5.泡
5.泡
自由権利主義統治下 横山田病院
病院に到着した装甲車を、小銃を持った兵士が出迎える。
「お疲れ様です、烏丸少佐。
生存者の山城訓練兵は未だに意識不明ですが、超能力による治癒効果で後10分程度で意識回復が見込めるとの事です。三谷訓練兵は傷が浅かったので意識はありますが、相手が鮫島の部隊である事以外は分からないそうです」
「そうか、ご苦労」
兵士に軽く一礼し、院内に入る。
先の戦闘に巻き込まれた民間人の治療等を全て担当していたこの病院内はほんの少し慌ただしかったが、幸い民間人の中に命に係わる怪我を負ったものはおらず、ほぼいつも通りの営業状態だった。
違う点があるとすれば、病院の警備員が全て小銃を持った自由主義の軍人になっている事というである。
「では、山城訓練兵の意識回復までそこで昼食をとって待ちましょうか」
烏丸の部下・武田が指した方向には、病院の雰囲気を崩さない程度の小洒落た喫茶店があった。
時刻は13時22分。昼時のランチメニューはどれもリーズナブルであり、店内のテーブル席には被害者を見舞いに来たと思われる人々の姿も窺えた。
時間を潰すにはもってこいの場であったが――
「…いや、ここで伝令を待つ時間も惜しい。
武田は昼食を取れ。俺は病室に行って山城の回復を待つ。
話が聞けたら迎えに来る、気にせず食べていてくれ。
…すいません、お子様ランチをあの席に。飲み物はオレンジジュースでお願いします」
「お子様っっ……ちょ、ちょっと、烏丸さん!?」
武田にやたら子ども扱いしていることを突っ込ませる暇も与えずに、烏丸は速足で山城訓練兵の病室へと向かった。
病室に入ると、泡に入りながら冷や汗を流し苦悶の表情を浮かべる山城と、傍でそれを見守る自由主義の軍服を着た女性がいた。
「あっ、烏丸さん!お疲れ様です!」
黒髪でナチュラルショート、快活な雰囲気を漂わせるその女性は烏丸を見るなり笑顔で緩めの敬礼をし、元気な声で挨拶を行った。
「…三泡少尉。フレンドリーなのはとても良いことだと思うが、名前の後には階級をつけてくれ。」
「えー、階級はただの飾りだって言ってたのは烏丸さ…少佐ですよー?」
「意識が無いとはいえ訓練兵の目の前だぞ。示しが付かないだろう……
しかし、そうか。回復能力を持つ者が来ているとは聞いていたが、三泡少尉か。
なら心配は無さそうだ」
わかりやすく頬を膨らませて不満アピールをする女性――三泡胡桃。
自由権利主義軍部の少尉であり、主に負傷者の治療を得意とする。
能力、極泡。
透明度の高い黄金の泡を手から発生させ、中に様々な物を取り込むことが出来る。
泡は強度と柔軟性に優れており、銃弾や斬撃すら跳ねのける盾にもなる。
泡内部へ取り込んだものへの影響は三泡の意思によって自由自在に変化する。
泡内部の空気比率変化。泡外部と変わらない濃度にしたり、逆に内部の空気を除去することもできる。
これにより防御だけでなく、敵を泡に取り込み窒息死させることも可能である。
そして極泡のもう一つの効果、治癒。
取り込んだ生物の自己再生能力を高め、対象の自然治癒を大幅に促すことのできる効果。
様々な治癒能力があるが、極泡の治癒能力はその中でも最上位レベルである。
現に、一時間程前に運ばれて来た山城の胸部にあった傷跡は、20分前に到着したばかりの三泡の能力により綺麗に塞がっていた。
自由主義の中でも凄腕の烏丸少佐(しかも美形)に会ってはしゃいでいた三泡だったが、真剣な目の烏丸を見て、自身も仕事モードに入る。
「帝国の鮫島、噂に聞いていた通りかなりの腕前ですね…。
彼から話を聞き出す為に、絶命寸前の所で刃を止めてます。
鮫島と会って生きていたのが奇跡ですよ。滝山曹長のお陰ですね…」
「そうだな。……だが……」
――鮫島は何故山城と三谷を殺さなかったんだ?
