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コンクリートに溶ける

ゆるやかな坂を下る

作者: まい

職場に赤ちゃんが来た。


産休中の同僚が、お子さんを連れて職場に顔を見せに来てくれた。小さな赤子に和気あいあいとした雰囲気。私の笑顔は強ばっていないだろうか。


「可愛いー!あんよちっちゃいですね~!」


声をワントーン上げて、幼児用の言葉を使う。私は、演技派。大袈裟なくらいで丁度いい。


「抱っこしてみる?」


なぜ赤ちゃんを抱かせたがるのだろうか。柔らかく断っても、いつも最終的には抱っこさせられてしまう。可愛いような気もするが、正直よく分からない。


酸っぱい葡萄だ。


手に入らないものを諦める、都合の良い口実。自動運転のように、口からかってに言葉がでる。


「可愛いですね~。」


にこにこにこにこ


本当は友人の「子供が生まれたから会いに来てね」というラインにもちゃんと返事をしなければいけないのに。いつまでも返せずにいる。スタンプだけで、予定が決まることは無い。


苦痛だ。


苦しい。


楽しげに、子供が三人もいると大変だという同僚の話に当たり障りない返事をかえす。


職場は仕事だから、社交も仕事の一部だから。だから大丈夫。でも自分から「いつ会いに行ったら良い?」とお祝いを持って出かけるのは、できない。


どうしても、できない。

なんて友達がいのない、冷たい人間なんだろう。


ほら、口角を上げて、目を細めて。明るい声で。





「本当に可愛いですね。」









*****





「ただいま。」


誰もいないワンルームは時を停めたようで私に偽りの安心をくれる。外の世界は疲れる。目まぐるしく時が流れて私だけ取り残されていく。

悲しみが喉元までせり上って、同僚の赤ちゃんに会うだけでこんなにも打ちのめされる自分に、もはや同情してしまう。


可愛そうな女。


冷えたビールをとりだして、一気に煽る。

すこし、現実が遠くなる。


結婚してくれない彼氏と別れてから、鳴らない携帯をベッドに放る。そしてまたすぐ手にとる。縋り付く。

マッチングアプリを開いて、メッセージに返信する。みんな好きじゃない。少し良いな、と思った人はすぐ返事をくれなくなる。市場価値の低い女。


憂鬱になる。


失敗した。私は人生に失敗した。


重苦しい考えに囚われて頭がいっぱいになる。

涙が頬を伝って安っぽいベッドシーツに落ちた。


「お酒飲まなきゃ。」


赤ちゃんは好きじゃない。

好きじゃない。

呪文のように唱える。


あれは、酸っぱい葡萄。

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