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冒険者 カイン・リヴァー  作者: 足立韋護
番外編 焔の章
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鏡像と虚像の立場

 クリス、マーク、イスリ、レイ、ミラの五人は同じ寮室に入ったが、皆理由は語らなかった。ミラの顔色はみるみる悪くなっていく。


「お、俺、魔導術師ギルドに頼み込んでくる。ミラ先生だけでも、受け入れてくれないか」


 マークはそう言うと下唇を噛み締めながら部屋を飛び出していった。クリスはマークを見送ろうと窓の外を見ると、暗い夜の中に家々の煙突から立ち上る白い煙が見える。どこからともなく暖かな団らんなのだろう、笑い声も聞こえてきた。王の崩御があったことはもちろん、未熟な若い魔導術師達がないがしろにされたことも知っているだろう。


 しかし、この国の、自分達の安全が保たれたこと、それを祝わずにはいられないのだ。自分や大切な人さえ守れたら、他がどうなろうと関係ないのだ。

 クリスの体の内を圧倒的な孤独感が占領した。そして今更、外から吹く風の冷たさを感じ取った。


「クリス、ミラ先生が寒がっているから……」


「ああ、ごめん」


 クリスが窓を閉じようとした時、視界の端に身に覚えのある顔が映った。あの豪奢な鎧は纏っていないが、騎士団長ヴォルガスト・ロケルであることに間違いはなかった。

 窓から見える道を一人歩いている。式典もあったはず、そのあと普通ならば宴会もあるはずである。現に他の騎士団員の姿は見えない。出番が終わった途端に式典を抜け出したということか。クリスは訝し気にその動向を見守った。


 ヴォルガストはそのまま一つの家の扉を開けた。中からは待ちわびていたように小さな女の子がヴォルガストの足に飛びついた。続いて出てきた女性と、足にしがみついている女の子をヴォルガストは愛おしそうに抱き寄せた。女性も一つ涙を流すと、ヴォルガストも呼応するように一筋の涙を見せる。三人はすぐさま家に入っていく。傲慢と権力を振りかざしていた男は、全て、家族を守るために気張っていたのだった。


 クリスは診療室で聞いた話を思い出した。

 ”敵の騎士団長をこちらの軍が討ち取って終結したようです”


 ヴォルガストの鎧には傷も汚れもついていなかった。それを当初は、部下にばかり働かせて自らは高みの見物をする非道な男を象徴するものだと考えていた。クリスは軽蔑していた。しかし、騎士団長が討たれれば軍は総崩れとなる。それだけで勝敗が決するのだ。むしろ、傷も汚れもついてはならない存在であったのである。全てを理解したうえで、傲慢と権力を振りかざす素振りを見せていたのだろう。何をしてでも、家族との再会を遂げるために。


 クリスはそっと窓を閉じた。

 しばらくして帰ってきたマークの顔には大きな青あざができていたが、表情は笑っていた。


「マークさん、その顔は……?」


「いつも見下して嘲笑っていたのを知ってるぞって、ぶん殴られた。そりゃ、そうだよな。小馬鹿にしてた人間が、今更何言ってんだと。でも頼み込んだら、一人くらいなら受け入れてやってもいいとさ。既に負傷した魔導術師連中を何人も受け入れてるから、もうギリギリだそうだ」


「そんな、騎士団に神聖魔導術師や薬師は沢山いたじゃないか」


「ギルドの連中も愚痴ってたぜ。このまま河川を空けておくとまた占領されかねないからって、負傷者以外の騎士団員と薬師、神聖魔導術師はそっちに回されるんだってよ。明日の早朝には出発するらしい。動けない負傷者は数人の薬師を王城に置いて、そこで看病してんだとさ。要は俺らに回される医者はいないってこった」


 クリスの心中は更に複雑なものと化した。マークに「先生、運んじまおうぜ」と声をかけられ、イスリとレイを部屋に置き、荷車にミラを乗せて魔導術師ギルドへと運んだ。クリスは杖を突きながら、少しずつ荷車を押した。ギルドの女性は明らかにマークを敵視した目をしていたが、クリスに対しては丁寧な応対をとった。


「最後の一人と思ってくださいね。見てください。病床は足りていない。もはや、これ以上は抱えきれません。戦争が終わるまでは、この国から脱出したほうが良いでしょう」


 クリスは扉の中を見ると、多くの傷病人が横たわっている。ギルドの人間だろうか。ローブを来た人間が忙しなく駆け回っている。


「首都は無理でも、隣町とかはまだ医者がいるのでは」


 女性は静かに首を振った。


「山岳地帯を越えた先の町はわかりませんが、この巨大盆地にある町や村の医者も今回の戦争で徴集されていて、同じような状況になっています」


「そんな、こんなこと、あっていいはずがないのに……」


「冒険者ギルドでも同じく治療に当たってくれている人もいますが、やはり本業が優先。多くの冒険者は我関せずの状態です」


「そうですか……」


「はあ。正直、我々を見下していた人の頼みなので聞きたくもありませんし、もはや一人の受け入れもできませんが、這いつくばられるほど頼まれて断るほど非道じゃあないので。では、この辺で」


 ギルドの女性が中の仲間達に声をかけ、ミラをギルドの中へと運ぼうとしたとき、ミラはクリスの腕を力強く引っ張った。

「生き、て……」と薄れゆく意識の中、騎士団の証として貰っていた赤い鷹の腕章をもぎ取っていった。

 クリスとマークが何度も頭を下げながらミラのことを任せ、二人は寮に帰ることにした。



「────クリス、それに、マークなのか?」


 帰りの道中、声をかけてきたのは衛兵のベオルであった。よほど飲んでいたのか、顔は熱した鉄のように真っ赤になっていた。

 こちらを見た途端、大粒の涙を流しながら抱きしめてきた。鎧が脇腹に当たり少し痛かったがクリスもマークも、静かに抱きしめ返した。


「凱旋の時にいねえからさ、死んでんじゃねえかって。やけ酒してたとこだったのよ。お前ら見たときは、とうとう幽霊見ちまったと思ったが、まさか本物とはなぁ!」


「ちゃんと生きて帰りましたよ」


「クリスお前、その杖……」


「右腕と右足、動かなくなっちゃいました」


 クリスは無理に笑ってみせた。ベオルはぐうぅと唸ってから、再び抱きしめてきた。


「ありがとうな。この国を守ってくれて。ありがとうな」


 その後、ベオルに食事に誘われたが、二人はそんな気にもなれず断って寮に帰ることにした。寮室には相変わらずレイのよだれを拭うイスリの姿があった。

 部屋は先ほどより、若干ツンと鼻にくる臭いがした。


「ごめんなさい。二人がいない間に、レイが粗相しちゃって。処理はしたんだけど、少し臭いが残ってるかも」


「そうだったのか、ありがとう」


 それから同じ寮室で暫く話していると、皆自然に疲れ果てた心身を癒すようにして眠りについていた。

 翌朝、マークの声にクリスは目を醒ました。マークが部屋の入り口付近で誰かと言い争っている。目をこすりながら起き上がると、徐々に話の内容が耳に入ってきた。


「どういうことだよそれ!」


「ですから、これは学長の意向です。学校の運営管理ができなくなりましたので、それが回復するまでは、一時帰宅して下さい」

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