以前から鮫島の目撃情報はあったが、今回三谷訓練兵が鮫島にやられたと証言したので、諜報活動を行っているのが鮫島だと明確に判明した。
ここで交戦した小隊を皆殺しにしておけば未だ一連の犯人が自分であることが有耶無耶になった筈なのに、鮫島はそれを行わなかった。
鮫島の行動が引っかかり考え込んでいた烏丸だったが、泡から空気が漏れるような音が聞こえ、意識をそちらに向ける。
「…!意識が戻ったみたいです。
内臓損傷もほぼ回復したようなので、極泡を解いてベッドに寝かせますね。
…あ、怒鳴ったりしちゃダメですよ!傷に響きますから!」
そう言いながら泡をベッドに密着させる。三泡が手を叩くと、泡が弾け、山城は泡から解放された。
「言われなくてもそんなことはしない。
……山城訓練兵、会話はできそうか?無理はしなくていい。
俺は自由権利主義軍部の烏丸…少佐だ。先の戦闘で起こった事を聞きたい。」
朦朧としながらも目を開き、声のする方に目を向けた山城。
目に映る人物が自分の上官であるという情報をゆっくり溶かしながら、口を動かす。
「烏丸…少佐……
……!かッ、烏丸少佐!申し訳ありません、自分のせいで、部隊の皆が…ッ…うっ!」
「よせ、傷が塞がったばかりだ」
予想以上に階級の高い人物が目の前にいることを理解し、思わず姿勢を正そうとするが、胸に響く痛みが彼をまたベッドに横たわらせた。
「す、すいません。自分は、何日程寝ていたのでしょうか」
「大体一時間半だ」
「…!?一時間半?
傷はそんなに浅くなかったと思いますが…」
「三泡少尉が先程までここにいたんだ。彼女の超能力により、君は30分程度で回復したんだ。退院したらしっかり礼を言っておけ。
……意識ははっきりしているようだな、山城訓練兵。
ここに来た理由は先程述べた通り、君が鮫島との戦闘で得た情報が知りたいんだ。
話を聞かせてくれないか」
「……鮫島……ッ」
自分と部隊を壊滅に貶めた男の顔を思い出し、歯を食いしばる。
呼吸を整え、怒りを鎮めた後、その男に見せられた写真ともう一人の人物を思い返し、烏丸に伝えた。
「――鮫島はオールバックの学生について探っており、窮地に陥った君を天狗の面を被った男が助けた…か。」
「信じられないかもしれないですが、本当なんです。
それと、鮫島は『自由主義は強制的に能力者を管理していないか』とも聞いてきました。その辺は意識が朦朧としてて、一字一句同じとは言えませんが、大体そのようなことを…」
「強制的な能力者の管理……。
つまり、対象能力者の意向を考慮せず、こちら側が半ば監禁状態に置いている人物が存在する…と。」
「も、勿論自分は見たことも聞いたこともないので何とも言えないのですが……」
「……」
烏丸は腕を組み、考えた。
――確かに、自由主義には裏の顔がある。
俺自身関わったことは無いが、そういう任務をやってそうな人間も何人か知っている。鮫島――帝国は、写真の学生に監禁の被害に遭っている事を証言させ、自分達にとって有利な条件で何らかの条約を結ぼうとしているのか……あるいは……
「山城、君の言う通りだと、その学生というのは……」
「はい、自分も通っていたので間違いありません。
自由権利主義統治下、東京超能力研究専門学校の制服を着ていました」
東京超能力研究専門学校。通称、東力専。
その名の通り、超能力の更なる理解と研究そして実践を行う、超能力者の為の学校である。
主に超能力が制御できない子供や、後天的に能力が発現し能力に対する理解が少ない学生が通う学校で、生徒数は3学年で約100人。専門学校の名を冠しているものの、入学者の殆どが能力が後天的に発現する高校入学前の人間なので、超能力教育以外の教育カリキュラムは一般の高等学校に沿ったものを採用している。
