6.超能力
6.超能力
鷹庭市立鷹庭高等学校。
日本が二つの派閥に別れた後開校した学校である。
開校当初のスローガンは『超能力者に負けない、強い頭脳を』だったが、
『超能力者の入学を拒んでいる』、『超能力者差別だ』という批判が殺到し、いわゆるエリート学校として有名になろうと目論んでいたその学校は、別の意味で有名になった。
開校したばかりで潰れる訳にはいかないと、ありとあらゆる手段を講じて学生を募った結果、学力という言葉にまるで縁が無い、青春と言えば煙草と喧嘩だといった人間が入学する学校になっていった。偏差値は32。
だが、新世界暦398年。不良の魔窟だった鷹庭高校は一変した。
校内一番の悪であり、2年生にして学校の不良達を全て纏めていた木下一郎が、ある日を境に人が変わったかの如く勉学に勤しむようになったのである。
周りの不良達は乱暴の代名詞のような男だった彼を心配したが、次第に、彼につられるように授業に顔を出すようになり、自分達で校内禁煙の張り紙を作成し無許可で壁に貼り付けたり、職員室に勝手に入り乱雑に書類が積まれた教師の机を磨き上げ、室内を綺麗さっぱり掃除したり(書類は行方不明)、模範的どころかそれ以上(有難迷惑)な生徒が増えていった。
突然の生徒の変化に教師陣は驚き慌てふためいたが、一人の教師がある噂を耳にする。
『平和に過ごさないと、鬼が来る』
半ば迷信のように聞こえるその噂を、生徒達がこれ以上なく真剣な顔で……中には冷や汗を流しブルブルと震えながら会話している生徒もいるのを目撃した教師は、その生徒に『鬼とは一体何なのか』と問いただした。
震えながらその男子学生は答えた。
――真白樹。
木下一郎をシメて、ヤクザを相棒と一緒にぶっ潰した中学生。木下の仇をとると向かって行った50数名の不良達は、相手が真白一人だったにも関わらず一人残らず病院送りにされたという。
翌日、教師は職員会議でその話を他の教師に共有した。
真白に潰されたヤクザは、超能力を使い地域の人々やこの学校を脅し金を搾り上げていた札付きの悪だった。そんな社会悪を軍や警察に代わって成敗し、この地域、この学校の治安を守ってくれた彼に感謝こそすれど、恨むような筋合いはない。
――延いては、この学校に入学を……
結果、学費の完全免除、入学試験の撤廃という特例中の特例が適用され、真白樹の鷹庭高校入学が決定したのである。樹も、試験はともかく学費免除には惹かれるものがあり、断る理由は無かった。
元々、不良で有名なこの学校には喧嘩目的で入学する予定だったが、結局樹が入学する年には偏差値は52まで上がっており、開校当初の目的であったエリート学校になりつつあるその学校は、喧嘩とはまるで無縁であった。
喧嘩が出来ない事に不満はあったが、授業の質は意外と良く、親友の吉崎桐弥も学費の一部免除を受け(試験は普通に受けた)同じ学校に入学する事が出来たため……何故この学校の待遇がこんなにも良いのかという理由は全く知らなかったが、気にせず学校の好意に甘んじていた。
そんな樹は、桐弥と一緒に学校の応接室で人を待っていた。
先程、二人の能力測定の結果が出たのである。
その結果を知った学校側は、二人以上に衝撃を受け、様々な対応に追われていた。
普段来賓をもてなす比較的綺麗目な空間で待たされていた二人は少し緊張し、部屋に入った後一言も話さずただ座っていたのだが、その空気に耐えられなくなった桐弥が静かに口を開いた。
「まさか、俺まで超能力者だとは……」
「……ほんとにね」
樹が超能力者だったことを知った桐弥は、能力測定の間もずっと興奮しっぱなしで測定器の中でもギャーギャー騒いでいたのだが、測定が終了した後、少し驚いたような顔で測定担当者に『君も、超能力者だよ』と伝えられた時には流石に黙った。
自分が超能力者である事を知った桐弥だったが、かえって納得したような表情を浮かべていた。
「言ってなかったけど、ちょっとだけ片鱗は見えてたんだ」
「そうなの?」
「うん、二週間前くらいだったかな。
バイト終わった後、その日来た客の態度を思い出してイラっときてさ。あの野郎……って思いながら木に向かってシュって投げた訳よ。そしたらブーメランみたいに手元にスッ……と。あん時ゃビビったね」
「???」
「いやだから、アレよアレ!学校で名前は出しずらいっしょ!……っと」
