雪と赤
────ティルカシカ魔導術師学校の生徒らは、形式的にティルカノーツ王立騎士団に所属することとなった。その証として、ローブに王立騎士団の証でもある赤い鷹の腕章が付けられた。
王立騎士団の呼称は国によって異なるが、どの国でも同様の騎士団は存在していた。近年、騎士団にも多くの魔導術師を配備していたが、ティルカノーツは現在の王となるまで、近接武器を扱う者と神聖魔導術を扱う者しか入ることが許されなかった。そのため、魔導術を取り入れた戦術をいまだに確立できずにいた。
それもあってか、王立騎士団に所属はしたものの実際は魔導術師隊として、騎士団の隊列からは外され、魔導術師だけで動くことを命じられた。
クリス、マーク、イスリは運良く同じ隊に組み込まれたが、レイだけは人数の調整で別の隊に配置されることになってしまった。その赤毛と赤いローブの姿が遠のくにつれて、特にイスリは表情を暗くした。
「大丈夫、必ずまた会えるって!」とレイは明るく振舞って見せたが、ちらとローブの下に見える握り拳は白んでいた。
五人一組の隊は、男女が平均的となるように振り分けがなされた。先生が二名いる隊もあれば、クリスやマークのように試験合格者が二名いる隊もある。実力で選別しているわけではないようであった。
それから前線基地まで一晩かけて徒歩で移動することとなった。温暖な日にティルカシカを出発した。
小さくなっていく門には、生徒らの家族が涙ながらに見守る姿があった。直前で出発を邪魔されないよう、話すことは固く禁じられた。クリスは家族に徴兵のことは話しておらず、マーク、レイ、イスリは山岳地帯を越えた先に故郷の町があるため、四人の家族の姿はなかった。
そんな折、クリスのポケットからピルスが顔を出した。「あっ、ピルス……! ついてきたのか。ダメじゃないか」とクリスは焦りながら、ピルスをポケットに隠した。今から寮に戻るわけにもいかず、ため息交じりにポケットに収めておくことに決めた。
ティルカシカの山岳地帯の中でも比較的山越えがしやすい山の、その先を下った平野に巨大河川が見えた。それは争う必要がないほどに巨大な河川であった。豊かな水は、対岸まで船で渡っても三十分はかかりそうな大きさであった。その河川には既にいくつもの砦が築かれており、スティルマレの騎士団であろう紺色の鎧を纏った敵軍騎士が歩き回っていた。
それを見下ろす形で崖上に砦が建てられていた。包帯を巻いた騎士団員が幾人も歩いており、救護所のような場所では、どうにも薬師や神聖魔導術師が駆け回っていた。戦争が長引いている、クリスはそう悟った。
広間に集められた一同は、ここまで引き連れてきた騎士団員に、一通り指令本部となる砦との伝達方法や自軍と証明する合言葉など教わった。その後、威厳のある風貌の男が皆の前に立った。クリスも遠目から見たことだけはあったが、力強い気迫とその筋肉から成る巨躯は、遠目で見るより遥かに強大であった。
「ティルカノーツ王立騎士団、団長を務めるヴァルガスト・ロケルだ。見ての通り、前線は疲弊しきっている。貴様らの奮闘に期待する。以上だ」
「なんだよありゃ、偉そうに」とマークが口を尖らせた。ヴァルガストはそれを聞き逃さなかった。
「俺に文句がある奴がいるようだな。出てこい」
マークは咄嗟に口をつぐみ、ヴァルガストから目を反らした。
「……ふん、口に気を付けることだな。ここは戦場、そして貴様らは王立騎士団の所属下にある。もはや客人ではないのだ。無駄口を叩く暇があれば、魔導術の詠唱でもして敵を一人でも排除しろ」
ヴァルガストはそのまま退場した。広間はしんと張りつめた空気に包まれた。
その後、参謀を務める男が皆の前に現れた。この戦争の基本は、奇襲と白兵戦。障害物の少ない河川辺りでは、最初の奇襲のあとは泥臭い白兵戦が八割を占める。しかしスティルマレの魔導術師や弓隊による援護に押され、河川を取り返すには至っていなかった。
正面からの戦い以外でも、互いに戦場を大回りして裏をかく作戦を展開するが、いずれも厳しい雪山と周辺の魔物に数を減らされ、敵陣に辿り着く頃には、敵騎士を減らすほどの数は残っていない。加えて、あまりにも多くの騎士をそこに割けば、敵の斥候に気付かれ、中央突破を許してしまう。
ならばと堅牢な砦を焼こうにも、雪によって燃え広からず瞬く間に鎮火されてしまうのだ。
もはや打開策は正面突破しかないのだという。
一同は、明日の夜明けの奇襲に参加するよう命じられた。一時の猶予が得られたが、それは無駄に恐怖を増幅させるものでしかなかった。食事が出るのかと期待もしたが、一日目の配給はなかった。もっと疲弊している者たちを優先しているということなのだろう。目を覆いたくなるような状況に、クリスは早くに就寝することにした。
────翌日、日の出前、クリスの隊は木陰や草むらに身を潜めた。
他の隊も同様であった。先に言われていた通り、魔導術師だけで構成された隊が並び、各々の持ち場から離れないよう伝えられていた。
スティルマレ側は意外にも警戒心は薄く、寒空の下、震えながら行水をしている者もいた。あくびをしながら、朝飯を食らっている者もいる。暫く戦いはなかったのだろうか。それとも余裕の表れだろうか。クリスはじっと身を潜めた。マークや、イスリ、他の二人も口を真一文字につぐみ、敵の様子を窺う。
「かかれぇぇ! ティルカノーツのために!」
号令の声と共に、地鳴りと思えるほどの雄叫びが戦場を包んだ。クリスらも他の仲間達の動きを見ながら飛び出した。敵軍も勿論こちらに気付く。行水をしていた者も手早く鎧を身に着け、剣を手に取る。さすがに動きに無駄がない。
素早い者は既に飛び出した仲間達へ剣を振るっていた。幸か不幸か、見知った顔ではない。だがローブを纏った男が詠唱する間もなく、胸を剣で刺される光景は、衝撃的であった。真っ白い雪が、痛ましい血の色で染め上がっていく。
その敵の騎士は剣を素早く抜き取り、目の前の殺人に怯んだ他の生徒らも次々に斬りつけていった。悲鳴が上がる中、その騎士が叫んだ。
「魔導術師が出てきたぞ! 気をつけろ!」
そう叫んだ瞬間、男の足元の雪が舞い上がった。突風と思われた風に当たったその男は、足元をすくわれるようにしてその場に倒れこんだ。剣を構えて駆け出していた敵も次々に転び始める。ただ転んだのではない、立ち上がれないほどに足首を切り刻まれていた。敵の足元に風の刃を送り込んだのだとクリスは理解した。術者である人物は杖を一振りして手元で風を操りながら、前線の一番前にゆっくりと立った。
クリスは遠目から見てもわかった。術者は、ミラであった。