といっても、超能力者が必ず通わなければならない学校ではなく、強力な自身の能力を抑えることが出来ない、または超能力の主な用途が他者を攻撃するものである場合に入学を推薦される学校なのである。
「ということは、その学生の超能力が帝国の狙いという可能性もあるな。
成程、事情は大体把握した。よく覚えていてくれた。感謝する。
……ああ、それと」
「?」
「天狗の男。彼には、何も話したり、事情を聞かれたりはしなかったか?」
「ええ……鮫島に殺されそうになった自分を担ぎ上げ人目のつかない所に移動させてから、『少し待ってろ』と。その後自分は意識を失ってしまい、気が付けばこの状況です」
「……天狗、か。
分かった。矢継ぎ早に質問してすまなかったな。では、私はこれで失礼する」
「烏丸少佐」
病室を後にしようとした烏丸に、山城が何かを決意したように声を掛ける。
「どうした」
「身体が完全に回復したら、自分を調査に加えてください。きっとお役に立てます」
「……君は先程、東力専に通っていたと言ったな。
能力が強すぎて制御できなかったのか、あるいは能力に対する理解が薄かったのか。あそこに通う理由は主にその二つだろうが、どちらにせよ、一度鮫島に負けているだろう。今度奴が君を見れば、恐らく真っ先に狙われるぞ」
これ以上犠牲になる部下を増やしたくないという思いから申し出を断ろうと思っていた烏丸だったが、山城のこれ以上ない…少し不安になる程自信有り気な顔に、その考えが揺らいだ。
「…余程自信があるようだな」
「はい。僕の能力は発動条件が……その、酷いだけで、発動してしまえば、誰にだって――もしかしたら、烏丸さんにだって後れを取らない自信があります」
「言ってくれるな。それで、君の能力は?」
「僕の能力は――――」
「ったく、烏丸さん、いつまで僕を子供扱いしてるんだか……
確かに安い!ランチの中じゃ一番安いけど、お子様ランチはないでしょ!店員さんも大人には提供できないとか言ってくれればよかったのに……しかしこのハンバーグ美味いな……」
上官に子供扱いされていることを愚痴りながらしっかりとお子様ランチを堪能している男――武田。
同じく勝手に注文されたオレンジジュースを賞味していたその時、背中を何者かに思いきり叩かれ、綺麗に口に含んだオレンジ色をぶちまけた。
「ぶべッッ!?」
「ん、すまん。話は聞けた、行くぞ武田。」
「もうちょっと気にしてくださいよ!」
「鮫島の狙いが分かった。東力専だ。そこで待ち伏せを行う」
「東力専……って、あの?いくら鮫島でもあそこに手を出しちゃ無事では済まないんじゃ……」
机を拭き、食器をカウンターに返却しながら烏丸の後を追う武田。
「ああ。だから、東力専の化け物教師陣が鮫島をギタギタにした後に奴を捕縛する。それに、今回から山城訓練兵が任務に加わる。彼の能力は鮫島の捕縛に役に立ちそうだからな。さあ行くぞ」
「山城……って、さっき治療受けたばっかりじゃ……!?」
武田の想像通り、さっき治療を受けたばかりの山城が、院内着のまま烏丸の後を追う。
「かッ、烏丸さん……さすがに……今、すぐはキツいですよ……ぼ、僕、身体が回復したらって……」
「ああ、だから三泡少尉に治癒してもらって回復しただろう。
現に今歩けてるんだから問題ないさ。ほら、はやく来い」
「ま、待ってくださいよー……」
その二人のやり取りを呆然と眺めていた武田は、ああ、俺も最初こんな感じだったなあ、と、昔を思い出していた。烏丸という男は、自分の部下に対して極端に大雑把なのである。といっても部下を負傷させた相手には必ず報いを受けさせるので……愛情の裏返し……とでも言うべきなのだろうか。
「おーい、武田、運転頼む」
既に二人とも装甲車に乗り込んでいる事に気づき、武田はハッと我に返る。
「あっ、今、行きますぅ……」
気の抜けた返事をし、武田は装甲車の運転席へ乗り込んだ。