話している内に緊張が解れ、要領を得ない説明をしていた桐弥だったが、応接室の扉が開いたことによりまた少し緊張感を取り戻した。
応接室に入ってきた教師は、額の汗をハンカチで拭いながら扉を手で押さえ、次に入室する人物を迎え入れていた。
「ささ、どうぞこちらへ……真白君、吉崎君、こちら、えー、東京超能力研究専門学校からお越しくださった、教師の泝陀悦子先生だ。二人とも、ご挨拶を。」
金髪で長めのローポニーテール、黒下縁のメガネ、黒ジャケットに黒タートル。
いかにも完璧主義な風貌のその女性は、樹と桐弥に一つの確信を与えた。
――この人は、間違いなくドSだ。
……その女性が特に何をしたという訳ではないのだが、謎の確信を持った二人は小声でお互いの意思を確認した。
「こんにちは(おい樹、この人絶対ドSだよな)」
「こんにちは(俺もそう思った)」
お互い思っていた事が同じだということを確認し、二人は小さくガッツポーズをする。
その様子を見て、聞いていた教師の泝陀は、小さく溜息を吐き、軽い自己紹介と、自らがここに来た目的を話し始めた。
「……どうやらあらぬ誤解をしているようですが……まぁいいでしょう。
初めまして、真白君、吉崎君。東京超能力研究専門学校から来ました、教師の泝陀悦子です。…単刀直入に申し上げます。あなた方に、東力専…失礼、東京超能力研究専門学校に転入して頂きたいのです」
それを聞いて驚いたのは二人ではなく、傍にいた鷹庭高校の教師だった。
「そ、泝陀先生!それでは話が違います!…あ、いえ、別にそちらの学校の入学を拒絶する訳ではありませんが、お越しくださった際に、軽く能力の使用に対して釘を刺す程度だと仰っていたではありませんか。そんな事を急に申されても、彼らも納得いかない筈です」
「……私も忠告だけしに来たつもりでした。しかし、こちらに来て測定担当者から詳しい話を聞いた結果、事情が変わったのです」
慌ただしく説明を求める教師に、淡々と答える泝陀。
横目で鷹庭の教師を見ていた泝陀だったが、視線を二人に戻すと、先程以上に真剣な声で話し出す。
「あなた方は、極めて特殊なケースです。
この時期に、一万人に一人と言われる能力の後天発現。それが二人。
しかも、一人は考えられる主な能力の使用目的が相手の殺傷。……勿論使い方によっては他の事にも使えると思いますが、これを看過して事件でも起こされようものなら、能力を確認しているのに保護しなかった我々の落ち度です。
加えて吉崎君。あなたは、殺傷事件を起こす事が予想される十分な理由を持っていますね?」
桐弥の眉がヒクつく。
だが、それもそうかと納得し、言葉の続きを待つ。
「……鷹庭市を根城にしていた暴力団の壊滅。
当時中学2年のあなた方は、たった二人でそれをやってのけた。
相手には、発火能力を持った人間もいたというのに。
超能力無しで超能力者をも圧倒するその身体能力。一般の人間であれば、手も足も出ないでしょう。……あまりこういう事は言いたくありませんが、このままあなた方を放っておけば、第二の暴力団になる可能性もあります」
「泝陀さん!」
「可能性の話です」
教師が思わず止めにかかるほどの話だったが、泝陀の話には一理あった。
元々力を行使して様々な人間を黙らせてきた二人。
そんな二人が更なる力を手にしたら、それを止められる人間は今度こそ出ないだろう。放っておけば、最悪の事態になりかねない。
樹も桐弥も話を聞いていて正直気分は良くなかったが、思うところはあったので、真剣に話を聞いていた。
そんな二人を見て「意外と大人だな」と感心しつつ、泝陀は続ける。
「能力が災いとなり、周囲や自身を破滅に陥れることになる……
私たちは、そういったことを未然に防ぐために当校への超能力者入学を推薦しているのです。事情は概ねお分かり頂けましたか?」
「うーむ……」
「泝陀先生」
学校の恩人とも言える人物の転校に今一つ納得がいかない教師をよそに、樹が手を挙げる。
「なんでしょう」
「僕が転校する理由は何ですか」
「わからないからです」
あまりの解答速度に思考が追い付かない樹に、泝陀は続けて答えを述べる。
「能力がわからない……前代未聞です。
測定器の故障を除いてこんな事態が起きるのは過去一度もありませんでした。
担当者と話し合い、考えられる理由を推察した結果、あなたがこの装置では測りえない超能力の持ち主……
あるいは、超能力を消す力の持ち主、この二つです。
……私も測定担当も、後者だと思っています」
