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冒険者 カイン・リヴァー  作者: 足立韋護
番外編 焔の章
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新たな仲間達へ

 クリスが王城から出た頃には、王城のあらゆるところに火は燃え移り、城全体が火の海と化していた。王城にいたであろう騎士団員や衛兵、また王と毎晩遅くまで宴に興じていた王族や貴族が、王城の門扉を必死に叩いている。


 享受していた平和が一変して惨状と化したのだから、混乱するのは当然の結果である。

 戦争に参加していた歴戦の騎士団員達すらも退路が断たれたことにより、冷静な判断を欠いていた。城壁から飛び降りる人間もいたが、高さのある城壁から飛び降りればただでは済まない。落ちた人間の末路を見た者は、また門扉へと戻っていく。


 クリスは鎖を密集している人々の中へと垂らした。肩や首、足元にある謎の鎖など意に介さず、人々は門扉の向こうへ助けを求めている。

 次の瞬間、門扉の前にいた全員が痙攣しながら地面に伏した。気絶するほどの電流が、鎖に触れていた人間から、密集していた別の人間達へと伝播した。


 偶然にもそこに巻き込まれなかった三人の騎士団員が次々に斬りかかってきた。研ぎ澄まされた手練れによる斬撃。その一撃を喰らえば致命傷は免れない。

 クリスはまるで蜘蛛のように体を地面に伏せつつ斬撃を避け、全員を足払いした。バランスを崩し、地面へ落ちるまでの間に、クリスは三人の首を跳ね飛ばした。返り血が更にクリスを紅く染めていく。


 その光景を目の当たりにした者達は、戦うことは得策ではないと判断し逃げ惑った。

 城壁内の駐屯所に隠れる者、死んだふりをする者、燃え盛る王城内の安全地帯に逃げ込んだ者、王城の裏手に回りやり過ごそうとする者、クリスはそれら一人一人を逃さず、確実に仕留めて回った。


────────


「くそッ! 開けよ、なんで開かねぇんだよ! なんで俺がこんな目に!」


 本来、王が通るはずであった抜け道のスイッチを幾度も蹴りつける騎士団員がいた。「邪魔だ、どけよ!」と男は先程クリスが殺害した騎士団員らの死体とその頭を蹴り飛ばした。クリスは男の真後ろからそれを覗き込むと、男はギョッとしたように振り返ろうとする。

 しかし、クリスは男の頭蓋を片手で掴み、そのまま男の体を持ち上げた。


「あぁ、いでぇ、いでええ!」


 泣き叫ぶ男を無視し、その頭部を粉砕した。


────────


「ああづい! 痛いって! どうして、どうしてこんなことするんだよぉ! 何も、君に何もしていないのに!」


 一人の貴族の青年は、自身に纏わりつく炎を転がりながら消し去ろうとしていた。


 年齢的にも恐らく貴族の親に連れられて来ただけの青年だ。だが、物事の善し悪しの判断はできる程度の年齢。もはや子供ではない。

 クリスは首を傾げてから短剣を下ろす。青年が生き絶えるまで、揺らめく炎を瞳に焼きつけた。


────────


「うちの娘を好きにして良いわ! お金も望むだけ与える、だから見逃して!」


「お、お母さま……」


 クリスは幼い娘を売り込む王族の母親の頭頂部を短剣で斬りつけた。母親は、体をびくつかせながら白目を剥いて絶命した。

 娘は母親の死に際を見て小便を漏らした。しかしそれでも毅然と振舞った。齢十歳にも満たない子供であったが、情けなく命乞いするでもなく、大粒の涙を浮かべながら敵意の視線をクリスへと向ける。


「殺すなら好きにして頂戴。あなたは七神様が必ず罰して下さる……。必ず……!」


 クリスはくくっくくっと声を出した。娘は訝しげな表情を見せる。クリスは突然しゃがみ込み、娘の頭を丁寧に撫でた。娘はびくりと体を跳ねさせ、「開神シント様、メティア様、どうか、どうか……」と震える。

 クリスは、耳元で「逞しく、敬虔な、良い子だね」と言い残しその場を去った。


────────


 城壁内にて起き上がっている者は一人残らずいなくなった。だが、門扉の前で倒れている者は、気絶をしているだけであり死に至ってはいない。クリスは門扉へと向かった。城壁の外では異常を察知した町の人間の声が聞こえた。時折門扉を叩く音も聞こえてくる。


 王城は本格的に炎上を初め、随所で爆発音が鳴り渡った。爆発を誘発するものに引火したのだろう。クリスは気にも留めず、門扉の蝶番部分に短剣を押し当て溶かして回った。しかし完全に溶かすわけではなく、ほんの一部だけを残す。

