祝杯
────クリスは、待たせていたマーク、レイ、イスリの三人に合流し、町へと外出した。白銀の積雪が、赤褐色のレンガの家々と対照的でより白く映えていた。これから寒い時期に入り降雪量も増えるにつれ、雪景色はさらに広がっていく。
クリスはてっきりマークと二人きりで食事するものと思っていたが、今日は試験合格祝いも兼ねた食事をするとマークは意気込んでいる。そんな目的があったとは知らなかったクリスはレイとイスリに一言謝った。
「なんだか、悪いね。二人にはあんまり喜べない食事だろうに」
「なに言ってんの。あたしにだって友達を祝う器くらいあるわよ。ね、イスリ」
「クリスさん、気遣ってくれてありがとう。でも、私は素直に祝いたいんだよ」
「イスリ……」
クリスとイスリは暫し見つめ合った。寒さか、恥じらいか、頬を紅潮させたイスリを見たクリスは、愛おしそうに笑みをこぼす。それを見ながら、マークはレイに耳打ちする。
「もしや俺ら邪魔者?」
「あの二人、一年の時からずっとあんな感じなのに、付き合わないのよね」
「ま、そこは二人に任せようや。あ、見ろよ、またやってるぜ」
マークが指差した先を見ると、魔導術師ギルドの面々が、病人や怪我人を受け入れている姿があった。その横で、行き交う人々に寄付を呼び掛けている。もはや馴染みの光景であり、たまに小銭を与えている者がいる程度であった。
「薄い毛布一つで良いのです、硬貨一枚でも良い、どうかお恵みを! どうか!」
「魔導術師ギルドなのに、なんであんなの受け入れてんだろうな。神聖魔導術師に任せりゃいいのに」
「あんた知らないの? いくら人体回復できる神聖魔導術でも大きな怪我とか病気は治せない。この国は他国といざこざがあるから、この町に医者を回すほどの余裕はないのよ。それをあの人達は、看病して、薬を調達してどうにかしようとしているの。立派よ、本当に」
「そういうもんかねぇ。俺には理解できんね。おっと、ほら着いたぜ」
そこは行きつけの酒場であった。王城の衛兵も何人か食事に来ていたが、その中の一人が声をかけてきた。
「お、仲良し四人組! 今日は早えな!」
「ベオルのおっちゃん、もう酔っぱらってんじゃねえかよ。相変わらず衛兵は呑気なもんだぜ」
ベオルと呼ばれた髭面の衛兵は人当たりがよく、民達からも信頼が厚い人物である。王城勤務当初は筋骨隆々であったが、あまりにも平和な勤務実態にかまけて、自慢の筋肉は削げ落ちてしまっている。
彼はこの酒場の常連であり、同じくここの常連でもある四人とも面識があった。
「ベオルさん、こんばんは。今日の勤務は終わられたんですか」
「おうとも。ここは平和なんでな! ま、いざとなったら守ってやるからよ。しっかしクリス、お前さん相変わらず整った顔していやがるなぁ。うちの娘に紹介したいくらいだ」
「え、ええ。また機会があれば……あはは」
────四人は食事と飲み物をたらふく食べ、暫し歓談したのち満足げに店を後にした。ミラの説教や罰の内容など、共通の話題で笑い合った。ピルスに餌を与えようとしたべオルが全く懐かれなかったことを発端に、ピルスに誰が好かれるか、という他の客まで巻き込んだ出来事まであり、大いに盛り上がったのであった。
食事代は、試験合格祝いと知ったベオルが気前よく奢ってくれた。
日もすっかり暮れ始めた頃、メインストリートを歩いていたとき、前方から鎖に繋がれた何人かの男が歩いてきた。先頭と最後尾に数人の衛兵が警護している。この平和な国でも少なからず犯罪は存在し、特に罪の重い罪人は周知と辱めを受けさせるために町を練り歩くのが、ティルカシカの慣習であった。
その時前方に立っていた少年が、興味本位なのか、恐れることなく罪人に触れようとしていた。
クリスは駆け出した。運動神経に自信はなかった。魔導術のセンスはあっても、昔から運動にかけては他より劣っていることはわかっていた。しかし今は全力で脚に力を込めて、誰よりも早く駆け出したのである。鎖で繋がれているとはいえ、罪人の男に触れれば何をされるかわかったものではない。
クリスは間一髪のところで少年を抱きかかえて罪人から引き剥がした。
「はぁッ、はぁッ……! 危ないことをしたらダメじゃないか!」
クリスは少年を叱った。少年は驚きのあまり涙を浮かべてクリスへと泣きついた。「良かった、本当に……」とクリスは夜空を仰ぎ見た。白い息が暗い夜空へ上っていく。当の罪人は少年が近寄っていたこともわかっていないようで、こちらを一瞥して首を傾げた。
後から追いついた三人も事の成り行きを見ていたので、ほっと胸をなでおろした。
マークが泣きじゃくる少年の顔を真正面から捉え、目を合わせた。
「いいか、今のうちによく覚えとくんだガキんちょ。あれは重罪人なんだ。人の皮を被った”バケモノ”なんだよ」
「バケモノ……?」
「そう、人に悪さをする人だ。魔物となんら変わりのないどうしようもねえ奴等。関わっちゃいけねぇ」
「今後は危険だから近寄らないことね」
暫くすると騒ぎを聞きつけた母親が少年を迎えに来た。少年を引き渡すと何度も頭を下げられた。
四人は再び帰途につくと、イスリがクリスの肩を軽く叩いた。
「さっきのクリスさん、すごく格好良かった」とイスリが褒めた。クリスは頬を淡く染めた。
「そう、かな。もう無我夢中で」
「クリスってば、無類の子供好きだもんね」
「未来を担う大事な子らだよ。そりゃ、好きさ」
クリスは星空を見上げた。さっきのような危険な場面はあれど、この国がいつまでも平和であってほしかった。民は良い人ばかりで、首都も美しい。それを守るためであれば、身を粉にしても良いとすら考えていた。




