7.転校
7.転校
能力測定の日から一週間後。
鷹庭高校に東力専から真白樹、吉崎桐弥両名の受入準備完了の連絡が届いた。
――今日でこの部屋ともお別れか。
中学一年の頃から約3年間住んでいたアパートの一室には、それなりに思い入れがあった。
――最初一人暮らしを始めた頃は、右も左もわからなくて自暴自棄になったっけ。
両親が死んだストレスと一人で生活しなければならない大変さに挟まれた結果、部屋の壁や窓を手当たり次第に破壊し、管理人にこっぴどく怒られた。
叔父と一緒に暮らしていればそれこそ勘当ものだったので、そこに関しては叔父と暮らさなかった樹の判断は正しかったのかもしれない。その分新しい生活に慣れるまで一年半は要したのだが。
今となっては笑える思い出に耽りながら、荷物をキャリーバッグに詰め、部屋を出る。家電や家具については東力専が処分等も行ってくれるそうなので、そのまま部屋に残しておいた。
樹の住む地域から東京までは新幹線で約2時間。
本当は桐弥と一緒に行く予定だったが、桐弥の方は親族総出で送別会だかなんだかをやるようで、樹は桐弥より早めに東京へ向かった。
――これからどうなるんだろう。
新幹線の窓から見える景色は、どんどん知らないものになっていく。
それは不安を煽ったが、樹はそれ以上の感情が胸に宿っていることに気付く。
――あぁ、そうか。俺は楽しみなんだ。
まだ見ぬ強敵に思いを馳せ、笑みを浮かべる。
退屈だった日々が、一変する。
そう思っていた。
東京駅に着いた樹は、とりあえず学校に向かうことにした。
東京は初めてだったが、駅から20分程真っ直ぐ歩いたところに東力専があるということで、迷わず目的地へ向かうことが出来た。
平日の昼間。仕事の休憩時間に食事する会社員が多く見受けられる時間帯……のはずなのだが、人通りは少なく、田舎と言っても過言ではない樹の地元と遜色ない程だった。
東京に来たのは初めての樹だったが、その人通りの少なさに違和感を感じた。
――都会、人少ないな。
実はその時、鮫島の目標を察知した自由主義政府により東力専付近には戒厳令が敷かれていたのだが、田舎者の樹は知る由もなかった。東力専の教師陣はその話を伝えられてはいたものの『鮫島にやられる程うちの学生はヤワじゃない』と一蹴したのだった。当然その話は樹や桐弥にも伝えていない。
そんな事はつゆ知らず、樹は東力専に向かって歩いていたのだが……
「誰ですか、あなたは」
ふと、路地から聞こえてきた女性の声。
自分に向けられたものでは無かったが、樹はその声に若干の敵意が含まれていることを感じ、恐る恐る声のする方へ向かった。
「東力専の生徒だな?お前に聞きたいことがある」
声を掛けられたのは(おそらく)東力専の女子生徒。
声を掛けているのは、黒めの服を纏った男である。
「この写真の男に見覚えはあるか」
「……知りません。入学したばかりなので」
「……そうか」
男は写真を胸ポケットにしまい、女子生徒に向き直る。
そして男が言い放った言葉に、樹は反応せざるを得なかった。
その言葉には、女子生徒も反応した。
「顔を見られたからには生かしては――――」
瞬間、飛び後ろ回し蹴りを放った樹の踵が男の顎を砕いた。
背後から跳躍で距離を詰めた樹に、男は気づく事もないまま昏倒した。
そして樹に気付かない人間が、もう一人――
「――えっ?」
樹の目に映ったのは、きょとんとする女子生徒の顔。
そして、かざされた両手から溢れる青色の炎。
その炎は、瞬く間に樹を覆い――――
「すっ、すみません!大丈夫ですか!今、学校に連絡を――」
遠のく意識の中で、泣きそうになりながら誰かと連絡を取る女性を見ながら、ああ、この人は良い人だなと思い――
樹は、気絶した。