新人達の歓迎会と懇親会
会場は会社の近くの定食屋。
社員が昼食、夕食を外食にするときには、そのほとんどがこの食堂を利用している。
何より課長がこの食堂の常連だ。
だが、特権があるわけでもない。
決して大人数とは言えないが、必ずこの人数でも一か所に座れる席があるとは限らないし、常連だからと言ってすぐに用意してもらえるわけでもない。
課長自らが人数分の席を予約して、部署全員はその課長の後についていく。
移動中、みんなが妙に浮かれているように感じた。
終業だから、今まで張った気が緩んでいる、というのもあるだろう。
しかし卓也は、みんなと同じように羽を伸ばす気にはなれなかった。
同期は、普段から指導してくれている先輩と飲みに行くことが何度かあったらしく、それぞれのペアで会話が盛り上がっている。
卓也も、同期となら会社からの帰りの途中で外食することはたまにはあった。
しかし、いつも世話になっている川越の存在が気になった。
盛り上がっている彼らに気圧されて、卓也は少し遅れて付いていくのだが、その川越は、さらに一メートルほど遅れて付いて来ている。
先輩達は特定の同僚に声すらかけない。
それだけでも社内イジメを連想してしまうが、当の本人はそれを気にするふうでもない。
それどころか、いつものように無表情。
課長は、不参加者にはペナルティを与える、みたいなことも言わなかったし、それどころか予定の有無まで尋ねてくれた配慮まであった。
川越一人だけ離れていることに、卓也は違和感を拭えなかった。
しかしその場に加害者と被害者がいない以上、自分からその件で何かを言い出すのもおかしな話だし、かといって川越に声をかけようにも、普段の態度がそんなものだから、声の駆けづらさを感じつつも、場に流されるままその一行の中にいた。
卓也のそんな思惑をよそに、一行は件の食堂に到着。
「奥の和室に席を用意してくれてるそうだ。新人達はそれぞれ教育係と隣同士に座ってくれ」
「てことは……課長は上座ですよね? 二人一組の四組が向かい合うように座って、係になってない人は……」
「すまんが下座に座ってもらえるか? 私も、少しでも新人達と距離を縮めたいからね」
向かい合わせで五人ずつ座る席に、上座側に新人と教育係の先輩が交互に座る。
下座の方には普段通りの業務をしている先輩二人。
卓也は当然川越の隣の席になるが、反対側の隣に座る先輩達との距離が、何となく広く感じる。
入社したばかりの頃は、特に何にも感じるところはなかった。
だが、この課には何か問題があるのではないか、という疑いの気持ちが強くなっている。
が、裏事情どころか表の事情もよく分からない自分から何かを訴えることもできない。
促されるままに席に着き、夕食会兼懇親会が始まった。
※※※※※ ※※※※※
夕食会が始まり、場は更に和む。
「酒頼むと高くなるから、飲みたい奴は自己負担でな」
「えー。少しくらいいいじゃないですか、かちょおー」
「馬鹿言うな。これ全部俺が支払うんだぞ? 酒代まで入れたら、流石に俺の懐もきついわ」
笑い声が絶え間ない。
しかしそれでも表情を一つも崩さず、黙々と食事を摂る川越。
表情ばかりじゃなく、服装にも乱れがない。
「あ、あの、川越先輩。お茶、どうぞ」
卓也は恐る恐る、ウーロン茶を継ごうとしたのだが。
「自分でやります」
の一言でそのやり取りが終わる。
会話にもならない。
なんとか交流を持とうとした卓也は玉砕。
正面にいる同期や反対側に座る先輩に声をかけようとするのだが、それぞれ隣の席の人と盛り上がっていて、割って入るのも難しい。
川越同様にもくもくと目の前の料理を食べる以外にすることがなくなった。
もちろん食事会だから、食事をするのが目的。
そう考えると、この二人に別に何もおかしいところはない。
が、懇親会も兼ねているという課長の言を思うと、気まずさを感じずにはいられなかった。
けれど、それは彼の考えすぎ。
川越が席を中座して部屋を出た後のことだった。
「……菊川君。ずっとやりづらかったろう? すまなかったね」
上座に座りっぱなしの課長から突然声をかけられた。
思わぬところから突然声をかけられた卓也は、口に入れた料理が一瞬のどに詰まりそうになった。
「っぷはっ。あ、いえ、大丈夫です……」
「私がここに来た時には、既にこんな感じでね。みんなは詳しい事情を知ってるようだが」
みんな、というのは、この部署の先輩たち全員、ということらしい。
その詳しい事情とやらを尋ねると、まずは部署内で起きた重大な一件について聞かされることになった。




