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冒険者 カイン・リヴァー  作者: 足立韋護
番外編 焔の章
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変わり果てたもの達

────クリスは目を醒ました。


 木製の天井がまず目に入る。続いて草を潰したような苦味のある匂いが香った。拘束されていないことから、きっと砦まで運ばれたのだと悟った。意識が覚醒するにつれて体中に痛みが走った。

 上体を起こそうにも、言うことを利かなかった。


「あ、起きた」


「ご気分はいかがですか」


 見知らぬ女性が声をかけてきた。話を聞くと、前線基地の診療室にて神聖魔導術師と薬師がちょうど診てくれていたようであった。薬師の女性はすり鉢で何かを砕きながら、横目でこちらを見た。


「あなた、三日間も眠っていたのよ。魔力暴発したって聞いたわ。大人しそうなのに無茶するのね」


「み、三日……? あれからどうなったんですか!」


 薬師は鼻で笑ったがそれを神聖魔導術師の女性が軽く叱った。


「私達は勝ちましたよ。ちょうど戦場にあなたがいた日に、あなたがいた戦場で、敵の騎士団長をこちらが討ち取って終結したようです」


「そうでしたか……良かった」


「それと、あなたがポケットに入れていたあの獣は、かなり弱っていたので応急措置しておきました。ティルカシカへ戻ったら本格的な治療をしてあげてください。足に付けていた防雷のお守りのおかげで、あなたの暴発にも耐えたようですね」


「ピルス……ありがとうございます」とローブのポケットから温かみを感じて、ひとつため息をついた。


 まだ頭が混濁して思い出せないことも多かったが、ひとまず勝利がわかって安堵した。

 しかしながら体を動かそうにも、やはり上手く動かせなかった。その様子を見て、二人は顔を見合わせた。何か言いづらそうにしていたが、薬師がクリスの右手右足を持って、強い口調で言い放った。


「あなたの右手右足はもう動かないわよ」


「う、動かない?」


 神聖魔導術師が眉をハの字にしながら、前へと出てきた。


「恐らく、魔力暴発の後遺症です。眠っている間に、色々体を調べました。神聖魔導術で。右上腕から右手先、それに右足付け根から右足先まで魔力が行き交っていなかったんです。魔力は神経を通って体中に流れています。でも、魔力が流れていないということは……そういうことなんです」


「そう、ですか」


 クリスは再び天井を眺めた。確かに、微動だもしてくれない、まるで他人のような右腕を左手で掴み、軽くため息をつく。ぼうっと天井を眺めていると、ふとあることを思い出した。クリスにとっては戦争などよりよほど重要な内容であった。どうして真っ先に聞けなかったのか、自らの間抜けさに嫌気がさした。


「あの、レイは、赤毛と赤いローブを纏った女の子は見ませんでしたか。頭を矢で射られていて、でももし生きているのであれば、この診療室にいるのでは」


 二人は顔を見合わせたが首を傾げた。あの特徴的な外見を見紛うはずもない。クリスは「死んでしまったか」と腕で目を覆った。


「レイは生きてる」


 その軽率そうな声は、沈痛な空気感を纏わせながらクリスの耳に入った。視線を向けると、汚れや生傷が目立つマークがクリスを見下ろしていた。


「マーク! よく無事で!」


「生きてるだけ、儲けもんだよな。本当に」


 戦場では皆自らの内に秘める闘争本能を全力で引き出す。そんな中でもマークは一種の自分らしさのような失ってはいなかった。しかし今のマークはやつれてしまい、持ち前の明るさの大半を失っているようである。


「でも頭に矢が……どうにかできたのかい?」


「あの場の生き残りに神聖魔導術も使える奴がいたんだよ。絶命寸前のところで傷を無理やり修復してもらった。戦場で傷は治ったから、診療室には入れなかったんだ。さて……イスリ、レイを連れてきてくれ」


 診療室の外から、荷車を引いたイスリが歩いてきた。マークと同じく、衣服が所々が切れてしまい、顔も汚れてしまっている。荷車の上にはレイが確かに目を開けて座っていた。それでもイスリは浮かない表情であった。クリスは動かない右側を庇いつつ、左手足を不器用に動かして起き上がった。あの絶望的状況で皆が生き残っていたことが嬉しくてたまらず、クリスは涙を浮かべた。


「イスリ! レイ! 生きてたんだね。本当に、本当に良かった」


「クリスさん、目が覚めて良かった。でも診療室の方から、右手右足が麻痺してるって」


「いや、いい。みんなが生きていれば、僕のことは気にしないでほしいんだ。そんなことより、レイ! 無事だったんだね」


 クリスが声をかけるも、レイの反応は鈍かった。何か小さく呟いているが、要領を得なかった。クリスが首を傾げるとイスリは荷車を目の前まで寄せてくれた。レイは寄り目気味にひたすら宙を見つめている。


「レイ……?」


 レイは口をあんぐりと開けながら、「あ……あう、ああ~」と応えた。垂れそうになるよだれをイスリが慌てて拭った。クリスは思わず口元を手で押さえた。瞳から涙がとめどなく溢れ出てくる。


「泣くんじゃねえクリス! 生きてるだけ、儲けもんなんだよ。お前が寝てる間に、あの戦場であり得ねえ数の人間が死んで……学校の生徒だって、もう、ほとんど見ねえ! だから絶対に、”こんな姿に”なんて言うんじゃねえ。みんなで生きて、帰るんだよ!」


「ぐ、う……うん、わか、った。わかった」とクリスは涙を堪えた。


 クリスは、その後にやってきたミラと互いを称え合った。クリスもミラも触れなかったが、ミラの左腕は肘から先がなくなっていた。


 頭がすっかり重たくなってしまい、その日は再び眠りについた。


 それから帰国の号令がかかったのは、クリスが目を覚ましてから四日、戦争終結から実に七日経過していた。

 思いの外、日にちがかかっていた気がした。怪我のせいなのだろうか。戦場の記憶や、レイの状態によって精神が乱れているせいだろうか。時間がやけに長く感じているだけだろうとクリスは考えていたが、それは大きな勘違いであることを、帰国当日に知らされることとなった。


 賢王が崩御し、新王が誕生していたのである。

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