女生徒の願い
ホープは授業の片づけを済ませたのち、カインの元へと歩いてきた。
「授業、どうでした?」
「恥ずかしながら、文字の練習をしててな。昔っから覚えが悪いもんで、苦労してたとこだったんだ。助かった、ありがとな」
カインに笑顔を向けられたホープは赤面しながら「い、いえ全然!」と両手を目の前で振った。
「なあ、今度暇なときで良いんだが、文字を教えてくれないか? もちろん、報酬は払うつもりだ」
「え、ええ!? わ、私なんかで良ければ! いつでも!」
カインは目に見えて表情を明るくし、ホープの手を掴み取って何度も礼を述べた。頭が沸騰しそうになっているホープをよそに、カインは満足げに頷いた。
────次第に、教室の生徒が少なくなっていった頃、机を付けてきた隣の席だった女生徒もまた、帰り支度を始めていた。しかし、その表情は授業時よりも幾分暗く、窓から差し込む日の光が、より一層少女の影を濃くしているようにカインには見えた。カインは近づいていき、女生徒に手を挙げてみせた。
「よっ。教科書、ありがとうな」
カインが話しかけると、女生徒は目を数回瞬きさせてから、笑顔を"作った"。
「全然良いよ!」
それから女生徒は何かを思い出したようにして暫し黙りこみ、やがて重い口を開いた。
「カイン、お願いを聞いてくれない?」
「お願い?」
またしても女生徒は躊躇うようにして黙り込んだところで、ホープが近づいてきた。
「ニータさん、どうかされたんですか?」
「────カイン! お願い、私のお父さんとお母さんを探してほしいの!」
ニータと呼ばれた少女は、下唇を噛み締めながらカインを見つめる。その表情からは、授業で見せていた活発な様相は想像できない。小さな体を震わせながら、首にかけていた金色のペンダントを手に取り、握りしめた。だが、決して涙は見せなかった。
「ご両親はどこにいるんだ」
「ここから南のイーファ平原を越えたところにある地下迷宮」
地下迷宮、カインには聞き覚えがあった。詳細までは知らなかったが、一度深入りすれば二度と出ることができないと噂される迷宮である。途中で断念した者であっても、命からがら脱出したと話がされている。しかし、最奥には宝物が眠っているという言い伝えから、挑戦する冒険者もいる。
「娘一人取り残して、両親揃ってなにやってやがんだ。それで、どれくらい帰ってきてないんだ」
「もう、一か月も……」
カインとホープは息をのんだ。冒険者のクエストに疎いホープですら、一回のクエストにそれだけの期間要するはずがないことはわかっていた。カインは少しの間目を閉じてから、しゃがんでニータに視線を合わせた。
「わかった、俺が探して来てやる。お前は賢い子だからわかっているかもしれないが……覚悟だけはしておけ、いいな」
「うん……! ありがとう」
「カインさん、よろしいんですか」
カインは短く頷いた。ニータが握りしめていたペンダントを開いて、カインへと見せた。中には、淡い小金色の羽根が納められていた。
「これ、お母さんが同じのつけてるから、目印にして」
「よし、覚えた。任せとけ」
カインはニータの頭を乱暴に撫でると、ホープを連れて足早に教室を出た。
「あいつの両親、どうして無理して迷宮なんかに挑みやがったんだ。あいつにとっちゃ、唯一無二の親なのに」
「カインさん、実は、ニータさんは難病を抱えているんです」
カインは思わず足を止めホープを見ると、表情を曇らせながら、床に視線を落としていた。
「心臓の病で、一年、いや半年もしたら……。神聖魔導術でも治し切ることができない重い病です。もちろん、薬による延命にも多額のお金が必要です。そのために、無理をされたのではないでしょうか」
「……そうか」




