おぱんつ会議開催
更新する事が大事って、それ一番言われてるから……
「う、う〜ん……」
誰かの唸り声が聞こえてハッとする。
そうだ、アホな事を考えている場合じゃない、この場には俺以外にも人がいたじゃないか。
「あれ……ここは?」
そう言って、長机に突っ伏していた内の一人がゆっくりと起き出した。
この部屋の中で唯一の女性だ。
寝癖なのか髪が緩やかに波打っており、暖かそうなモフモフのパジャマに身を包む姿は、どこか無防備で可愛いらしい。
女性は目をこすりながら、焦点の定まらない瞳で辺りを窺っている。
やや寝惚けているようだったが、しばらくすると視点も定まり、やがて俺の存在に気が付いた。
「――ッ、誰っ!!」
途端に身をすくめて警戒を露わにする女性。
それから、犯罪者でも見るような視線を俺に向けてくる。
「あっ、いやその……」
その視線にたじろいでしまい、思わずどもった声が出てしまった。
――まずい。
そう思った瞬間、女性は顔を引き攣らせながら大きく息を吸い込んだ。
「いやーー!!誰か助けてーーー!!!!」
大きな悲鳴が耳をつんざく。
「ち、違う!違う、そうじゃないから落ち着いて!!!」
なんとか誤解を解こうと弁明するも、騒ぎは大きくなるばかり。
「あんただったのね!?あんな手紙書いて、あんな物まで送り付けてきてどういうつもり!?正直気持ち悪いのよ!嫌っ、もう嫌ぁぁぁ!!!」
そして、女性の叫ぶ支離滅裂な内容に、俺の困惑は加速していく。
「はぁ、ちょっと待って手紙って何だよ!?何を言ってるんだ君は?」
「変態!ストーカー!!ここはどこよ、家に返してよ!!」
「だから誤解だって、俺と君は初対面だ!!とにかく、落ち着いて俺の話を聞いてくれ!!」
必死になだめようとするが、全く話を聞いてくれない。
ただ、言葉の端々からはこの女性がストーカー被害に遭っていた事が窺え、俺をそのストーカー野郎だと勘違いしているのだと思われる。
女性は俺から逃げるように立ち上がり、出口を探そうと走り回る。
しかし、すぐに出口が無い事に気が付き、愕然とした表情を浮かべたのだった。
「……どうして……誰か助けて」
ポツリと漏れた言葉と共に、女の目に涙が浮かび上がる。
……助けて欲しいのは俺の方だ。
訳が分からないのは俺も同じで、これから何をしたらいいのかも分からないのに、初対面の女性からは謂れのない誹謗中傷をぶつけられるばかり。
正直、この訳の分からない状況に対して、何か知っているのでは?と期待したが、この様子では何も情報は得られそうにない。
彼女が完全に俺と同じ境遇にあるという事が分かっただけだ。
ちらりと視線を向けると、女性はビクッと体を震わせる。
やはり、まともに話を聞いてくれそうにない。
……困った。
同じ境遇にいるのだから、なんとか協力していきたいのだが、現状ではかなり難しい状況である。
この手の物語では、みんなで協力して状況を解決していくというのがのセオリーだし、逆に協力できずに皆がバラバラに行動を起こすのはバッドエンドへと向かうルートだ。
ひょっとしたら、そのルートでも主人公ぐらいは助かるのかもしれないが、俺が主人公ポジションだという保証はどこにもない。
……って、また考えがマンガを基準にしている。
いかん、逃避するより目の前の現実に対処しなければ。
でも、こんなんどうすればいいんだよ。
俺が何かしても逆効果だし、何もしなければ進展はないし……
「ふぁ~あ~……」
と、俺が途方に暮れていると、また誰かが起きる気配がしてきた。
しかも、今度は一人だけではなく三人が一斉に起きるようだ。
「うん?何だここは?」
「まずいっ、寝過ごした!?……って、あれ??」
三人は辺りを伺ってはここがどこか分からずに首を捻っている。
やがて、その中の一人が俺に気が付いて声をかけてきた。
「なあ兄ちゃん、あんたここがどこか……って、兄ちゃん何しとんのや!?」
声をかけてきたのは中年の男性で、始めはこの状況に困惑した様子だったが、壁際で怯える女性を目にすると、一気にこちらへ詰め寄ってきた。
「違う、違いますよ!!俺もさっき起きたばっかりで、何が何やら……」
「じゃあ、なんであんなに怯えとんねん!」
「だから何を話しても――」
「――嫌ぁぁぁ!!何なのよあんた達!一体何のつもりよ!!!」
女性の悲鳴が俺の言葉を遮る。
起きたばかりの三人は、いきなり罵倒されて面を食らっている。
「……と、こんな具合に、何も聞いてくれないんですよ。どうも俺……達をストーカーか何かだと思っているみたいで」
「おおう、そうか。なんや、疑ってすまんかったな」
中年男性は突然の出来事にあっけにとられ、疑惑を向けた俺に謝罪の言葉を述べた。
良かった、あの女性の取り乱し方がイレギュラーなだけで、他の人はきちんと話ができそうだ。
ひょっとしたら、他人が狼狽しているのを見て、それがかえって冷静にさせたのかもしれない。
「それで君は、ここが一体どこで私達に何が起きているのか、何か知っているんですか?」
そうして、起きたばかりの三人から俺の誤解が解けたところで、ワイシャツ姿の男性から声がかけられた。
他の人から見てもこの部屋の異常性はすぐに分かるらしく、その表情は真剣だ。
「いえ、俺もさっき起きたばかりなので詳しい事は知りません」
背後からは女性のすすり泣く声が聞こえてくるが、それよりも他の三人と協力していく方が肝心だと考え、俺の知っている限りの事を話していく。
「分かっているのは、出口が見当たらないのと、ここが恐らく会議室なのだろうという事ぐらいでしょうか?それ以外は皆さんと同じです」
俺がその事を伝えると、やはりというか三人は落胆したようだ。
俺だってほんの何分か前に起きたばかりなんだから、しょうがないだろう。
この部屋だって何の変哲もない会議室そのものだし、特に気に掛かるようなものも無い。
あるとすれば、ホワイトボードに書かれていたふざけた内容ぐらいのものだが……
「――ってあれ?ホワイトボードの文字が変わってる?」
「なんだって?」
俺の呟きに反応し、三人の視線がホワイトボードに集まる。
「間違いない、さっきは『おぱんつ会議』って書いてあったんだ。なのに、いや、そんなまさか……」
声が震える。
目の当たりにした超常現象に背筋が凍る。
誰かがホワイトボードに近付いた気配は無かった。
なのに、そこにはいつの間にか文字が書き加えられているのだ。
おかしい、やはりこの会議室は何かがおかしい。
俺は鼓動が早くなっていくのを感じながら、ホワイトボードに書かれた文字を読み上げた。
「おぱんつ会議を始めて下さい……」
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
俺達がその内容を把握した途端、どこからともなくチャイムの音が聞こえてきた。
学生時代によく聞いた、どこか懐かしいチャイムの音。
しかし、この異常な状況の中で聞こえてくるそれは、不気味で、何か恐ろしい出来事の始まりを告げる合図のように聞こえていた。