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冒険者 カイン・リヴァー  作者: 足立韋護
番外編 焔の章
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生と正

────────しつこい焦げ臭さにクリスは目を醒ました。深呼吸をしようとすると、肺が痛んだ。いつの間にか仰向けになっていたようだった。


 青空が黒々とした木々の隙間から垣間見える。小鳥が数羽、クリスの気配を察知して飛び去っていった。


 クリスは体を起き上がらせようとしたがまだ動くはずの左手左足が動かなかった。そこでようやく、ここで起きた出来事と、自らが何をしたのかを思い出した。


「……みんなは」


 掠れた声で無理やり体をねじる。肩だけは辛うじて動くため、無理やりうつ伏せになることができた。地面に顎を乗せ、周囲を見回した。


 そこには、人型の炭のようなものしか残っていなかった。焚き火に当たっていたであろう残党、三つ編みの女、弓を握る男、そしてマーク、イスリ、レイだったであろう壁に張り付いている三人。全員、焦げと成れ果てていた。息をしている者は一人としていない。


 クリスの表情はピクリとも反応しなかった。皆が死に、皆を自らが殺害した事実と、この体が動かない事実だけを理解した。クリスは額を地面に打ち付けた。幾度も、幾度も打ち付けたが、軽い脳震盪を起こしただけであった。自殺しようと考えての行動だったが、柔らかな土と雪が緩衝材となり死に至ることなどできなかった。くらつく頭にふと、マークの言葉を思い出した。


”生きてるだけ、儲けもんなんだよ”


「もう、生きていたって仕方がない。何も、ないんだ。何も」


 涙すら出ない。仲間が死んでも悲しむ心すら失ったと思った。その時、イスリだったものが木からぼとりと落ちた。

 イスリのような優しい性格なら、本当なら、死に際に”逃げて”とか”生きて”と言いたかっただろうなとクリスは夢想した。ただただ自らの死を望む最期など、あってはならない。


 四肢が動かないのであれば、もはや死ぬのは時間の問題であった。そんな中、何やら香ばしい匂いが漂ってきた。遠くからではない。自らの体あたりから美味そうな肉の匂いがした。魔力暴発の影響で長い時間気絶してしまったのだろう、腹が減って仕方がなかった。


 クリスは肩を動かし、匂いのもとを見ると、半分焦げたピルスの姿があった。また勝手にローブから出ていたのだろうか、腰の辺りに転がっている。魔力暴発に巻き込まれたせいで、ピルスも焼け死んでいた。ピルスの足につけていた防雷のお守りが朽ちてしまっている。二度目の暴発には耐えられなかったようである。


 器用に肩だけを動かし、ピルスを眼前へ捉えると、迷いなくかぶりついた。茶色く焼けた毛並みが喉に引っ掛かり、歯間に挟まった。

 しかし肉質は良く、上質な肉の味に思えた。肉の少ない部位は苦く、火も通っていなかったが、それでもクリスは飲み込んで腹に入れる。そこまでしてクリスはようやく、自らが未だ生にしがみついていることに気が付いた。焦げ付いた仲間達をもう一度見つめる。

 死ぬことなどいつでもできる。それならば、出来る限りこの仲間達に報いなければ。不思議とそんな気になった。


 くくっとクリスは自嘲気味に声を漏らした。笑いたかったが表情は上手く作れず、変な声だけ漏れた。クリスは泥混じりの雪を貪り食った。より一層体は冷えたが、喉の渇きは潤った。


 次に、近くに落ちていた魔導術に使用していた杖を口にくわえた。

 杖は本来手に持って初めて安定した魔導術の発動ができる。手に持つ以外で魔導術を発動すると、不発に終わることや、意図しない魔導術に化けてしまうことがある。

 だが、魔力の扱いに長けている魔導術師であれば、杖に触れつつ微量の魔力を流せば、おおよその魔力量がわかる。


(……魔力は、まだあるか)


 魔力暴発後、気絶している間に若干の魔力は回復していた。もし雷を幾度か落とせる魔導術が使えたら、誰かが気にして見に来てくれる可能性がある。それに期待したが、この魔力量では弱い魔導術を数発放つので精一杯であった。


 森でも燃やすかと考えていた矢先、近くの草むらから猪が姿を現した。思えば、目を醒ました時にも小鳥がいた気がする。ここにいる死体やクリスを喰らいに来たのだろうと直感した。猪はクリスを見つけるとより一層鼻息を荒くし、幾度か足元を蹴ってからすぐさま駆け出した。

 クリスは杖を口にくわえながら、自滅覚悟で魔導術を放つ。


 杖から雷球が猪に向かって発射されたが、途中で失速し地面に落下してしまった。それは地表にある雪解け水を伝い、猪のみならずクリスまでも感電させた。今まで慎重を期していたため感電したことはなかったが、初めての感電は耐え難い衝撃と痛みを伴ってクリスを襲った。腕の一部に火傷を負ったらしく、じりじりとした痛みが加わる。


「ぐっ……あぁ……」


 もだえ苦しむクリスは猪が倒れる姿より、自らの左腕が痺れと共に、意思に反して動いていることに注目した。やがて痺れが抜けると、左腕はもとの動かないものに戻っていた。


 様々考えながら、猪に這いつくばりながら近づき、そのぼってりと膨れた腹に噛みついた。硬い皮であった。繰り返し顎が疲労でおかしくなるまでしつこく噛んでいると、一部の皮が剥がれ赤い血と桃色の肉が垣間見えた。生で食えば腹を下す可能性が高い。腹を下せば自ずと体力もなくなる。火を通さねばならない。


 火を通すには、魔導術をぶつける他ない。しかし、あの痛みと衝撃をそう何度も味わいたくはない。そう考え、もっと弱い魔導術を猪にぶつけてみることにした。電撃は猪の体を伝い、クリス自らも再び感電した。耐え難い痛みは同じだが、衝撃は少なかった。しかし予想に反して、次はクリスの右膝がぐぐっと曲がっていた。


 もっと制御可能な魔導術をこの体にぶつければこの四肢は動く。そう確信を得たクリスは、ミラから教わった魔導術”雷導”を思い出した。


「強弱が可能……自らにも使える程度の電撃……」


 クリスはこの可能性に賭けた。


 半焼けとなった猪の肉を喰らい、喉が渇けば雪を貪る。体が凍えるが、日当たりは良いため、これをすれば身体が死ぬことはない。電撃を浴びれば何故か身体が温かくなるのも都合が良い。

 死体の匂いに釣られてやってきた鳥類や獣を魔導術で仕留め、食糧にした。口に挟んだ魔導術にも徐々に慣れ、安定して放てるようになってきた。


 生き抜く術を身につけたクリスは、眠ることなく自らの魔導術で自らを感電させ続けた。

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