「能力を消す……!?し、しかし、何故後者だと思われるのです?」
「推定でしかないので、断定は出来ません。
ですが、測定中、機器の反応が無くなった瞬間を分析したところ、反応が無い間は完全に機器に備わった超能力が消えていたのです。
真白君が測定器から出た後――吉崎君の測定の時には、機器の超能力は復活していた。どういう条件かはわかりませんが、何らかの形で真白君は周囲の超能力を消す力がある……そう、思っています」
超能力者になったばかりの樹と桐弥は「能力を消す」ということの重要性がよくわからなかった。今まで超能力とあまり関わってこなかった二人にとっては超能力自体が雲の上の存在であり、それが消えたところで日常に戻るだけのことである、そう思っていた。
だが、桐弥の時以上に真剣な顔――眉間に皺を寄せて、泝陀は言った。
「あなた方の住むこの地域は、あまり超能力とは関りが無いようですが、東京は違います。街の至る所で超能力が利用されています。電気やガスを全て超能力で補っている地域もあります。何より……」
「転校します」
「「えっ?」」
泝陀と教師は声を上げた樹に視線を向けた。
「右に同じく」
樹に続いて、桐弥も声を上げる。
そしてそのまま大きく伸びをした桐弥は、欠伸をしながらこう言った。
「要は、二人とも周りに迷惑を掛ける可能性があるから、うちの学校に通って能力に対する理解を深めなさいってことでしょう。別に最初から断る気も無かったですし……こうやって勧誘するんですから、入学に際してお金が掛かったりとかはないんですよね?」
「……それは大丈夫です。自由主義政府から支援金も出ますので……」
「だったら文句ないですよ。な、樹」
「うん」
急に話が進み呆気にとられていたが、二人の中で何か決意が固まったように感じた泝陀は、学校には寮があり、そこで生活を行う場合は学校から生活費の支援があるということ。その他収入源に関しては学校紹介の仕事があるということ、転出転入や各種手続きは学校側が全て行うということ……そういった話をした。
数々の好条件にますます断る理由が無くなり、そのまま二人の東力専入学が決まったのであった。
「今日の所はこれで失礼します。
こちらで準備が出来次第、鷹庭高校の方へ連絡を入れさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「わかりました、ご足労いただき、ありがとうございます。
……真白君、吉崎君、今日は普通に授業を受けなさい。
連絡が入ったら休日でもそちらにすぐ伝えるので、電話はしっかり確認しておいてほしい」
「はーい、先生」
樹と桐弥は、そのまま自分達の教室へと向かった。
二人の姿が見えなくなったことを確認した泝陀は、教師に向き直り、深々と頭を下げた。
「……当日になり色々申し上げて、誠に申し訳ありませんでした」
高圧的な印象を振りまいていた泝陀が急に謝罪したので、そんなことをされると思っていなかった教師は慌てふためいた。
「いっ、いえ!そんな滅相もない……頭を上げてください。
確かに彼らは……これは私が思っていることですが、彼らは地域の宝です。暴力的な噂を纏っていますが、その実、彼らは非常に優しく、そして真面目な人物でもあります。ここへ入学した時も、真白君は試験免除の特別扱いに甘んじることなく、他の生徒に見合う成績を出しています。吉崎君に関しては、入学テスト学年2位。非常に優秀な成績を残しています。
……掘り返すようで悪いですが、彼らが『第二の暴力団』になる……そんなことは、あり得ません」
「それは、ここに来て分かりました」
「……?と、言いますと?」
「学校中から聞こえてきました。彼らの噂が。
それも彼らが超能力者である事を願う声ばかり。もちろん悪い意味ではなさそうでした。恨んでいるような声は、一つも聞こえませんでしたので」
「失礼ですが、貴女の超能力は……」
「耳が良いんですよ。特別ね」
そう言って、教師に背を向ける。
「あ、言い忘れていました」
「?」
ふと、何かを思い出したように半身で教師に振り返る。
そこには先程まで機械のような表情をしていた女性はおらず、
代わりに目を爛々と輝かせニタリと口を歪める悪魔のような女性がいた。
「我々は、生温い教育はしない……そう、二人に言い忘れていましたぁ」
そう言い残し去っていく泝陀を、教師は呆然と眺めることしか出来なかった。