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冒険者 カイン・リヴァー  作者: 足立韋護
第四章 【失礼冒険者と失われた海域】
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対クリス戦

「てめえ、この野郎ォ!」


 カインは力任せにクリスへと殴りかかろうとするが、青鎧に身を包んだ長身の男の大剣に阻まれた。青鎧の男はカインの一撃を受け、苦し気な表情を見せるがそれを受け流して見せた。カインの体は反転し、その反動でミュウファは花畑の中へと放り出された。カインが体勢を整えると、青鎧の男が大剣を片手で持ちあげ、こちらへ向けた。


「クリスさんへの手出しは許さんぞ」


「お前、ライリスとか言ったか。小童が俺に勝つつもりか?」


「舐めた口を……! どちらが小童か!」


 互いに殺気を放ったその時、間にクリスが割って入ってきた。


「ライリス、確かにこの人の相手は君では務まらないよ。退いて」


 クリスがライリスへ視線を向けると、ライリスは驚いたように一瞬目を見開いてから、何も言わずに大剣を降ろし、引き下がった。


「てめえが相手してくれんのかぁ? フェアリー狩りの悪趣味野郎」


「それは言いがかりだけど……でも今はそういうことにしておこう。君の実力をこの身で知っておきたい。みんな、手を出さないでほしいな」


 カインとクリスが対峙すると、クリスの取り巻きがざわめいた。


「あのクリスさん自ら……!」


「貴重なクリスさんの戦いだ、目に焼き付けておけ」


 カインはそれを聞くと、鼻で笑い飛ばした。


「ずいぶんと大切にされてるじゃねえか。やっぱ、いけすかねえな」


「僕は望んでいないんだけどね」


 そんな会話をした直後、先ほどの殺気とは比べものにならないほどの、熱波とも形容できるそれが場を包み込んだ。クリス一派の中でも手練れの者は、その異常なまでの空気感に体を強張らせ、脂汗をかきはじめる。あれだけ騒がしかった場が静寂に包まれ、誰もが二人にくぎ付けとなった。




────ひとつ、小鳥が羽ばたいた。


 それを皮切りに、ドッという音とともにカインがクリスへ飛びかかった。振りかざした斧は身を翻して避けられた。斧は地面に突き刺さると、けたたましい音と共に土と草花を舞い上がらせた。


「本気で殺すつもりで来ないといけないよ」


「言ってろ!」


 カインは視界が悪い中、クリスがいる位置を呼吸音から特定し、斧を横一文字に振るった。舞い上がった土が真横に裂かれ、斬撃を喰らっているクリスが見えるはずであったが、その想像と現実は異なっていた。

 カインの斧をすれすれのところでクリスは避けていた。ほぼ視界がない中、僅かに飛び上がり、その間に体前面を地面と平行にして、まるで斧の動線を察知していたかのように回避してみせた。


「では、攻守交替だ」


 クリスはそう言うと、手足を地面につけたまま、まるで蛙のような動きで高く跳躍し、真上からカインへと襲い掛かった。すかさずそこへ斧を振り上げたが、体を捻り、またも回避された。そのまま一直線にカインへと短剣を突き刺しにかかる。

 咄嗟に斧を手放したカインは、その場から距離を取ったが、クリスはそれを見逃さなかった。


「なっ……!」


 カインは目を疑った。前傾姿勢になったクリスは異常なまでの速度で疾走し、獣の如くカインを追った。カインへと追い付いたクリスは手に持つ短剣を、縦、横、斜め、突きと細かい斬撃を高速の剣筋で繰り出した。幾度か避けたが、全て見切れないと悟ったカインは、体勢を立て直すため大きく後退した。


 それを目で追うクリスは、懐から鎖で繋がれた新たな短剣を取り出した。それを幾度か手の中で持ち直しながら、カインへと投擲する。短剣はカインの腹部へ刺さる寸前で素手で振り払われ、事なきを得たと思われた────が、誰もが予想だにしない出来事が起こった。


 突如としてカインがその場にのたうち回った。腕、手指、足、ありとあらゆる関節が痙攣を引き起こしている。


「ぐぁあああ! いででで!」


 クリスはカインの目の前まで歩いてくると、切っ先を向けて見下ろした。激しい戦闘だったにもかかわらず、クリスは貼りついたような穏やかな笑みを崩さなかった。


「これでようやく話を聞く気になったかい」


 その言葉を聞いたカインは脂汗を垂らしながら、ニヤついた。


「……トドメを刺さないのかよ? 競争相手は少しでも減らしたのが良いんじゃねえか」


「ふふ、そうはいかない。その右手にずっと小石を握りしめているじゃないか。君にこの至近距離で石をぶつけられたら、ただでは済まないよ」


 カインは拗ねたように口を尖らせ、舌打ちをしてから小石を放った。


「右手が動くということは、僕の短剣に触れても体はある程度自由は聞くということだね。つくづく厄介だ」


「厄介なのはてめえのほうだ。雷を出す魔武具でも持ってやがるのか」


 クリスは短剣をしまい込みながら、両手をひらひらと振って見せた。


「魔武具は残念ながら持っていないんだ。本当だよ」


 カインは若干目を見開きながら立ち上がった。クリスの体を見回すが、確かに魔武具を付けている様子はない。だが、確かにカインが感じたあの痛みは、電撃によるもので間違いなかった。魔武具のものではないとすれば、明らかにそれは魔導術のものである。


 その瞬間、カインは一つの答えに行き届いた気がした。

 クリスの母国であり、王城を陥落させた国、ティルカノーツは王国騎士団から”魔導術師強制除名令”を公布したことで有名であった。騎士団は剣を扱う者の集団、という古い考えをもった新国王の意向ということだが、それにより愚王という不名誉なあだ名を世に轟かせてしまったため、カインでも知っていた。


 クリスが軍とその関係者を斬ったことと、関連性がないように思えたこの除名令は実は大きく関わっていたのではないか。そこまで行きついたカインは更に、深くまで考えを至らせることができた。

 カインは遠くで見ている取り巻き達に聞こえないよう、声を落としてクリスへと問いかけた。


「仕掛けはわからねえが……お前まさか、剣士なんかじゃなく、”魔導術師”なんじゃねえのか。それも無詠唱で術を行使できるほどの、相当な使い手」


 クリスは少しばかり眉を動かしたが、意味ありげな笑みを浮かべるのみであった。


「俺くらいしかわかってねえと思うが、その僅かに不自然な歩き方、首の動かし方、その馬鹿力もだが……お前、身体が────」


「もう、決着はついたよ、カイン・リヴァー。詳しくは、ライリスから聞いてほしい。そうすれば、もう喧嘩はしないはずさ」


 クリスは話を遮ると、その場を後にした。カインから見たその背中は、少しばかり小さく見えた。

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