず遮る。


「貴族がお嫌でしたら、家事もできるように頑張ります。こちらも三年あれば完璧にします」


「……」


「アクセル様がお一人で暮らしたいと仰るなら、近くに家を借りて住みます。ですので三年――」


「リュシー」


 アクセルが名前を呼んだ、泣きそうな顔に見える。さすがにしつこすぎて困らせてしまったのだろうか。泣いたらだめだ、そう思うのにリュシーの瞳からはなびらがこぼれてしまう。


「ご迷惑をかけないようにしますから。ですから……他の方を紹介することだけはやめていただきたいのです……」


「すまない、もう大丈夫だ」


「アクセル様が私のことを嫌いではないのなら――」


「リュシー」


 こんな風に涙声で自分の意見を続けてしまうから、子供なのだ。だけどこれだけは物分りよくいられなさそうだった。


「すまない」


 返されたアクセルの言葉は喉から振り絞ったような声だった。その声にリュシーには不安が広がっていく。どんな形であれ、愛してくれているならいつものように「わかった」と言ってもらえると思っていた。



「君にそんなことを言わせて申し訳ない」


 アクセルは固い声で話し出した。


「私は君にふさわしい人間ではない。年齢もかなり上だし、一介の騎士で君とは釣り合わない。この通り、面白みもない人間だ」


 リュシーはすぐに反論しようとしたが、今度はアクセルが言葉を続けて遮った。


「私は真面目に働くことくらいしか取り柄はない」


「そんなことは……」


 薄暗い中でもアクセルの顔はよくわかる。彼の表情は真剣だが、不安で揺れている気がした。


「でも君といると、自分に対して明るい気持ちになれるのだ。君はつまらないだけの私を優しいと言う、冷たいと言われる私をあたたかいと言う。君といると知らない私を知る」


「そうですよ!アクセル様はたくさん素敵なところがあるんですから!」


 リュシーが元気よく肯定すると、アクセルは苦笑いした。


「君の素直さと優しさにいつも救われている。解放してあげたいが、本当は君を手放すことが怖いんだ」


 アクセルはリュシーの右手を取って言った。……それはまるで愛の告白に聞こえた。



「手放す必要があるのでしょうか」


 リュシーは左手でアクセルの手を包み込む。


「私は情けないな。君にここまで言われるまで動けない」


「思慮深いのです。私は子供っぽいのでなんでも口に出してしまうだけで」


「私は君のことを一度も子供だと思ったことはないよ」


 リュシーを見下ろすアクセルの瞳が熱を持っている。


「もしかして私たちは話すことがたくさんあるのではないでしょうか」


 リュシーの問いにアクセルは今度こそ心から微笑んでくれた。


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