一人目の犠牲者
「――さて、どうしましょうか?」
ようやく落ち着いて話し合える状況になったので、俺は四人の顔を見渡して切り出した。
訳の分からない状況なのは皆同じ。
自身の身の安全が確かなのかも分からない現状、この場に居る五人はある種の運命共同体といってもいいだろう。
何をするにしても、今後の方針については皆で話し合っておくべきだ。
「あの議長さん、いいですか?」
すると、今まで黙っていた一人が、おずおずといった感じで手を上げる。
「……議長?俺が?何で?」
「えっ、だってそこに名札があるから……」
まだ高校生にもなっていないんじゃないだろうか。
少年と呼んだ方ががしっくりくるその人物が、俺の机の上を指で示す。
名札?
疑問に思いながらも少年の指の先を辿ってみると、そこには確かに『ぎちょー』と書かれた名札が立っていた。
平仮名で書かれてはいるが、恐らく少年の言う通り『議長』を指しているのだろう。
俺の席はコの字に並んだ机の真ん中にあるので、位置的にもそうだと思われる。
どうやら名札は全員分あるようで、それぞれの机の上に存在を主張するかのように立っていた。
「さっきまでは、ありませんでしたよね?」
ワイシャツ姿の男――『しんし』が呟き、皆がそれに同意する。
こんなに目立つ名札なら、誰も気付かない方がおかしい。
あからさまな超常現象に、改めて尋常ではない事態に巻き込まれている事を認識する。
「……それで、いいですか?」
少年――『ちゅうに』の声で我に返り、彼がまだ発言の途中だった事を思い出した。
「ああ、そうだった。それでどうしたんだい?」
「とりあえず、この指示の通りに会議をしませんか?あの、こういうのってマンガとかだと良くあるパターンなので」
「マンガ……ですか?」
あまり詳しくないのか、『みやけ』が首を傾げてみせる。
「ええ、僕たちみたいに訳も分からずどこかに集められて、何かを強制させられるっていうものなんですけど……脱出ゲームと言えば分かりやすいですか?些細なヒントを手掛かりに、密室から逃げ出すんですよ」
それを聞いた『みやけ』は成程と頷くが、すぐに会議の内容を思い出し、嫌そうな顔を浮かべた。
「でも『おぱんつ会議』なんですよね?本気で言ってるんですか?」
「それ以外に手掛かりが無いなら、指示に従うのが一番だと僕は思います」
「でもでも、この部屋の中を隅々まで探した訳じゃないんでしょ?隠し部屋とかがあるかもしれないし、ひょっとしたら出口だって見つかるかもしれないじゃない?」
「それはそうかもしれませんが……その、あまり言いたくはないのですが、こういう話ってだいたいがデスゲームなので、ちょっとした事が命取りになるんです」
デスゲームという単語が出た瞬間、皆の間に緊張が走るのが見えた。
「デスゲームって……それって、マンガの中の話だよね?さすがにそれは有り得ないんじゃ……」
「この有り得ない状況を見て『有り得ない』と言い切れるんなら、僕から言える事は何もありません」
「……」
そう締めくくられた『ちゅうに』の言葉に、俺達は何も言えなくなってしまった。
これがデスゲームではないかという点については、俺も同感だ。
『ちゅうに』の言う通り、マンガや何かでは良くある展開だし、これまでの事からも、ここでは俺たちの常識が通用しないのは明らかである。
もしかしたら『ちゅうに』の言う事は考え過ぎで、これがデスゲームでもなんでもない、ただのイタズラか何かなのかもしれないが、身勝手にも俺達をここへ連れ込んだ何者かが存在する以上、身の安全が保証されているとは言い難い。
であるならば、注意を払うに越した事はないはずだ。
それに、ホワイトボードに『おぱんつ会議を始めて下さい』と指示があるのだから、それに従うのはそれほど悪い選択肢ではないと思われる。
俺達を連れてきた何者かは、俺達に『おぱんつ会議』をさせたいのだから、それに従って何か害があるとは思えないし、逆に指示に従わずにいた場合には、何らかのペナルティーが課せられる可能性を考えなければならない。
そしてその結果、俺達の命が代償にならないと誰が言いきれるだろうか?
これがデスゲームではないという証明は、誰にもできないのだから。
「それで、みんな仲良う『おぱんつ会議』を始めましょうってか?……アホらし過ぎて、やってられへんわ~」
中年男性――『おおさか』が、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
「ちょっと『おおさか』さん!!」
「デスゲームやなんや知らんけど、この場で『おぱんつ』について熱く語ったら家に帰れるとでも言うんかて。本気でそう思っとるんやったら、頭おかしいんとちゃうか?」
「いや、そうですけど。そうじゃないとも言い切れないじゃないですか!」
「は~い、わいはおぱんつが大好きで~すってか?……はっ、そないしょうもない話し合いするぐらいやったら、嬢ちゃんの言った通り、部屋の中を調べた方がマシっちゅうもんやわ」
そう言うが早いか『おおさか』は付き合ってられないとばかりに席を立ってしまう。
「せやから『おぱんつ会議』に関してはあんたらでやってや。悪いけど、わいは抜けさせてもらうで」
そして『おぱんつ会議』の不参加を表明すると、背を向けてさっさと部屋の隅へ行ってしまった。
……大丈夫だろうか。
確かにこれがデスゲームだというのは、あくまでも俺や『ちゅうに』の想像でしかない。
何もなければいいが、あれだけはっきりと会議の不参加を告げられてしまえば、引き留める事も出来なさそうだ。
不安に思いつつも、遠ざかる『おおさか』から目を離して四人で会議を進めようとしたその時、俺が抱いていた嫌な予感は的中する事になってしまった。
「……うごぉぉぉっ、がはっがっ!ががっがぁぁ、ぐおぉぉえぇぇぇぇ!!!」
『おおさか』が急に喉を押さえて奇声を発し始めたのだ。
呼吸ができていないのか苦悶の表情を浮かべ、床を転がりながら溺れるようにもがいている。
「ごおぉぉばぁぁぁうぇおぉぉぉぉぇぇぇぇ!!!」
救いを求めるかのような縋るような眼が俺に向けられ、藁をも掴むかのように手が伸ばされる。
しかし、俺はそれに応えることができず、呆然と見ている事しかできなかった。
やがて終焉が訪れる。
『おおさか』は力尽き、時折思い出したようにビクンビクンと痙攣を繰り返すだけになったのだった。
「……嘘……でしょ?」
「本当に……死んだ……?」
あまりの事態に、誰もが信じられないと絶句していた。
マンガの中ではありふれていたデスゲーム。
マンガの中ではありふれていたはずの死。
マンガの中でしか起こり得なかった人の死が、こんなにもあっけなくて現実感の無い物だったとは思わなかった。
一人の人間の死。
……だがしかし、あまりにも現実感のないその事実が、かえって俺の意識を現実に繋ぎ止めていた。
「みなさん、おぱんつ会議を始めましょう」
俺は拳を握り、義務感に突き動かされるようにおぱんつ会議の開始を告げたのだった。