表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者 カイン・リヴァー  作者: 足立韋護
番外編 焔の章
76/79

次なる道

────十か月と十日後。男は急に姿を消した。


 思い返せば、男の言う指導とは壮絶なものであった。


 慣れない短剣と、慣れない体を使う相手に、長剣、短剣、大斧、弓、投げナイフに至るまで熟達した技を繰り出し、防げなければ容赦なく斬りつけてきた。クリスが痛みや出血多量によって気絶すれば神聖魔導術を用いて回復させ、血を多量に生成する薬を飲ませ、すぐさま復帰させ、指導は続いた。


 更には元素術の火、水、雷を扱い、ありとあらゆる攻撃を仕掛け、それすらクリスが対応し始めたとあれば、男は自らの体を変異させた。

 それは紛れもなく秘術であった。肉体変化の秘術を用いて身体能力を強制的に引き上げた。男の全身は一回り大きくなり、瞳の色は赤黒く変貌する。丸太のような男の腕で地面に叩きつけられないよう立ち回る必要があった。


 多対一を想定したように、秘術によって意思のある雪人形まで生成してきた。それらは魔導術こそ使えないが、武器を持って連携することができた。それに加えて男とも相対せねばならない。


 果てはそれら全てを組み合わせたように、左手に大斧、右手に杖、体は変異させた状態で戦うようになった。クリスが距離を離せばありとあらゆる飛び道具で攻め、森に隠れれば強大な魔導術で森ごと吹き飛ばす。死角からは雪人形が常に刃を突き立てる。誰か助けには来ないものかと常々考えたが、ひと気のない山、モンスターも多いこの区域に人間はいなかった。

 そうして、それらに対応できるようになった頃、クリスの超人的な戦闘技術は確立されていた。


 男がいなくなったのは、そんな生活を繰り返していた矢先のことだった。

 妙な空虚感と共に、机の上には男の深緑色のローブと書置きだけが残されていた。


『予定より一か月と十九日、三時間四十秒ほど早かったが、目標とする段階まで君は到達した。驚くべき成長速度だと誇っていい。取引は終わった。俺はここで去ることにする』


「そうか」とクリスは淡々と呟いた。


『その力を与えたのは俺だが、使い道を決めるのは君だ。俺はきっかけを与える存在でしかなく。歴史の影でしかない。今後、カイン・リヴァーに会うことがあれば、彼に注目することだ。それと、道具を二つ置いておく。まずは防炎、防刃、防寒効果のあるローブ。気に入らなければ捨ててもいい。次に”現世(うつしよ)の鏡”だ。思い描いた好きな場所が見られる。次なる道を見つけるのに役立てると良い』


 クリスは鏡とローブを手に取った。


 終始表情を変えないクリスは小屋から外へ出た。その動作は滑らかで、もはや余計な誤動作はなかった。その右手にはしっかりと”ジィソの短剣”が握りしめられていた。星空を見上げるとあの頃の記憶が蘇る。この一年足らずでわかったことがある。


 自分は感情を失ったわけではなく、表に出ないだけだと。

 あの頃の記憶を思い出すと、全身の毛穴が開き鳥肌が立つほどの、この世界を覆い尽くすと思えるほどの、総てに対する憎悪が湧きあがる。


「次なる道……」と溢したクリスは鏡を見つめた。


 鏡に映し出されるは豪華絢爛の城内、楽し気に談笑する騎士団、美女を侍らせ悦に浸る王と王族や貴族。

 魔導術師学校は再開されることなく、傷ついた魔導術師達は行き場所をなくしていた。故郷に帰る者、冒険者に転身する者、物乞いになる者、人に買われる者、盗賊に身を落とす者。町は知らぬふりを続けていた。必要もないのに、それらの音までも何故か聞こえてきた。


 クリスは自らのローブを捨て、深緑色のローブに袖は通さずマント代わりに肩へ巻き、フードを目深に被り、雪道を歩き出した。マントにしたのも単純に動きやすさを重視した結果である。

