時の支配
番外編 時の章
魔導書店を営む男、ゼルギウス・リンデルマンは生来臆病な男であった。中でも生まれてから二十年以上、彼が恐れ続けたそれは、誰もが身近に持つ概念とも言うべきものであった。それは通称こう呼ばれていた。
"時間"
友人も多く、懇意になった女性もいなかったわけではない。しかし、時間に神経質なあまり、別れを告げられることも少なくはない。そんな経験をする前から時間に対して、異常なまでに執着をしていた。彼自身、なぜそうなったのかわからない。幼少の記憶も明瞭にあるが、親から厳しく躾けられたわけでもない。
ひとつ心当たりがあるとすれば、いつだったか、街ですれ違った男に一言「世界の、時を見ろ」とだけ告げられただけであった。
広場の時計台下、酒場の帰り道、カインとアベルにそんな悩みを話してみるが、二人は笑い飛ばした。
「そりゃあ待ち合わせのたびに、『何分何秒前到着ですね』なんて言われ続けたら別れたくもなる」
「今日も何秒遅れだったと言ってましたよね。あれは割とげんなりするんですよ、ゼルギウス」
「わ、悪気はないんだ。ただ、癖というか、報告せずにはいられなくて」
「悪気がないってのが、またタチが悪いんだよ。あ、そうだ。試しに遅刻してみたらどうだ」
カインが時計塔を指差した。
「明日の朝九時、この時計塔に集合な。だがお前は必ず九時に間に合わないように来ればいい」
「え、ええ? そそ、そんなこと悪くてできないよ」
「いいえ、案外良いかもしれません。失敗さえしてしまえば、気にする意味がないと頭で考えるかもしれない。自分も付き合いますよ」
「な! じゃあ決定で」
半ば強引に約束を取り付けられたゼルギウスは、カインとアベルを見送ってから店へと戻った。店の前には、ガラの悪い大柄の男が二人立っていた。その二人はゼルギウスを見つけるとにやけながら近寄ってくる。
「よお~、リンデルマン」
「な、な、なんですか。この土地と家は誰にも渡さないと伝えたはずですが」
「良いのかそんなこと言って。この店の悪評広めちまうぞ」
「あ、あなた達のやり口はこの近辺では知れ渡っています。土地を安く買い叩き、高額な値段で売りつける商売。拒めば悪評を広められる。でも勝手にやればいい。そ、それに騎士団壊滅の事件で、遠征中の王が帰ってくる。そうすれば、この街の警備だって厳しくなるんだ」
男はゼルギウスの胸倉を掴み上げた。
「おとなしく聞いてりゃ、調子乗ってんじゃねえぞ!」
ゼルギウスは殴り飛ばされ、腹を蹴り飛ばされた。衝撃が骨にまで響いたが、痛みを耐えながら地面に横たわる。視界の端には、付近の家々の窓から様子を窺う住民らの姿があった。
「ほ、ほ、ほら、周りを見てください。みんなあなた方の悪行は見ているんです。誰も、騙されたりはしない!」
男らは周囲の視線を確かに察知した。それに加え、ゼルギウスの強い意志のこもった瞳に気圧されて、たじろぎながら踵を返した。
「後悔させてやるからな!」
その捨て台詞を最後にして、男らは姿を消した。ゼルギウスは体の汚れを手で払い、こんな暴力の中でも自身のとある感覚に嫌気が差しながら、店の中へと入っていった。
「彼らが帰るまで四分十二秒」




