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冒険者 カイン・リヴァー  作者: 足立韋護
第四章 【失礼冒険者と失われた海域】
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水平線の先に見えるもの

────カインはミュウファに別れを告げ、フェアリーらの訝し気な視線を背に受けつつ、拠点へと戻っていった。

 横たわるアベルはいまだ疲労感の残る表情で木々を眺めていた。景気づけにとカインが先ほどまでの珍事を話してやると、笑いをこぼし、少しばかり元気が出たようである。



 翌朝、アベルは目を輝かせていた。目の前には、溢れんばかりの食糧の山が並べられていたのだ。


 アベルの無理と、食糧調達班を失ったことを受け、残った仲間達に火が付いていた。自由行動としていたがそれをひとしきり満喫した後、皆食糧調達に出かけていた。各々の個性を生かし、弓を射れる者は高所の果実を落とし、土の魔導術が使える者は、地中に自生する野菜を見つけ出した。カインとストガに関しては、闇雲に木々を揺らし続け、たまに落ちてくる実を見ては跳ねて喜んだ。

 そのうえで、拠点の移動までこなしていたのである。アベルは心から感心した。だが周辺警戒班は既に出立しており、討伐戦略班のカインらだけがその様子を満足げに眺めていた。



 アベルはひとつ頷くと、周囲にあった枯れ木から樹皮を引き剥がし、焚き火から出てきた炭を使って、何か絵を描き始めた。


「お、指先真っ黒にしてお絵描きでもすんのか?」とカインがふざけてみるも、アベルは「そんなところです」と答えるだけであった。暫し眺めていると、やがてその絵の全容が見えてきた。


「イカダの、設計図……?」


 テリアの言葉にアベルは頷いた。


「そんなもん描いてどうすんだ?」


「まあ見てのお楽しみです」


 やがて描き上げた設計図を皆に見せる。この島の材料を使用した簡易的なイカダの設計図であった。ストガは顔の皺を寄せながら設計図を眺め、首を傾げる。


「こりゃ木をつなぎ合わせただけのもんだぜ。耐久力がなさすぎて人一人乗るのも怪しいぞ」


「ええ、それで良いんです」


 ひとまずこれを作ってほしいとの依頼に、一同は疑問を解消できないまま浜辺近くに移動し、作業に移った。材料は既に作戦決行が決まった段階で集めていたのでそれを使う。至極簡単な造りであったため数刻も立たずにイカダが完成したが、皆の表情は暗かった。


「なんだか、床をそのまま持ってきたみたいな造りね……」


「ローゼさん、それを言ってはいけません……」


 しかし、アベルは一人満足げに頷き、「よし、浮かばせてみましょう」と皆に伝えた。

 海へとは運ばれたその床と揶揄された平らなイカダは、そのまま海へそっと浮かばせられた。木が持つ浮力によって、若干水に浮いてはいる。しかし、人が乗れるほどの強度はなく、波が来たら瞬く間に大破してしまいかねない、危うい造りである。


「風の気、その流体を顕現せよ」


 アベルの詠唱により生み出された風によって、沈みゆくはずのイカダが沈むことなく浮き続け、なおかつ推進力まで得ることができた。一同緊張の面持ちで眺め続ける中、そのまま、しばらく沖合いまでイカダを動かし続けるも何も起きることはなかった。

 つまりムシュルオプスは船の影に引き寄せられている可能性が低くなったのである。やがてアベルは魔導術をやめ、イカダを海へと沈めた。


「だあああ! いけるかと思ったが、ダメかぁああ~」


 砂浜に身を投げ出したカインは、晴天の空へと叫んだ。


「もう一度、同じものを作りましょう」


 カインがアベルを見上げると、アベルは水平線を見据えていた。その瞳に宿る気配は、何も揺らいではいなかった。カインはそれを確認すると、少し口端を上げてから立ち上がった。


「……おっしゃ、やってやろうぜ! ストガ、じゃんじゃん木ぃ切り倒すぞ!」


「あ~? 少し休憩させてくれや」


「あ、そ。力自慢のくせして木も倒せないってか。…………雑魚め」


「ざ、ざ、雑ぁ~魚ぉ~? 言ったなこの野郎ばか野郎てめえ! 今に見てやがれよ! 木を倒した本数の少ないほうが雑魚だ!」


 ぎゃあぎゃあと喚きながら二人は再び森の中へと入っていった。それを横目で見ながらローゼはため息交じりに、いつまでも海を見据えているアベルの隣に立った。


「一応確認ね。いまやってること、無駄なことでも無益なことでもないのよね」


「ついでに無策でないことは約束します」


「よろしい。私の人生に”無”の一文字はいらないからね。テリア! 行きましょう!」


 ローゼはテリアを引いて、カインらを追っていった。


「その一文字がいらないと色々問題があるような……まあいいか」とアベルは一人笑みをこぼした。


────夕暮れにもなる頃。空は徐々に曇り模様となり、美しい夕陽は姿を隠していた。これからまさに雨となろうことが、湿気と遠雷によって感じ取れる。


 周辺警戒班も戻ってきた中でもなお、討伐戦略班はイカダを造り続けていた。あれから、アベルの指示にて四度、イカダを海に浮かばせていた。

 毎回、異なる浜辺から浮かせては沖合いにまで押し出している。しかし、ムシュルオプスが襲い掛かることなどなく、失敗し続けていた。そしてこれで五度目、さすがに疲労の色を隠せない討伐戦略班の姿に、戻ってきたメンバーは困惑した。


「そういえば説明してませんでしたね」とアベルは周辺警戒班へと、作業しながらムシュルオプス討伐作戦について説明した。そんな中、五度目のイカダがようやく完成し、僅かに歓声が上がる。


「さあ五隻目の完成です。これを浮かばせたら今日はこれで仕舞いにしましょう」


 終わりと言われて初めて討伐戦略班一同の顔に表情が戻った。先の四度とはまた異なる浜辺まで皆で運搬し、同じ手順で海まで流す。


「頼む、頼む……!」とカインは両手を握りしめ、イカダを見つめた。ゆらゆらと漂うイカダは沖に出るも、いつまで経ってもムシュルオプスを誘き出すに至らなかった。


 さすがに心が折れたアベル以外の討伐戦略班は、ぐったりとその場に座り込んでしまった。


「もうだめだこれ。この作戦だめだ」とストガは力なくぼやいた。


 しかし、アベルは水平線を見据えることをやめなかった。そんな皆の考えとは異なり、アベルの瞳はいまだ諦めの色には染まっていなかった。


「まだです。今日は拠点移動はしません。明日は周辺警戒班の皆さんもこちらを手伝ってください」


「明日はきっと雨ですよ、アベルさん。作業の手は止めたほうが……」とテリアが進言した。


 アベルは一度空を見上げ、そして水平線を眺めた。ゆっくりと深呼吸してから、皆の顔を見てアベルが宣言する。





「────明日、神獣ムシュルオプスを仕留めます」




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