 魔武具なのだろうか。不思議とマントが触れていない箇所も暖かく感じた。



 ティルカノーツには季節がなかった。年中雪が降り続け、たまに気温が高い日に雪が解け、それを続ける。


 下山を目指そうとした矢先、空は曇り、雪が降り始めた。しんしんと降る雪は、かつて凄惨な蹂躙が行われた野営地をも、覆い隠していた。その様子がティルカシカと重なった。かつて仲間達と希望を信じて進み続けた山道を下る。仲間達の楽し気な姿と黒焦げになった姿が交互に重なる。クリスは無表情のままに、くくっと声を漏らした。


 クリスは目の前に人影が立っていることに気が付いた。避けようと山道の端に逸れるも、人影もクリスの前に立ち塞がるようにして移動した。盗賊だと悟った。


「金目のものを置いていけ」


 山道に二人、森に二人、丘に一人。山道は剣士、森は弓使い、丘は魔導術師……と瞬時に察知した。夜のため、明確な姿は見えなかったが、服の端や武器の端が見え隠れする。そこから推測することは容易であった。

 クリスは無言で通りすがろうとするも、剣士の一人に肩を掴まれた。その瞬間、その剣士の首が宙を舞った。もう一人の剣士の男が急いで距離を取る。


「ちっ……! おいやっちまえぇ!」


 森の中から弦をはじく音が二つ聞こえた。風を切る音が近づいてくる。クリスは飛来する二本の矢を、指の間で見事に取って見せた。


「なっ、何だ、こいつ……」


 クリスはジィソの短剣を口にはさみ、左手の指で不自然な形を作った。中指と小指を折り曲げ、親指と人差し指、薬指をピンと伸ばし、森の中へ向けた。まるで弓を放つように、右手に持つ矢を左手に添えた。一瞬、クリスの髪が逆立ち、目深に被っていたフードがずれて落ちる。

 やかましく弾ける音と共に矢が手の中から消え、代わりに森の中から、腹部に穴の開いた女が呆然としながら歩いてきた。


「た、すけ────」


 クリスは容赦なく女の首を跳ねた。余った体はその場に力なく倒れる。森の中から悲鳴が聞こえ、もう一人の草をかき分ける音が遠のいていくが、それでもクリスはもう一つの矢を森の中へ放った。途端に逃げる音はしなくなった。


「お、お前、何者だよ! 何だよ今の!」


 怯えて尻餅をついている剣士を見下ろした。剣士はクリスの表情を見て、顔を引きつらせる。


「ひっ……」


 剣士の首を左手で掴み、僅かの間に骨の折れる音が鳴り渡った。立ち上がってから左手の動作を確認する。痛みも感覚もないため、筋肉に無理をさせると、たまに動作不良が起こる。それを防ぐための動作確認を習慣としていた。


 背後にもう一人の気配を感じた。丘にいた魔導術師が無防備にも降りてきたのだろうか。クリスは振り向きざまに、首を跳ねようとするが皮膚に届く直前で刃を止めた。


「クリス、なの?」


「ミラ……先生……」


 最後の一人は、隻腕となったミラであった。雲の合間から差す星々の光に照らされたミラは酷く痩せこけていた。


「あなた、どうしてここに。その体は……どういうことなの」


 クリスは何も言わず俯いた。

 ミラは察した。その体に見え隠れする壮絶な傷跡と、豹変したクリスの面影に、人生を一変するほどの何かがあったのだと。それは自身も同じであった。


「私も帰郷の最中に、さっきの盗賊達に襲われてね。無理やり仲間に入れられたの。もうどうでも良かった、どうでも」とミラは自嘲気味に笑った。


 それから、ミラは何かに気づいたように、ふと周囲を見回した。


「……他のみんなは────いないのね」


「ええ、もうどこにも」


 ハッとした表情を見せたミラは数歩後退ったのち、顔をくしゃくしゃにしてその場に崩れ落ちた。クリスは暫しその様子を見下ろしてから、ミラを置いて、山道を更に下っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