 ただ溶かしたのでは、門扉が町の人間に倒れてしまいかねない。そう考え、町の人間に押してもらうことにしたのである。


 時が経つにつれ、徐々に大勢の人間が門扉を叩くようになった。

 やがて金属が壊れる鋭い音が響き渡り、門扉は内側へ倒れこんだ。凄まじい轟音と共に、重厚な門扉は、内側で気絶していた人々を容赦なく押し潰した。血飛沫と雪粒が舞い上がる。

 出入り口付近は文字通り血の海と化し、死体の山を見つけた町の人間は恐しさのあまり皆逃げ惑った。


 クリスは改めて王城を見上げ、暫しその焔を見つめてから街中へと歩き出した。


 爆発音は至る所で鳴り渡っている。クリスが門扉の上を歩き、城壁の外へ出ると、一人の少年が燃え上がる王城を見つめていることに気が付いた。

 怯えた表情をしていた。恐怖に支配されたか、混乱しているのか、強張った動きでクリスへ視線を移した。その少年に見覚えがあった。


 少年はかつてクリスが罪人から庇った子であった。クリスは少年を逃がそうと近寄るが、少年は両手を腹の前で握りこみ震わせながら、後ずさった。


 ああ、無表情がいけないのか。そう思ったクリスは、初めて麻痺してもいない顔面を感電させた。

 短剣に付いた血を拭って鏡代わりにし、試行錯誤の末に笑みを作って見せた。血みどろで不自然だが無表情よりはいいだろうと頷いた矢先、特に大きな爆発音が鳴り、王城の塔部分が倒れようとしていた。クリスは笑みを携えたまま真っ先に少年を抱きかかえ、その場を離れた。

 先ほどまでいた場所は、塔が激突した城壁が弾け飛んだことによって、瓦礫だらけになっていた。あのままであれば子供は死んでいた可能性が高い。


 周囲に町の人間がちらほらといる中、皆一様に怯えて近づいて来ない。

 クリスは気にも留めず少年をその場に置き、頭をゆっくりと撫でた。


「危なかったね」


 クリスの右顎を小さな衝撃が襲う。


 少年は涙を拭ったその震えた手で、クリスの顔を殴りつけていた。

 痛くはなかった。だが、何故か胸の奥のあたりに一番の衝撃を受けた。


「”バケモノ”……近寄るな!」


「”バケモノ”? あは、僕が……?」とクリスが表情を崩し、唖然とした。


「みんなに近寄るなぁ!」と少年は泣き叫びながら、皆の前に立ち、守るようにして両手を広げた。



 クリスは俯いた。


 クリスの中にありとあらゆる激情が駆け巡った。

 憤怒、悲哀、歓喜、愉悦、虚無、絶望。全てが、怒涛の津波となって押し寄せ────爆発した。


 クリスは天を仰ぐ。



「くくっ、は、あは、アアァァァァアッハッハッハッハッハッ! アァァアアアア〜ッ!」



 表情は確かに笑っていた。しかし、眉間に皺を寄せ、その相貌からは涙が溢れ続けた。


 両手を広げ、その慟哭とも笑声ともとれる絶叫が、夜の首都に響き渡った。




────この一夜にして、クリス・エヴァランスは紅焔のクリスと呼ばれ、ティルカノーツで畏れられる存在となった。

 その夜、クリスはどこへともなく消えた。そして約二年後、ティルカノーツより遥か南の国にて目撃される。その時、クリスは笑みを携えていたという。


 現在でも国の再建はできておらず、その爪痕が色濃く残っている。クリスを恨む者も少なくはない。

 しかし、クリス自身の生い立ちや事件発生までの経緯を知る人間は意外にも多く、指名手配されていた時期もあったが、畏怖と同情によって誰もそれに手を付けず、取り止めとなった。クリスが庇われるのは、王族や貴族がほぼ全滅したことにより、むしろ貧富の差は縮まったことに喜ぶ者が多かったことも一因したと言われている。




「────目が覚めた?」


「ん、ああ。珍しいね。どうしたんだい」


「今日はよく寝ていたものだから、つい眺めてたの。相変わらず短剣を握ったまま眠っているのね」


「ああ。しかし、久しぶりによく寝た。そのせいか、懐かしい夢を見たよ。ほら、ティルカシカの」


「悪夢じゃない。せっかく海龍神様に会ったんだからもっと良い夢を見ないと。私も別任務がなければ会ってみたかったわ」


「海龍神は思ったより良いものではなかったよ」


「じゃあもっと良いものには会えたの?」


「カイン・リヴァーさ。海龍神なんかよりずっと大事だよ────ミラ先生」


「まだ寝ぼけているのかしら。もう、先生じゃないわよ、クリス。ほら、みんなが集まっているわ」


「ああ」


 クリスはベッドから軽やかに起き上がると、ミラと共に扉を開けて歩き始めた。

 崩れ壊れて、なお終わることがなかった、骸の山を越えた"次なる道"へ。

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