牛頭の者
迷宮探索は難航した。
薄暗い同じような場所を幾度となく歩き回り、徐々に食料と水が枯渇していき、たまに現れる潰れた死体や白骨に辟易する。高い壁からは、イルベスの言っていた終着点となる塔など見えるわけもなく、ただただ入り口から遠ざかっていく恐怖だけが、深入りしていく冒険者の精神を貪った。それは、アベルにとっても例外ではなかった。
本当にこんなところへ入る意味などあったのか、そんな問いが思い浮かぶアベルであったが、カインの強い意志のこもった横顔を見て、そんな愚問は胸に留めた。
何時間経っただろうか、時間の経過具合も分からなくなり始めた頃、カインとアベルは床に白いモヤのようなものがかかり始めていたことに気づいた。
「いつからかわかるか」
「い、いえ、気づかないうちに。毒であれば既に効果が出始めているはずですが……」
「いずれにしろ、あまり吸わない方が良いな。口を手で覆って進むぞ」
カインがそう言いながら、次の角を曲がろうとしたとき、頭上に焦茶色の巨大な手が現れ、通路の角を掴んだ。重々しく体を引き寄せて姿を現したのは、牛の頭三つに人体を組み合わせたようなモンスターであった。アベルのふた回りもあろう巨躯が迷宮の通路を塞いだ。手に持つ棍棒には、いくつもの血痕が染み付いている。
カインは何か言う間も無く魔斧を振りかぶったが、軽々と棍棒に弾かれた。弾いて振り上げた棍棒をそのままカインへ振り下ろす。白煙が舞い上がり、視界が遮られた。
「カイン!」
アベルが声をかけると、白煙の中からカインが跳び退いて出てきた。
「聞いたこともねぇぞこんなモンスター」
「潰れていた死体に違和感を覚えましたが、このモンスターのせいでしたか」
白煙の中から巨体がぬらりと出てくると、幾度か歯を鳴らしている。
「俺が時間稼ぎする。魔導術でなんとかできるか」
「試してみます」
アベルは荷物から火打ち石と松明を取り出し、手早く火をつけた。カインはモンスターの足下へ滑り込むと、体を反転させながら魔斧で両足を斬りつけた。しかし、それに動じることなく、モンスターはカインの足首を掴み、足下から引っ張り上げた。
「まずい……!」
カインはモンスターと目が合うと顔を引きつらせた。モンスターはおもむろに口を開けると、ゆっくりとカインをそこへ運んでいく。
一瞬、風がカインに吹き付けたと思えば、数本の炎の矢がモンスターに突き刺さった。モンスターは呻き声を上げながらカインを投げ捨て、術者のアベルへと顔を向ける。
アベルは詠唱を続けていた。
「風と炎の気、弓と矢に形を変え顕現せよ」
アベルが杖で円を描くと、炎で作られた矢がいくつも浮かび、その矢先をモンスターへと向けた。杖を突き出したと思えば、炎の矢が風に乗り、まるで本当に弓で射ているかのようにモンスターへと突き刺さった。傷口が炎によって泡立つように炙られ続ける。
モンスターは苦しみ悶え、棍棒をめちゃくちゃに振り回してから迷宮の奥へと走り去っていった。
カインとアベルはため息をついてうなだれた。
「アベル、助かったぞ」
「この火箭を選んでくれたゼルギウスにお礼を言わねばならないですね」
「今度あいつの悩みでも聞いてやるか」
二人は歩みを続けたが、白みがかったモヤは一層濃くなり始め、とうとう異変が起き始めた。




