降り立つ紅焔
ティルカシカの街中に着く頃には、雪はいつの間にか止んでいた。空を星々が美麗に彩っている。
クリスはマントの下に、短剣を持った手を隠し街中を歩いた。町の人間はいつも通り、よく働き、よく笑い、平和な世界を満喫していた。いくつかの凱旋が行われたのか、地面には祝い酒の便や食べかすが残っていた。
既に”現世の鏡”によって何が起こっていたのかは把握していた。一度スティルマレとの戦争に勝利したこの国は、かつての前王の意思を無視し、侵略戦争を続けていたのである。
魔導術師は騎士ではない、そんな大義名分は初めからなかったことにしたのか、王を初め誰も口にしなくなった。国中から魔導術師をかき集め、前線へと立たせては、使い捨てていた。
現王は騎士道などどうでも良かったことが窺える。魔導術師への報酬、大量に発生した怪我人の治療、後処理、全てをなかったことにするため、大義名分へ縋ったに過ぎなかった。そして騎士団員や衛兵、王族、貴族はそれを知っていてなお”何もしない”のである。
魔導術師ギルドだった建屋を見てみると、そこは空き家になっていた。とうとう運営できなくなったのか、それとも全員戦争に駆り出されたのか、定かではない。
街中をいつも通り罪人が練り歩かされている。以前より明らかに人数が増えていた。
先で襲撃された山道も、以前までは交易で使用された道であったが、戦争が頻発するようになってからは商売人もティルカシカを敬遠していた。ひと気がなくなればモンスターや盗賊が住み着くようになるのは必然。治安の悪化は目に見えていた。
家を失ったであろう浮浪者も目立った。交易がなければ商売が成り立たない人も多い。かと言って治安が悪化した外には出たくない、そういった心持ちでこの極寒の国に居座るのだろう。幼い子供ですら例外でなく、みすぼらしい服を着た子供も、道の端に座り込んでいた。
クリスはくくっ、くくっと声を漏らした。不自然な声を漏らす男に、町の住人は訝し気な視線を向ける。
王城の城壁に設置されている門扉前には、治安悪化を察知してか、衛兵が六人程度立っている。堅牢で重厚な門扉は開いていた。往来が多い証拠であった。それほど今は軍事や政に忙しいことが分かる。あれが閉じていたら、中の様子はわからない。
門扉へ続く道の真ん中へ立った。視界の中心に門扉と城壁、そして王城を捉える。
クリスは短く吐息を漏らし、星空を見上げた。星空はいつだって同じ輝きを見せつけてくる。こちらの状況などお構いなしだ。
何故か、どうしようもなく笑いたくなり、しかし泣きたくもなった。もうとっくに壊れているのだろうと悟った。それでも表情に変化はない。
あの頃に戻りたいなどと、星々に願うことはなかった。きっと戻りたくもないのかもしれない。地を直視せず、天ばかり見上げてきたあの頃に。
静かに瞳を閉じ、凍てついた空気を吸い込んだ。
ゆっくりと地上に視線を戻し、門扉の奥に鎮座する王城を見据えた。
マントからぬらりと短剣が姿を現す。
肺にため込んだ空気を吐き出した。
白い息を置き去りにし────────疾走する。
欠伸をする門兵の頭部は、その表情のまま地に落ちた。狼狽える残りの門兵を続けざまに切り裂いていく。返り血を顔に浴びるが拭うこともせず、がら空きとなった門扉を通っていく。
まず城壁に立つ弓兵らがこちらを射るが、動かずとも一つも当たることはない。実戦経験に乏しい守城の弓兵より、盗賊のほうがよほど弓の扱いに長けていた。
「と、と、止まれ! 今の矢は警告だ!」
弓兵を見上げると、構える弓は震え切っていて照準など定まっていない。クリスは腰のあたりから長い鎖を取り出し、城壁の突起部分に引っ掛けた。鎖を思い切りぐいと引きつつ、垂直の城壁を斜めに駆け上がっていく。城壁上に降り立つと、弓兵は弓を捨て去り、腰に差した剣を取り出した。鎖を素早く巻き取り、弓兵の膝の震えを見つめる。
「もう、もう容赦は────」と言い切るまでの間に、クリスは短剣で喉笛を貫いた。奥にいた弓兵が矢を射てきたが、死体となった弓兵を盾にして近づいた。
「な、や、やめ……!」
構えていた弓を掴み上げ、弦の部分を弓兵の首に引っ掛けた。ぐいと持ち上げると、弓兵を城壁の下へ落とした。悲鳴と共に肉と骨が潰れる音が聞こえる。城門の反対側の弓兵はこちらを攻撃することを諦め、城内に危険を知らせに走っていく。
クリスはそれを横目で見ながら、城壁上に設置されていた門扉を開けている鉄車を探った。
鉄車は強靭な鎖を引くためにあり、引いた鎖を杭に引っ掛けておくことで門扉を開けている。
逆に、杭から鎖を取り外せば、すぐにでも門扉を閉じられる仕組みであった。外敵からの奇襲を想定したよく出来た機構だ。
鎖を外すと、鉄の門扉が勢いよく閉まり、轟音が鳴り渡る。クリスは鎖に短剣を押し当てると、次第に短剣が赤白く光り出し、鎖も同じく赤く染まっていく。白い煙が立ち始め、やがて鎖は蕩けるようにして絶たれた。
重い門扉は掴む場所がなく、鎖の機構がなければ開けることができないため、開かずの扉と化した。
クリスは城壁を走った。ぐるりと回った城の裏手には一見して出入り口などないが、城壁には薄く切り込みが入っていた。王族が万が一の時に逃げるための抜け道だと察知したクリスはその場で待機した。
暫くすると門扉の辺りが騒がしくなってきた。城の中にいた騎士団や衛兵が飛び出してきたのだろう。
「お、お前が、例の!」
クリスが顔を上げると、強張った表情の騎士団員が二人立っていた。この抜け道の安全を確認に来たのだろうか。王城の裏にも隠し扉があり、そこから出てきて鉢合わせたようだった。
王はそう簡単には出てこないことを悟ったクリスは、体勢を低くしつつ二人の間に滑り込み、通り過ぎざまに二人の両足の腱を断裂した。驚愕している間に武器を取り上げ、投げ捨てた。
二人は訳も分からず、その場に倒れこむ。二人ともまだ死んではおらず、一人は王城の中へ逃げ戻ろうと這っていこうとしたため、クリスはその男の首を掻っ切った。
その様子を見たもう一人は小さく悲鳴を上げながら、すぐさま城壁側へと這っていく。地面に限りなく近い場所に位置する城壁を手で押した。重い音が鳴ると、城壁の一部が扉のように開き、外側へと通じた。スイッチを押すと、扉が開く仕組みになっているようだった。
クリスはそれを確認してから男の首を落とす。扉は数秒もすると勝手に閉まった。
先程の騎士団員が持っていた剣を拾い上げ、スイッチと城壁の隙間に切っ先を滑り込ませた。鋭い切っ先は、細い隙間にもはまり込んだ。切っ先以外の部分は短剣を使って溶かした。これで詰まった状態になり、試しにクリスがスイッチを蹴るも、抜け道が開くことはなかった。
クリスは、騎士団員らが出てきた王城の隠し扉から城内へ侵入していく。




